5章-月守家と≪月の神子≫①-
――深夜、〈ミストルテイン〉の展望室でシオンはひとり月を見上げていた。
その頭を満たしているのは、今日発覚してしまったミツルギ三兄弟の裏事情――≪月の神子≫の血を引いているという事実だ。
【月守神社】にてその事実に行き着いたシオンだが、それをまだ誰にも話してはいない。
そのとき居合わせたアキトたちには不審がられたが、そこははぐらかした。
想定外の状況にあまり上手くは誤魔化せなかったのでアキトとハルマは確実に不審に思っているだろうが、さしあたってシオンは当事者である三兄妹はもちろん誰にもこのことを話すつもりはない。
まだいろいろと見えてきていないことはあるが、ひとまず≪月の神子≫である月守暦がアキトたちの血縁であることはまず間違いない。
確信までは得られていないが、ナツミとよく似ていることを思えば暦がアキトたちの母親である可能性も高いだろう。
アキトたちがそういった血筋であるという事実を明らかにすることは、誰にとってもプラスにならない。
アキトやナツミに伝えれば、自分たちの出自について余計な不安を与えるだろう。
ハルマに伝えれば、自身の出自と本人の中にある人外への憎悪との間で苦しむ結果になるかもしれない。
それ以外の人間に伝えるのは論外だ。
近しい者たちだけで済めばまだマシだが、人類軍にでも伝わればアキトたち三兄妹に余計な嫌疑がかけられかねない。
そんな真実、握り潰してしまったほうがいい。
「(気になるのは、なんで艦長たちがそれを知らないのか、だ)」
アキトたちが“神子”としての力を受け継いでいないことについては決しておかしなことではない。
“神子”自体が突然変異に近い存在であるためその直接の子供であったとしても力を完全に受け継ぐことはない。
子供や孫までならともかく血が薄れれば薄れるほど力が継承される可能性は低くなるし、継承されたとしても確実にスケールダウンはする。
コヨミが何代目の≪月の神子≫なのかは定かではないが、アキトたちに“神子”としての力が引き継がれなかったとしてもなんらおかしくはない。
ただ、いくら力を継いでいないとしても“神子”という極めて稀有な存在の血統である事実が本人たちに伝えられずにいるということには首を傾げざるを得ない。
実際アキトたちには一般人よりは強い魔力があるのだ。“神子”の持ち得るものと比べれば取るに足らないものではあるが、最低限の自衛できるだけの知識は与えておかなければ危険なことくらい誰にでもわかる。
コヨミが愛情深い母であったことを考えれば、何も教えていないというのは人物像とも噛み合わない。
「(教えてない……いや、あえて教えなかった?)」
教えていないのは明らかに異常。
であれば、そんな異常なことをするだけの理由――あえて教えない理由があったのではないか。
だとすればその理由は――、
そのとき、音ひとつなかった展望室に微かに足音が響いた。
反射的に攻撃の準備をして振り返ったシオンの視線の先で「ひっ」と情けない悲鳴があがる。
それと同時に小さな爆発が起きた。
「……コウヨウさん、今のは俺も悪かったですけどそんなにビビらなくても」
「ご、ごめんなさい……」
シオンへの恐怖からかキツネの姿に戻ってしまったコウヨウを抱き上げ、安心させるように撫でる。
そうして彼が少し落ち着いたのを確認してから、どうしてここにいるのかを尋ねた。
「それが……姫様から急に命令が」
「玉藻様から?」
「はい。シオン様が展望室にいるので会いに行けと」
なんのために、という疑問が頭をよぎったが、ひとつ思い当たることはあった。
「それで? 具体的にどうやって玉藻様と話をすれば?」
『――このままで構いませんよ』
シオンの質問に対してコウヨウが口を開いたが、その声はすでにコウヨウのものではなかった。
「なるほど。……抱き上げてるは失礼にあたりますかね?」
『いいえ、人に優しく抱かれているというのは悪くない気分ですから、このままでお願いします』
どこか楽しげに話すコウヨウの体を借りた玉藻前。
先程まで怯えて硬かった態度が嘘のように、シオンの腕の中で収まりのよい体勢を模索している。
『さて、その様子であればわたくしの用事は察しがついているのでしょうね』
「ええまあ。……玉藻様は最初からご存知だったんですね」
月守家がどういったものだったのかはともかく、名前を冠した神社を所有していたほどなので≪月の神子≫の一族として人外社会との関わりはあったのだろう。
そして京都をホームにしている玉藻前が同じく京都に神社を構えている月守家の存在を知らないはずがない。
『あなたの近くに彼らがいたことには、本当に驚きましたよ。彼らはこちらの世界から遠ざけられているはずでしたから』
「じゃあやっぱり、わざとそういう情報を与えられてなかったと?」
『ええ。今代の≪月の神子≫――彼らの母親であるコヨミの意向です』
口ぶりからして、少なくとも玉藻前とコヨミは連絡を取り合ったことがあるらしい。
全て知っていて、コヨミの意向に従って知らないフリをしていたということだろう。
「それで、俺にも黙っていろってことですか?」
『そうですね。できれば秘密にしておいてほしいのですが……あなたが必要と判断したならその限りではありません』
てっきりコヨミの意向に従って秘密にしろと念を押されるのかと思っていたのに、予想が裏切られた。
「……いいんですか?」
『わたくしがコヨミの意向を聞いた頃と今では世界を取り巻く状況が違います。固執することで悪影響が出るくらいなら……』
「いっそバラしてしまえと」
腕の中でキツネの小さな首がこくりと縦に振られる。
『遠く離れたわたくしよりもあなたのほうが状況を見極められるでしょう。ですから、あなたに判断を委ねます』
「……わかりました。その代わり、少し聞いてもいいですか?」
『わたくしの知ることであれば』
本心を伺わせない瞳で腕の中からこちらを見上げてくる玉藻前に、シオンは真っ直ぐに視線を向ける。
「コヨミさんは、なんのために艦長たちに自分のことを秘密にしているのですか?」
コヨミが意図して情報を隠したのはわかったが、その理由がいまだわからない。
“神子”には届かないにしても、魔力が常人より強い以上はアンノウンなどに狙われやすいというリスクはある。
それを考えれば無理に隠さず、降りかかるかもしれない危険を意識させ、自衛手段を与えるほうが確実にアキトたちのためになるだろう。
この前提で考えれば、情報を与えないことはむしろアキトたちを危険に晒す行為だ。
それでもコヨミが隠す道を選び、玉藻前もそれを認めている以上、まだシオンの知らない事情が存在するはず。
『……それを語る前に、月守家と≪月の神子≫がどのような存在であったかを教えましょう』
『少し、長い話になります』と前置きをしてから、玉藻前はゆっくりと語り始めた。




