5章-稲穂と隠れ里②-
山へと伸びる一本道は現代社会のようにコンクリートで舗装されてこそいなかったが、しっかりと整備されていて歩きやすい。
そのおかげもあってかアキトたちは大して時間もかからずに山の麓にある里の入り口へと辿り着いた。
簡素なものではあるが、一応は木で作られた柵で周囲を囲われ、同じく木製の門のようなものもある。
「警備などはいないんだな」
「そりゃあ、ここは玉藻様の神域ですから。彼女に招かれてないならこの空間入る前にブロックされますし、仮に招かれざるお客が入ってこれてもその時点で感知されます」
「完全に玉藻前殿のテリトリーというわけか」
だからこそ警備などを里の周囲におく必要はない、というわけだそうだ。
招かれているとはいえなんの挨拶もなく人外の里に人間が立ち入ってよいものなのかと思ったが、先導役のコウヨウとシオンが特に気にする素振りもないのでアキトたちもそれに倣うことにする。
「うわー、時代劇のセットみたい……」
そう感嘆の声を漏らしたナツミに内心でアキトは同意した。
門を潜った先には今の世に残っていれば文化財として保存されそうな建物がいくつもある。
しかし実際にそこに暮らしている存在がいるからか荒れているような印象はなく、雰囲気だけで言えば少し前に立ち入ったオボロの守る集落にも近い。
「あんまり人、っていうか妖怪はいないの?」
「いえ、ここは里の入り口ですから。もう少し奥に進むと広場がありますよ」
リンリーの問いに答えたコウヨウが指差す先には、確かに他よりも建物の密集した一角がある。
「広場って、何があるんだ?」
「普通にお店とかだよ」
「……あれ? でもここって神域とかっていう閉じた空間よね? いったい何が売ってるの?」
「完全に閉じてるわけじゃなくて、他の神域や隠れ里との交流はありますよ。俺たちに馴染み深いのだと、≪魔女の雑貨屋さん≫の支店があります」
広場に近づくにつれてわずかにだが人の声のようなものも聞こえてきた。
「おお! 結構賑わってるじゃねえか」
ロビンの言う通り、先程までとは打って変わってたくさんの人外が広場にはいた。
多くはちょうどコウヨウのような人の姿をしつつも獣の耳や尾が生えている。それだけであれば一見人間の集落のようにも見えそうだが、ところどころわかりやすく人ではないものもうろついているあたり流石人外の集落というところである。
「……たった今傘が一本足で跳ねてったんだが」
「メジャーな妖怪じゃん。ほら唐傘小僧っていう」
「ああ、なんか子供の頃絵本かなんかで見たことある気がするな……」
「あっちはなんか緑の変な生き物がいるんだけど?」
「河童だね」
ハルマやリーナとシオンのそんなやり取りを見ていると、ふと視線を感じた。
しかもひとつではなく複数の視線だ。
「……目立ってるわね、アタシたち」
わずかに緊張を含んだアンナの言葉にアキトは無言で頷き返す。
ここは人外の里。人間が十人以上寄り集まって立っていればもちろん目立つ。
シオンは大丈夫だと言っていたが、そうは言っても彼は“神子”という特殊な存在だ。
感性はともかく、肉体的に普通の人間であるアキトたちとは少々事情が異なるだろう。
そんなとき、こちらを見ていた集団の中からひとりの男性がこちらに歩み寄ってきた。
体格のよい彼の額には一本の角があり、アキトの目でもおそらく“鬼”であることがわかる。
アキトとアンナ、ハルマたちが緊張を強めて身構える中、鬼の男性はゆっくりを口を開き――
「おめえさんら! 姫様の客人だろ? よぉ来たなぁ!」
ニコニコと満面の笑顔で歓迎の意を示した。
あまりに友好的な態度にアキトは口を開けて固まってしまう。
「姫様の客人となりゃ、そりゃもう盛大にもてなさねえと! よかったらうちの店の団子でも食って行ってくれや」
「団子⁉︎ 食う食う!」
警戒心皆無で団子に誘われたギルを筆頭に鬼の男性について行く十三技班の面々。
普通なら引き止めるべきなのだが、どうも鬼の男性はおろか他の人外たちももてなしムードなのでその必要を感じられない。
「ほらほら言ったじゃないですか。そもそもこの里の長の客人になんかしてくる住人なんていませんよ」
「全く疑り深いんですから」とわざとらしく肩を竦めたシオンに背中をぐいぐいと押されるまま、アキトもまた住人たちのところへと向かうことになるのだった。
「お団子、初めて食べましたが美味しいですね」
鬼の男性に導かれるまま広場に面する茶屋にやってきたアキトたち。
メンバーの中で一番若いアンジェラが団子を食べて小さく微笑んでいる様はとても穏やかな光景なのだが、よくよく考えるとそんなことをしている場合ではない。
「イースタル。ここでのんびりしてていいのか? 玉藻前殿はどうした?」
「んー、多分大丈夫じゃないですかね?」
「何を根拠に……」
「だって、直接お呼びがかからないですもん」
手紙には指定の時刻にあの神社に来るようにという記載しかなかった。
その指示に従ってこの神域にやってきたあとのことは特になんの連絡もされておらず、直接彼女のほうから連絡してくる様子もない。
「そもそも俺たちがここにいるのは把握されているのか?」
「もちろん。ここは玉藻様の神域です。誰がどこにいるかなんてお見通しですし、オボロ様がやったみたいに念話で連絡してくることだってできるはずです」
にも関わらず連絡をしてくることもないということは、玉藻前もこの状況を把握している上で放置しているということに他ならない、というのがシオンの主張だった。
「ま、気楽に構えときゃいい。あの姫様は自分のしたいことは素直に言うからな」
「あ、朱月お前団子食い過ぎだぞ!」
いつの間にやら当然のように姿を現していた朱月とギルが団子の取り合いを始めた。
朱月の見た目の幼さもあって微笑ましいじゃれ合いにも見えるのだが、本当にそれでいいのかという感覚が強い。
「こう言っちゃなんですけど、玉藻様はかなりのマイペースですからね? 今からそんな調子じゃ会ってから疲れて倒れちゃいますよ」
「お前にマイペースと言わしめる相手なのか……」
「価値観が人間じゃなくて妖怪ですから」
シオンですら苦労することもあるというのに、下手をすればその上を行く相手にこの後振り回される羽目になる。
そう思うと、頬張った団子の美味しさに現実逃避したくなってきた。
連絡がないなら仕方がないと割り切ってしばらく時間を過ごす。
住人たちの歓迎ムードはやはり本物のようで、茶屋の団子だけではなくいろいろな住民が食べ物や飲み物を持って集まってくる。
いくら里の長の客であるとは言っても違和感があるレベルの歓待だが、彼らのそれは純粋な好意にしか見えない。その事実が少し引っかかった。
そうして三〇分ほどのんびりと過ごした頃、周囲を囲う人々の間からひょっこりと姿を現した小さな影があった。
「まあ! すっかりお待たせしてしまったようですね!」
小さな影、ひとりの妖狐と思しき耳と尾を持つ少女は手に口をやって少し慌てたように言った。
「君は……?」
「突然申し訳ありません。わたくし、みなさまを屋敷にご案内するためにやってきた者です」
他の住人に比べて少し上等な着物を纏った少女は恭しく礼をした。
玉藻前の従者か何かなのか、アキトたちの案内役としてここまでやって来たらしい。
となれば、ようやく本来の目的であった玉藻前の下へ行けるということらしい。
「では、さっそく案内してもらってもよいだろうか? 玉藻前殿をお待たせするわけにもいかないのでね」
妖狐の年齢などはアキトにはわからないが、少女の外見は人間として見れば十歳にも満たない。
深く考えずに膝をついて目線を合わせて頼めば、少女は少しだけ驚いてからニコリと微笑んだ。
「はい、もちろんです! 屋敷はこの山の上にあります。ついて来てくださいませ」
明るく上機嫌な少女に導かれるまま、アキトたちは広場を離れて山へと向かうのだった。




