5章-突撃、ミツルギ家本邸①-
――某日。
停泊中の人類軍基地から迎えの高級車に揺られることしばらく。
シオンは立派な門構えの日本家屋の前にいた。
「ホントに来ちゃったな……」
「今更何言ってるんだよ」
シオンを呆れたように見るハルマのさらにその先にある門には「御剣」と達筆で書かれた表札が掲げられている。
ここは京都の郊外にあるミツルギ家の本邸。
名家というだけ立派かつ歴史のありそうな屋敷にシオンはやって来たのだ。
「今更だなんてわかってるけどやっぱりなんでここにいるんだろう感がすごい。なんで俺ミツルギ家の家族水入らずの帰省に同行してるんだろ」
「改めてそう言われると……」
「ナツミ、気にするな。イースタルもここまで来てごねるな」
どうにも及び腰なシオンの意思は割と雑な調子で無視され、首根っこを掴まれてズルズルと門の中へと引きずられていく。
「(……魔術的な結界や警報なんかはない、か)」
人外やそれに縁のある家系の住処となれば、アンノウンや悪意ある人外への備えがなされているのが普通だ。
アキトたちが知らずとも実は、という可能性も考えていたのだがそういうわけでもないらしい。
「――おかえりなさいませ、アキト様、ハルマ坊っちゃま、ナツミお嬢様」
門を潜った先、玄関の前で老齢の男性が恭しく頭を下げている。
髪は豊かではあるが全て白くなっておりそれなりの年齢であることが伺えるが、頭を上げた背筋はピンと伸びている。
口元にも髭を蓄えており、絵に描いたような老紳士といった風貌だ。
「あ、じいや」
「……じいや⁉︎ この世にじいやって呼ばれる人って実在したの⁉︎」
老紳士に対するナツミの言葉にシオンは思わず大袈裟に反応してしまった。
しかしながら、一般的な家庭の生まれであるシオンにとって“じいや”などと呼ばれる老執事という存在はあくまで映画や小説のようなフィクションの中の存在だったのだ。
それが現実に目の前にいるわけなのだから驚きを隠せないのも無理はないだろう、と誰にというわけではないが内心で言い訳してみる。
「貴方がイースタル様ですね。アキト様たちからお話は伺っております。……私は早川宗一郎、この御剣家にお仕えしております。以後お見知り置きを」
「あ、はい、ご丁寧にどうも。シオン・イースタルです」
アキトたちからどこまで説明を受けているのかわからないが、敬語を使われるだけに止まらず“様”までつけられて丁寧な所作で挨拶をされてしまうとどうもどぎまぎしてしまう。
「ここまでの道中、長時間車に揺られてお疲れでしょう。お茶のご用意ができておりますよ」
そんなシオンの態度を気にする様子もなく朗らかかつスマートにそう言った早川に案内されるまま、シオンはミツルギ家本邸へと足を踏み入れた。
「……お前たち三兄妹が玉藻様の屋敷に興味示さなかった理由がわかった気がする」
早川に案内されるまま足を踏み入れた屋敷の中は、つい先日立ち入った玉藻前の屋敷と比べても遜色ないくらいに広い。
玉藻前の屋敷と比べると豪華さはないが、それがまた落ち着きある雰囲気を醸し出していて気品や高貴さを感じさせる。
外観こそ完全に年季の入った日本家屋ではあったがある程度時代に合わせて改装はされているようで、通された部屋は洋室だった。
ソファやローテーブルは落ち着いた色合いで高級感があり、座り心地もとんでもなく良い。
「俺の想像よりもとんでもない金持ちだった……」
「御剣家は明治の時代から続く名家でございますから。歴史に加えてそれなりの財力もあるのですよ」
慣れた手つきで紅茶を淹れる早川が穏やかに解説をしてくれる。
古くからある名家という話ではあったが、そこまで長い歴史があるとは思っていなかったので素直に驚きである。
「とはいえ、家の伝統として必要以上の贅沢はしない主義だからな。お前もそこまで身構えたりしなくていい」
「この部屋の雰囲気でそんなこと言われても……」
アキトはそう言うが、このソファやローテーブルはもちろん目の前にある紅茶の注がれたティーカップひとつを取ってもシオンの生活レベルの数段上を行く高級品に違いない。
魔力はあっても金はないシオンとしてはうっかり汚したり壊したりしたらという不安でとても身構えずにはいられないところである。
「お前がそうも大人しいとこっちも調子が狂う」
「なんで俺はお行儀よくしてるのに文句言われなきゃならんのですかね?」
絶妙に喧嘩を売られている気がして思わず刺々しい言葉が飛び出してしまった。
そんなシオンとアキトの会話をそばに控えて聞いていた早川が微かに笑い声を漏らした。
「申し訳ございません。……イースタル様はアキト坊っちゃまとずいぶん仲がよろしいのだなと思いまして、思わず」
「……流石にもう坊っちゃまはやめてくれ」
決して早川にそういった意図はないのだろうが、その呼び方はどうにも子供扱いしているかのような印象を与える。
実際早川はアキトたちが赤ん坊の頃から世話をして見守って来ているのだろうから彼がアキトのことをそう呼ぶこと自体はおかしくないのだろうが、成人済みの男性としては気恥ずかしいものなのだろう。
「なるほど……アキト坊っちゃま、か」
「ほら見ろ早川。余計なネタを提供しちまったじゃねえか」
「そういえば、ハルマ坊っちゃまとナツミお嬢様もあったな」
「ちょっ、やめてよシオン!」
「シオンにその呼ばれ方すると、なんか馬鹿にされてる気がするな……」
思いがけず手に入った面白いネタにシオンの緊張は解れた。
その代わりアキトたち三兄妹が少々気恥ずかしそうだったり機嫌を損ねたりという結果になったのだが、ネタを投下した張本人である早川は穏やかに微笑んでいるだけでそこを気にする様子はない。
「“魔法使い”のご友人ということで少し心配しておりましたが、杞憂だったようです。じいやは安心いたしました」
「(あ、これこっそり品定めされてたやつだ)」
ここまで終始穏やかで優しい気配しかなかった早川だが、その裏でしっかりとシオンのことを警戒していたらしい。
従者として仕える主人たちに害をなさないかどうか、見定めていたのだろう。
どうやら無事に無害判定をもらえたらしいことに一安心する一方、シオンは心の中で全く微笑みを崩さない老執事への警戒レベルを少し上げておいた。




