5章-暇を持て余した鬼の戯れ-
「……クソ」
正面のモニターに表示されている“GAMEOVER”の文字に思わず悪態が漏れた。
思う通りにいかない結果にひとつ息を吐き出してから、ハルマはシミュレーターのシートから立ち上がる。
「上手くいかないな……」
「そうは言うけど、私たちの中では一番進み早いじゃないの」
思わず出てしまった弱音に、次に控えていたリーナが少し不満そうな声を漏らす。
彼女の指摘通り、ハルマはリーナとレイスとよりふたつ先のステージ6までシミュレーターを進めている。
そんなハルマが弱音を吐いているというのは他ふたりにとっては嫌味のようにも聞こえかねない。
もちろんハルマにそんなつもりはなく、リーナもそのことはわかっているのだが。
「けど、実際ステージ6まできてかなり難易度上がった印象なんだよ。ECドライブ抜きでも普通に難しいレベルだと思う」
「うーん……それ、僕たちクリアできるかな……」
こうしてシミュレーターと格闘するようになって三日目。
レイスたちも着実に魔力コントロールと操縦を両立できつつあるが、それは平常心でいられる場合に限る。
虚を突かれたりすればすぐに揺らいでしまうので、そもそものシミュレーターの内容が難しいとなると非常に厳しい。
すでにハルマはステージ6で二〇回ほど失敗している。
ここまでの5ステージであればそろそろクリアへの光明が見えてきているところなのだが、まだこのステージをクリアできるビジョンは少しも見えてきていない。
それがハルマが思わず弱音をこぼしてしまった原因だ。
「コツを聞こうにもシオンのやついないしな……」
今日まで指導中にハルマたちから離れることがなかったシオンだが、今は席を外している。
ハルマたちであれば無茶はしないだろうということで、付きっきりで見ておく必要はないと判断したらしい。
信頼してくれているのは構わないのだが、こうして行き詰まったときにアドバイスを求めたりできないというのは困ったものだ。
「待つしかないか……」
「――それなら、俺様が相手してやろうか?」
突然背後から聞こえた声に振り返れば、地面からゆっくりと小さな体が浮かび上がってくる。
「朱月……」
「よおハルマの坊主。困ってるってんならこの朱月様が稽古つけてやろうか?」
「結構だ」
ニヤニヤと考えの読めない笑みを浮かべつつの提案をハルマは即座に切り捨てた。
シオンに信用するなと言われているというのももちろんだが、ハルマ個人としても決して油断してはならない相手だと見なしている。
一見そこまで危険そうではない提案だが、何か裏がある可能性もあるので無視するのが一番だろう。
「せっかく俺様にしては珍しく親切で言ってやってるってのに、ずいぶんじゃねえか。鬼の親切なんてそうそう拝めねえぞ? 一〇〇年に一回あるかないかだぞ?」
「そんなのなおさら信用ならないだろ」
あくまで取りつく島のないハルマにぶすくれた表情を見せる朱月。
外見が子供なので違和感はないし可愛らしくも見えるが、きっとそれに騙されてはいけないのだろう。
「あーあ、もったいねえなぁ。俺様のほうがシオ坊なんかよりもずっと手っ取り早く教えてやれるってのによぉ」
「…………」
「つーかよぉ。こんなちっこくなってる俺様にそうも及び腰で、いざ【異界】の連中相手にできんのかって話だよなぁ?」
説得ではなく挑発に方針を切り替える朱月に対して、あくまでハルマは冷静に無視を決め込む。
もちろん朱月の言葉に腹は立っているのだが、ここで反応してしまえば彼の思う壺だ。
しばらくはハルマを挑発するように言葉を並べていた朱月だが、あまりにハルマが応じる気配がないからか最終的に大きくため息をついた。
「……つまんねえな。ホントつまんねえ男だぜ」
「お前を楽しませる必要もないだろ」
「だとしても無視するだけってのが残念なこった。……シオ坊なら流れるように挑発やら嫌味やら返してくるだろうによぉ」
空中に浮かんだままだらりと体を横にした朱月は、文句を垂れ流しつつ心底退屈そうにしている。
「そもそもなんでお前は俺にちょっかいをかけてくるんだ」
「そりゃあ暇だからだろ」
「……そういうのは十三技班の人たちにしたほうがお前は楽しいんじゃないか?」
別に十三技班に押し付けようというわけではなく、真面目で年齢の割に堅苦しいハルマよりも少々変わり者であったり陽気で騒ぐのが好きな彼らのほうが朱月の性格とは合うだろうと考えたまでだ。
少なくともハルマのように無視に徹することなく構ってはくれるだろう。
「それもまあ面白そうだが、堅物を揶揄うほうが楽しいじゃねえか」
「悪趣味だな……」
「シオ坊も似たようなもんだぜ?」
「…………」
朱月の言葉に違うとは言えなかった。確かにシオンにそういう一面があるのは事実である。
「それなのにシオ坊はよくて俺様はダメってのはちょっと納得いかねえなー」
「そう言って自分のペースに引き込もうってことか?」
「なんだバレたか」
決して悪びれることもなく朱月は舌を出した。
冷静になってみると、騙されたり陥れられたりこそしてはいないが少なくとも朱月の暇潰しには付き合わされてしまっている。
そんなハルマの内心を見透かしたようにニヤリと笑って、朱月は空中でくるりと楽しげに回って見せた。
「さてさて、そろそろシオ坊も戻ってきそうだし退散退散。……また暇潰しに付き合ってくれやハルマの坊主」
そして「カカカ」という笑い声を残して朱月は消えた。
結局は朱月のペースに乗せられていたと気づいて、情けないやら疲れたやらでハルマは肩を落とすのだった。




