5章-突撃、ミツルギ家本邸③-
手入れされた庭の片隅でししおどしが軽やかな音を響かせる。
そんな庭に面した縁側でシオンはくあっとひとつ欠伸をした。
「……俺、こんなにのんびりしちゃってていいのかな」
「そういうのは縁側に寝そべって満喫しながら言うセリフじゃないだろ」
ごろりと体を動かして声のしたほうを見れば、ハルマが呆れた様子でシオンのことを見下ろしていた。その後ろにはナツミもいる。
「そもそも一応他人の家でよくそこまで寛げるな」
「縁側でゴロゴロするのって割と夢だったんだよね」
寝そべった体を起こすこともなく言い切ったシオンの態度に、ハルマはあからさまにため息をついてから寝そべるシオンのすぐ隣で胡座をかいた。それに倣ってナツミもその隣に腰かける。
「縁側でゴロゴロするのが夢って言ってたけど、シオンってそんなに日本に馴染みあったっけ?」
「もちろん。そもそも俺の母さんは日本生まれの日本育ちだからね」
母、紫織の旧姓は森崎だったと聞いている。
日本生まれの農学者で研究のために海外に渡った先で父、アベルに出会ったのだと、小さな頃に少しだけ聞いた記憶がある。
「なんか、急に色々ふたりのこと思い出してきたや」
早川に父の話を出されたからなのか。あるいは三兄妹が両親への報告なんてことをしていたからか。
この十年ほどほとんど思い出すこともしなかった両親のことが、記憶の底から溢れ出してくるかのようだ。
「……お前の両親は、普通の人だったんだよな」
「まあね。俺だって最初はもうちょっと普通だったよ」
アベルも紫織もあくまで普通の人間で、むしろ学者であったことを思えば“魔法使い”なんてものからは縁が遠かったかもしれない。
「農業とか畜産とかの研究してて、そこそこすごい博士だったらしいよ」
「らしいって……お前の父さんのことだろ?」
「五歳の子供にそこまでわかんないよ。……俺の前ではちょっとうっかりしたおっさんだったし」
例えば畑仕事に熱中しすぎて食事も忘れて丸一日畑から帰ってこなかったり、論文の執筆が立て込んでいると言っていたかと思えば三日寝ていなかったり。
最終的にそれを笑って誤魔化そうとしては紫織や周囲の部下に叱られてるような、そんな人だった。
そう話せば「完全に悪いところが遺伝してる」と双子から真顔で言われて若干戸惑う。
「興味あること以外が雑なのって遺伝だったんだね……」
「血筋とか、俺たちがどれだけ言ったところで直せないんじゃないか……?」
「んー、ごめん?」
「よくわかってないのに謝ってるんじゃない」と寝そべったままのシオンの頭にハルマのチョップが落ちた。
そんなふたりのやり取りを見ていたナツミがクスクスと笑う。
「それで、お母さんはどんな人だったの?」
「母さんは……強い人だったな」
三徹の結果ぶっ倒れたアベルをひとりで抱えてベッドまで運んでみたり、研究サンプルを取りに行きたいと言って単身アマゾンへ向かったり。
見た目はシオンの女性版という雰囲気で相当華奢な女性だったのだが、それを裏切るパワフルで行動力のある人だった。
ここでも「そこも遺伝か……」と双子が遠い目をした。
「普段こんなのやつなのになんでたまに妙な行動力発揮するんだって常々思ってた」
「放っておいたらシオンもやらかしそう……」
「さっきからちょくちょく俺と両親に失礼じゃない?」
不満の意をこめてハルマの顔を見上げると、呆れつつも微笑ましげな笑みと目が合った。
「お前も人の子だったんだな」なんて言われると基本無頓着なシオンも流石にムッとしてしまう。
「そういうそっちはどういうご両親だったんだよ。……言いにくかったらいいけど」
思わず口にしてから、彼らの父親の事情を思い出して弱気な言葉がついてきた。
ただ、シオンが危惧したようにふたりが気分を害した様子はなく、ふたりは顎に手をやって言葉を探しているようだった。
男女の双子ということもあって普段ふたりが似ているという印象を持つことはないのだが、考え込む動作のタイミングはぴったりと一致していてやはり双子なのだなと感心してしまった。
「父さんは、カッコいい人だった。いつも背筋が伸びてて、厳しいことも言うけど同じくらい優しい人だった」
「あと、すごく剣道が強かったし、機動鎧の操縦も天才的だったんだって」
「(……なんかそんな感じの人いた気がするな)」
双子の話すイメージにとてつもない既視感を覚えつつ彼らの顔を見れば、ふたりして父親のことを語る表情は明るい。
特にハルマのそれは幼い子供がヒーローに目を輝かせているかのようで、彼にとって父親がどれだけの存在だったのかが見て取れる。
「(そりゃあ、人外を憎むよね)」
こんな風に思っていた父親を奪われて何も思わずにいられないだろう。
シオンだって、両親を奪ったものを許さなかった。
「お母さんのことはお父さんほど覚えてないけど……優しくて、たくさんあたしたちを抱きしめてくれる人だった」
「声が優しくてよく歌を聞かせてくれた。叱られた記憶はないけど、“相手の気持ちを考えてあげられる人になりなさい”ってよく言われたっけな」
懐かしむように伝えられる情報から、その母親がふたりにとても愛情を注いでいたことが伺える。
「なんか、聞いてるだけでお前たち兄妹の両親って感じ」
厳しくも優しい父と愛情を惜しみなく注いでくれる母。
どちらもきっと思慮深く、良い人たちだったのだろうと思う。
だからこそ三兄妹も立派に今のような人間に育ったのだろう。
そうしている間に日は沈み、すでに空には月が浮かんでいる。
それを見上げたナツミが、「ああ、そういえば」とこぼした。
「お母さんが生きてた頃、よくこうして縁側からお月見をしたの」
「なんだか懐かしいな」とナツミが笑う中、夕食の準備が整ったとお呼びがかかる。
「(月、か……)」
ナツミの言葉にほんのわずかな引っかかりがあった。
ただその正体はシオン自身上手く言葉にできないほど曖昧で、夕食というワードにあっさりとかき消されていくばかりだった。




