5章-玉藻前との語らい②-
「あまり遠回しな話をするのは好きではありませんので、こちらも単刀直入に言わせていただきますね」
そう一言前置きをして、玉藻前は一拍の間を置いた。そして、
「詳しいことはともかくとして、今、この世界そのものを脅かすほどの災いが起ころうとしています」
「…………は?」
あまりにも唐突すぎる言葉にハルマの口から声が間の抜けた声が漏れた。
ハルマに限らずアキトたちも反応としてはそう大差はない。彼女の発言に驚いていないのはシオンと朱月くらいのものだ。
「災いって……そんな突拍子のない」
「無理もないとは思います。ただ、残念なことにこちらの世界に住まう人ならざるものたちは大なり小なりすでにその予兆を感じ取っているのです」
ハルマの反応に対して理解を示しつつも、玉藻前は彼女の言葉を曲げない。
その毅然とした態度を前にハルマやアキトたちが助けを求めるようにシオンを見た。
「……俺も、玉藻様の言葉には同意します」
シオンの返答に四人の瞳が大きく見開かれる。
無理もない。突然世界の危機などと言われたところでとても信じられはしないだろう。
しかし、それが現実であるのだとシオンもまた確信に近いものを持っている。
「正直、最近の世界はおかしいんです」
「おかしいってお前……」
「突然のアンノウンの進化、アマゾンでのあの明らかにやばい現象、挙句の果てには神話の時代の悪神の復活。……それがこうも連続して起きるとか異常でしかない」
例えばそれぞれが一年程度のスパンを開けて起きていたならシオンも決して異常とまでは思わなかった。
しかし現実では、それが半年も経たない間に立て続けに起きているのだ。
「みなさまはまだ十年ほどしか魔物共の動きを見てきていないので実感がないのも無理はありません。……しかし、これまでの歴史において魔物の変容ですら一〇〇年に一度あるかどうかというほど珍しいもの。ヤマタノオロチの一件はそれこそ神話の時代以来初めてのことですし、あまぞんとやらでの一件に関しては人の世が始まってから初めての現象でしょう」
「それが今、立て続けに起きている……確かに偶然と片付けるのは難しいかもしれませんが……」
そうは言っているアキトだが、そんな彼もまだ玉藻前やシオンの言葉を一〇〇パーセント受け入れられているわけではないようだ。
「何か、はっきりとした証拠になるようなものはないのでしょうか?」
「残念ですが、そういったものはありません。……そもそもわたくしたちはそういったことが得意ではないのです」
人外は総じて感覚やフィーリングを重視する傾向にある。
自然界の魔力や穢れの気配を感じ取ることで物事を理解したり、これから起こるであろうことを予測したりする。
裏を返せば、人間のように過去のデータなどから数値的に分析するなどといったことはしない。だからこそ人間であるアキトたちに証拠として提示できるデータなどそもそも用意することはできない。
結局は玉藻前もシオンも“信じてくれ”と繰り返し言葉にする以外にできることはない。
「こればかりは理解してもらうのは不可能でしょう。ただ、〈ミストルテイン〉のみなさまには知っていてほしいのです」
「……何故ですか?」
「人類軍にあって、来る災いに対抗できうるのがあなたたちだけだからです」
アキトの問いに答える玉藻前の目は真剣で、そこに揺らぎはない。
「来る災いは魔物共や魔物に落ちた人外たちをより強く、より激しく荒れ狂わせるでしょう。現状、それらに対抗できる人間はあなたたちの他にはいません」
「思い当たることはあるでしょう?」と玉藻前が尋ねればアキトたちは口を噤んだ。
ヤマタノオロチとの戦いがわかりやすい例になるだろう。
他の人類軍はただ虫けらのように蹂躙されるばかりで傷のひとつを負わせることもなく、十分に対抗できたのは〈ミストルテイン〉に乗るアキトたちだけだった。
それはわざわざシオンが指摘せずともアキトたちならわかっているはずだ。
「もちろん世界そのものに迫る危機である以上、わたくしたたちも対応に動くつもりです。しかし、今の世界が人間のものである限り、どうしても動きにくい状況もあるでしょう」
今の社会で人外が動こうと思えば、どうしても人目を気にかける必要が生じるなど制約が多い。それはどうしても異変への対応の遅れを招く。
だからこそ、人間でありながら問題に対応できる存在の有無が重要なのだ。
「それを踏まえて、わたくしはあなたたちと同盟を結びたいと考えています」
「同盟、ですか」
「ええ。それこそがわたくしの話したかった本題なのです」
どうやらここまでの衝撃的な警告も、この同盟の話をするための前振りにすぎなかったらしい。
「その同盟というのは、人類軍との同盟関係を結びたいということでしょうか?」
「いいえ? わたくしはあくまであなたたちとの同盟を結びたいのです。……人類軍なんて面倒そうな方々に興味はありませんよ」
はっきりと言い切る玉藻前にアキトたちは呆気に取られている。
「まあ確かに、人類軍と同盟とかいろいろ面倒くさいですよね」
「協力関係にあるアンタがそれ言う?」
「だって実際ややこしいじゃないですか、俺が人外寄りだってだけでいろいろ制限あったりしますし……」
「だとしても、一部隊が勝手に同盟を結ぶわけにもいかないだろ。玉藻前様が同盟を本当に望んでいるのなら上層部と話をしてもらうべきだ」
ハルマが話にならないと不満そうな顔をしているのだが、むしろ玉藻前と人類軍が同盟を結ぶほうが不味いとシオンは思っている。
とりあえずハルマとアキトの腕を引っ張って顔を近づけ、声を潜めて話す。
「上層部と玉藻様で同盟関係とか絶対無理っていうか、不味いですよ」
「不味い以前にそれ以外の選択肢ないだろ」
「だって、俺はいろいろスルーしてるから協力関係維持できてるけど……玉藻様だったら人外だからとかバケモノだからとか言われたら確実にキレるよ? さらに言えば即刻人類軍潰そうとするよ、多分」
玉藻前が今のところ人類軍に敵対していないのは、敵対する理由がないから。
そのあたりの事情はシオンとあまり変わらない。
内通者以外の人類軍と関わりがなく、よくも悪くも距離が遠いので好きも嫌いもないのだ。
しかし、いざ同盟関係だのなんだので距離を詰め、その結果気分を害するようなことがあったとすれば――冗談ではなく、彼女は人類軍を敵と見做して潰しにかかるだろう。
「言っとくけど軍事的なパワーなんて何の意味もないからな? 玉藻様の場合、ちょっと内部の人間を呪ったり操ったりして派閥争い悪化させて自滅に追いやるとか、そういうえげつないこと普通にするタイプだから」
「それは……」
「俺たちはまだしも普通の人類軍には防ぎようがないな」
「でしょ? だからできるだけ上層部とかに玉藻様を近づけないほうがいいんですよ」
下手をすれば少し話をしただけで上層部の態度にイラッと来て、なんて展開すらあり得る。
可能な限り彼女の気分を害しそうな要素は排除しておきたい。
「っていうか、玉藻様って別にそんなしっかりとした同盟関係を結びたいとかじゃないですよね?」
「そうですね。〈ミストルテイン〉のみなさまと連絡が取りやすければそれでいいのですけれど……」
「ですって! これくらいなら上層部通さなくてもいいんじゃないですかね?」
互いに何かを相手に差し出すわけでもなく、単純に連絡の手段だけを残しておきたいというのが玉藻前の求める形だというの。
それならミランダからマジフォンを受け取っているのとそう変わらないだろう。
別に人類軍を守ろうなんて気はないが玉藻前が暴れてろくなことにならないのは目に見えているので、シオンとしてもそれくらいを落としどころにしておきたい。
「……具体的にどうやって連絡を取り合うおつもりで?」
「簡単なことです。コウヨウを引き続き〈ミストルテイン〉に乗せておいていただければよいだけですから」
コウヨウを通じてシオンのことを報告させていたのと同じようにコウヨウを仲介役にして連絡が取れるようにする、というのが玉藻前の考えらしい。
表向き、コウヨウは人間の軍人として人類軍に籍を置いている
今のところ〈ミストルテイン〉の主要メンバー以外はコウヨウの正体を知らないので、それを報告しなければ上層部に知られることなく玉藻前と連絡を取り続けることだって可能だ。
「だとしても、後で情報漏洩がバレたら厳罰ものよね……」
「万が一の場合は、全部コウヨウのせいにでもしてしまえばよいでしょう」
玉藻前がしれっと言い放った内容に全員の動きが止まった。
「ああなるほど。“連絡を取り合ってた”、じゃなくてあのキツネを通じて“情報が漏れてた”ってことにすりゃいいわけだ」
「そうすればあなたたちは被害者。多少責を問われることあれどそこまでの罰は下らないでしょう」
意地悪く笑う朱月とニコニコと笑みを浮かべる玉藻前。
その場合コウヨウの身の安全はどうなるのか、と思わなくもなかったがあえて尋ねる勇気はなかった。
「艦長、俺としては申し出受けちゃうのがおすすめなんですけど……どうします?」
少々危ない橋を渡るのは確かだが、〈ミストルテイン〉のメリットも大きい。
シオンでは把握しきれない範囲をカバーする情報源が得られるというのはもちろん、あのヤマタノオロチを封じる力を持つ人外と友好的な関係を築けるのだ。
同盟と言いつつも実態はただ連絡を取り合うというだけ。
さらに一応は明るみに出てしまった場合の対策もある。
そう考えればデメリットはかなり少ない。
「……ひとつ、確認させてください。この同盟を理由に玉藻前殿からこちらに何か要請を出すつもりはありますか?」
「ありません。状況次第で“お願い”をすることはあるかもしれませんが、それを受けるか否かはあなたたちの自由です。……決してあなたたちの力を利用するようなことはないと約束しましょう」
アキトの質問の裏にあった“利用される懸念”を玉藻前は正面から否定した。
それを確認したアキトはひとつ息を吐き出す。
「わかりました。その条件を守っていただくことを前提に、お話を受けましょう」
アキトの答えに玉藻前は大きく頷く。
「もちろん、先程の言葉を違えるつもりはありませんからご安心を。……これからもどうぞ、仲良くしてくださいね」
こうして、〈ミストルテイン〉と玉藻前の間に上層部にも秘密の同盟が結ばれたのだった。




