5章-名も知らぬ剣①-
ミツルギ家への帰省に同行し、月守家の真実を知って三日。
秘密は守られたまま以前と変わらない日々をシオンは過ごしている。
真実を隠すにあたってひとつネックだったのは朱月の存在だが、
「いいぜ、黙っててやるとも」
「……やけに聞き分けがいいじゃん。何か企んでる?」
「オイオイ。開口一番それたぁ酷えな」
心外だと言わんばかりに肩をすくめる朱月だったが、そう言われてはいそうですかと信じるほど、シオンは彼のことを信用していない。
そんなシオンの疑いの眼差しに朱月が気づかないはずもなく、少し機嫌を損ねたように眉間にシワを寄せた。
「さすがの俺様も母から子への愛情を台無しにするほど外道じゃねえよ」
「……こればっかりは、バラそうとしたら即殺すから」
「おお怖え。ま、バラす気なんて毛頭ねえから安心しろ」
驚くほどあっさりと了承した朱月を最初こそ警戒していたシオンだが、結局この三日の間に朱月が不審な動きをすることはなかった。
引っかかりがないとは言わないが、秘密を守ってくれるのならそれはシオンにとってもありがたい。
意外と情に厚い一面があるのも知らないわけではないので、シオンは必要以上に警戒するのはやめることにした。
そして戻ってきた日常だが、いつまでも平穏というわけにはいかないものだ。
今朝、上層部からの命令で〈ミストルテイン〉は欧州へ向かうことが決まった。
船体の修理もあって長く停泊していた〈ミストルテイン〉だが、軍艦であることは変わらない。
修理の終わりが見えてくればいつ命令が来てもおかしくはなかった。単にそれが今日だったというだけのことだ。
「――そういうわけで、シミュレーターは一旦やめようと思う」
シオンの言葉にレイスは驚いた様子で声をあげた。
「僕たち、ハルマですら全ステージクリアできてないんだけど?」
「それはそうなんだけど、明後日には出航しちゃうからさ」
基地を出て航行を開始してしまえばアンノウンとの遭遇戦だって起こり得る。
今まで問題なく戦えていたことを思えば、そこらで遭遇する程度のアンノウン相手にECドライブを制御しての戦闘をする必要はない。
しかし、いつどこでヤマタノオロチのような規格外のアンノウンに遭遇するかわからないのも事実だ。
それを踏まえ、この基地を出発する前にここぞという場面でECドライブから十分なエネルギーを引き出せるくらいにはなっていてもらいたい。
そのため、シミュレーターをクリアすることよりも実際の機体のECドライブを制御する訓練を優先すべきと判断したわけだ。
「具体的にはどうするんだ?」
「とりあえず、各機のECドライブとパイロットを俺の補助で契約させる。……要するに魔力を流すためのコードを接続するみたいな感じかな」
あとは実際に魔力を送ってECドライブの出力の上げ下げの訓練をすればいい。
それが安定してできるようならシミュレーターに戻ってもいいだろう。
「やること自体はシミュレーターを始める前と同じ。ちょっと感覚は変わるだろうけど、ここまでやってきた三人ならすぐできると思う」
そうして、〈セイバー〉〈ブラスト〉〈スナイプ〉の三機を実際に使用してのECドライブの制御訓練は幕を開けた。
機動鎧本体を使用してのECドライブの制御訓練を始めて一時間。
想定外の事態にシオンは頭を悩ませていた。
まず、レイスとリーナに関しては特別問題もなくことが進んだ。
ECドライブのコアとなっているエナジークォーツとの契約も問題なく、出力の制御についても訓練してきただけあって安定してできている。
実戦でどこまでやれるかはまた別問題とはいえ、現状においては十分すぎる結果だろう。
問題は、ここまでもっとも上手く訓練が進んでいたはずのハルマだ。
契約自体はできている。そこは魔力のつながりを感じ取れるので間違いはない。
しかしながらどうにもハルマから魔力が送り込めていないようなのだ。
訓練のときは問題なくできていたし、今も魔力を自身の身から引き出して送り込むまでの流れはできているようにシオンには見えている。
それなのに、最後の最後で突然途切れる。
まるでコードが断線したかのように唐突かつ完全に魔力の流れが途切れてしまうのだ。
「(何が問題を起こしてる?)」
ハルマの制御能力に難がある、というのはこれまでの訓練風景からして考えにくい。こうなるくらいなら、三人の中で一番シミュレーターを進められているはずがない。
であれば、ECドライブ――もとい、そのコアとなっているものに問題があると見るのが自然だろう。
「(契約時点でちょっと気になるところはあったしな……)」
契約を補助するときに感じた微かな引っかかりを思い出しつつ、改めて〈セイバー〉の内側に意識を向ける。
本来、シオンは〈アサルト〉を除く機動鎧や〈ミストルテイン〉に必要以上に干渉することを禁じられている。
〈ミストルテイン〉のECドライブの中身が普通ではないことを察しつつも詳しく調べようとしなかったのにはこの事情が関連している。
不用意に調べて、そのことが人類軍にバレると契約違反で立場が悪くなってしまう可能性が高かったからだ。
知っていて不味いことは知らないままにしておいたほうがいい。
ただ、それが原因で〈光翼の宝珠〉とアキトの契約という想定外の事件に至った今、シオンの中にためらいはない。
「物理的には触ってはいないからセーフ」というミスティあたりが聞けばブチ切れそうな言い訳を一応は用意しつつ、魔法を駆使して調べる。
そうして〈アサルト〉の内側、より具体的に言えばECドライブの中身に目を向け――その正体を見つけた。
「……剣」
「剣?」
「うん。〈セイバー〉のECドライブには剣が入ってる」
続けて比較のために〈ブラスト〉と〈スナイプ〉も同様に調べてみるが、それらにはごく普通のエナジークォーツの塊が使われているようだ。
「つまり、〈セイバー〉は〈ミストルテイン〉や〈アサルト〉みたいにエナジークォーツ以外のものがコアになってるってこと?」
リーナの質問にシオンは頷く。
「間違いない。……それに、問題の剣もそこらの魔法具ってわけではなさそう」
詳しくはわからないが、問題の剣からは力を押さえ込まれているような印象を受ける。
なんらかの封印か、〈光翼の宝珠〉がそうであったように使い手不在で力を発揮できていないのか。
どちらにしろ今シオンに感知できる魔力で全てということはないだろう。
「……普通のエナジークォーツとは違うから、勝手が違うってことか?」
「少なくとも、上手くいかない原因にこの剣が関係してるのは確実かな。……ただ、何がどうダメなのか今すぐにはわからないかも」
剣の正体がわからない現状、原因の究明は難しい。
ハルマたち三人の魔力制御の訓練は、最後の最後にここまでで最大の問題に直面してしまったというわけだ。




