1章-月明かりの展望室③-
「さて、結構話し込んじゃったな……」
今後こそ本当に話は終わりということでシオンがベンチから立ち上がる。
実際結構な時間が経過しているので、そろそろお開きにしないとナツミの仕事にも差し障る。
「あ、そうそう。さっき話したしなんとなくわかってると思うけど、お前も俺に近づくなよ?」
「……へ!?」
突然のシオンの言葉にナツミは驚くが、シオンは何を驚いているんだとでも言いたげに呆れた目でこちらを見ている。
「お前、アンナ教官の状況わかってるんだろ? なら俺に近づくと危ないことくらいわかるだろ」
「それは……確かにそうだけど」
自分の身の安全を考えればシオンに近づくのは確かによろしくない。
加えてシオンも必要以上にナツミのことを巻き込みたくないらしい。
「(兄さんくらいがちょうどいいってそういうことか……!)」
ハルマのようにシオンへの敵意をありありと見せていれば、他の軍人から白い目で見られることなんてあり得ない。
ここに来てようやくシオンの発言の意味がわかってきた。
けれど、ナツミがそうしたいかどうかとは完全に別の問題である。
「でもさ! こういうところで他の誰もいないところでなら話しても大丈夫だよね!?」
「いや、人知れず密会とか一番ヤバイだろ。今回は事故みたいなもんだけど今後は絶対ナシにしないと」
食い下がるナツミの言葉をあっさりと斬り捨てて「面倒だけど、人除けの術を強化するか……」などと独り言を漏らしているシオン。
ここでどうにかシオンを納得させられなければ、二度と話すことができなくなりかねない。
しかしどうすればこのシオンを説得することができるだろうか?
ナツミとしては単純にこのままシオンと話すことができなくなるのが嫌なのだが、それだけではまず絆されてはくれない。
十三技班の面々が喜ばないのを把握していながら距離を置いていることからそれは明らかだ。
多分、危険が及ぶ可能性を潰すためであれば相手の感情や考えは無視するつもりなのだろう。
「(最悪自分が嫌われたっていい、くらいに思ってそうだし……)」
であれば、シオンの心配していること――ナツミに危険が及ぶ可能性を潰す具体的な方法を示さなければならない。
「(絶対に必要なのは、あたしがシオンと仲良くしてることが他の誰にも知られないこと)」
シオンとナツミの間に関わりがあることを知られる余地が少しでもあれば、シオンは決して納得はしない。
裏を返せば、誰にも知られないと断言できるなら他の細かなことは気にせずにOKを出してくれるだろう。
では、他の人間に絶対に知られないで関わりを持つ方法はどんなものがあるだろうか。
少なくとも直接顔を合わせるのはダメらしい。それはたった今シオンが言っていた。
であれば直接顔を合わせない通信などが考えられるが、艦内の通信は論外として私的な携帯端末などもシオンのものは監視されている可能性が高い。
少なくとも電子的な通信手段はアウトだ。
「(絶対に他の人が盗み見たり聞いたりできない。それどころか連絡を取ってることもわからないような連絡手段があればいいってこと?)」
おそらくこれが唯一とも言える正解なのだが、そんな都合のよすぎるものが本当にあるとはナツミ自身思えない。
「(だって、そんなのもうマンガとか映画の中の代物じゃない……)」
こんなにも都合のよいもの、現実では到底ありえない。それこそ創作物の中くらいでないと存在しないのではないだろうか。
お手上げ寸前の思考の中、ふと視線を感じてそちらを見やる。
するとひー、ふー、みーの三体が不思議そうにこちらを見上げていた。どうもうんうん唸っているナツミを心配してくれているようだ。
「(なんとなく感情があるのはわかるけど、やっぱり不思議だよね……絵本に出てくるオバケみたいっていうか……)」
そう、シオンの使い魔だという三体は本当にナツミの常識の通じない存在なのだ。
それこそ、絵本やマンガに出てきそうな――
「…………ああああっ!」
突然叫んだナツミに三体はびっくりしたのか丸い体をびくりと震わせた。ついでにシオンも急な大声に肩を思い切り揺らしていたが、ナツミはそれどころではない。
見つけてしまったかもしれないのだ、シオンとの繋がりを保つ都合のよすぎる方法を。
「シオン!」
「な、なんだよいきなり?」
「あのね、遠く離れた相手同士で会話できる魔法とかない?」
「それくらいなら、何種類もあるけど……」
「あたしにも使えるやつってある?」
「は?」
ナツミの問いにシオンは怪訝な顔をする。
「なんで急にそんな話に……」
「いいからいいから! 簡単なやつとかない?」
「……お前にだって魔力自体はあるんだし、簡単なやつなら誰でも使えるとは思うけど」
「じゃあ、それでならシオンと話とかしても大丈夫だよね!?」
人払いの術についてナツミに話したとき「術の存在が知られても人間に対策なんてできないから問題ない」とシオンは言った。
事実、普通の人間にとって魔法は未知の領域でどうやっても手の出しようがない。
つまり、もしも魔法で通信することができたのなら、それがどんなに簡単な魔法であってもシオンやそれを教わったナツミ以外の人間は盗み聞きも盗み見も絶対にできない。
まさにナツミの思い描いた、都合のよすぎる方法そのものなのだ。
「……確かにその方法なら誰にもバレないだろうけど」
「けど?」
「お前、そこまでして俺と話したいのか?」
「そ、れは……」
確かに、ナツミはシオンと話がしたいし仲良くしていたい。ここで繋がりをなくすのは嫌だと強く思っている。
が、それをシオン本人に聞かれ、包み隠さず答えるのは少し恥ずかしい。
「話がしたいっていうか、これっきりみたいになるのが嫌なの」
「魔法まで覚えて?」
「そうよ! どうしてもそうしたいの!」
照れ隠しで自然と語気が強くなってしまうがシオンはそういったナツミの内心には気づいていないのか、少し不思議そうにはしつつもナツミの答えに納得してくれたらしい。
「わかった。魔法なら確かにバレないだろうし……何かの役に立つかもしれないし今後も連絡できるようにしとこう」
それからシオンは何かを握るように両手を合わせた。合わせた両手の隙間からはわずかに白い光が漏れている。
「そういえば、お前何色が好きだっけ?」
「色? 黄色とかかな」
「黄色な」
すると今まで白かった光は黄色に色を変える。そして数秒ほどしてシオンが合わせていた手をほどくと、そこには黄色の結晶のようなものがあった。
「何これ?」
「魔力を凝縮して物質化させたもの……エナジークォーツの一種だな」
「エナジークォーツって作れるの!?」
「作るだけなら簡単だけど、発電とかに使えるレベルのものを作るのはものすごく時間と手間がかかる。今作ったこれじゃ、懐中電灯ひとつ使えない」
「じゃあ、何に使うの?」
差し出された黄色の結晶を受け取るが、ここまで聞いた限りはあまり使い道があるようには思えない。
「通信用の魔法を教えるのはちょっと時間もかかるからな。魔法自体をその結晶に封じ込めてある」
「つまり?」
「その結晶を握ったまま俺のことを思い浮かべつつ伝えたいことを念じれば、俺に伝わる」
「練習がてら試してみたらどうだ?」と促され、結晶を握りこんで集中する。
『あー、あー、テステス。本日は晴天なり』
『夜だし外真っ暗だから晴天も何もないと思うけどな』
頭の中で思い浮かべた内容にシオンが答えるが、その口は動いていないし声が聞こえたというよりは頭の中に直接響いているような感覚だった。
『わ! 本当に通じてるんだ!』
『あ、これの注意点だけど、慣れないうちは伝える気のない考え事とかも通じがちだから気をつけるように』
確かにたった今伝える気のなかった感想が思い切りシオンに伝わってしまった。
うっかり考えていることが筒抜けにならないように注意しなければ。
なにはともあれ、これでナツミは今後もシオンと連絡を取る手段を確保できたわけだ。
「あ、でもこの結晶気をつけないと落としそう」
「じゃあ紐でもつけるか」
そう言ってシオンが指を鳴らせば、ポンという軽い音と共に結晶は白い煙に包まれた。
煙が晴れると結晶に穴が開いていてそこに柔らかそうな紐が通されている。
これならネックレスのように首に提げておくこともできそうだ。
「……魔法って本当になんでもアリだね」
「なんでもは言い過ぎだろうけど、普通に生活する分には大体のことはできるかな」
「掃除洗濯なんでもござれ」と冗談めかして言うシオンに笑いつつ、ナツミは結晶を首から提げて服の中にしまう。
「じゃあ、あたしは先に戻るよ。ふたりで歩いてるところとか見られたら困るもんね」
「だな。あ、それと魔法での通信、多分俺からはしないからそっちのタイミングでやってくれていい」
「忙しかったりしない?」
「俺よりは操舵手のお前のが忙しいだろうし、着信音がなるわけじゃないからな。お前、急に俺から通信きてびっくりしない自信あるか?」
この通信方法は頭の中に直接声が届くような感覚だ。
携帯端末などとは違って着信音などもないので、シオンの言う通り急に声が届いたらおかしな反応をしてしまうかもしれない。
自分ひとりのときならともかく、人前だったら怪しまれてしまいかねない。
「うん。それじゃあ連絡はあたしから……基本的には夜にするね」
「ん」
「それじゃあ、おやすみ」
「ああ、おやすみ」
なんでもない「おやすみ」の挨拶を交わしてナツミは展望室を後にする。
ただそれだけのことだが、ナツミはとても気分がよかった。
自分のせいではあるがすれ違ってしまったシオンと再びこうして何気ない会話をすることができる。
顔こそ合わせるのは難しいが、これからも話をすることができる。
なくしてしまいかけた繋がりをどうにか繋ぎ止めることができて、ナツミの心は晴れやかだ。
「いい夢見られそう」
小さく笑いながら、ナツミは軽い足取りで自室に向かうのだった。




