5章-神域への道中-
玉藻前からの招待状を受け取った二日後。
シオンたちは招待状に名前のあったメンバーにコウヨウを加えて京都の町へと繰り出していた。
「ここが京都か……俺、キヨミズの舞台ってのに行ってみたい!」
「金閣寺!」
「八ツ橋食べたい!」
「観光に来たわけじゃないんですが⁉︎」
これから玉藻前の神域に行こうというのに十三技班はどこまでも通常運転だった。
その手綱を握ろうと叫んだのはハルマだったが、彼は気づいているだろうか。
今回招待されているメンバーはその半数以上が十三技班の人間。つまりストッパーよりもトラブルメーカーのほうが多いのである。
「(これ主に、艦長とハルマの胃がやばいな)」
アンナはうまい具合に流したり誘導したりで対応できるので問題なし。
ナツミ、リーナ、レイス、コウヨウはシンプルに振り回されるだけなので比較的ダメージは少ない。
しかし立場上どうにかしなければアキトと、真面目かつ振り回されない意志の強さのあるハルマは振り回されつつも手綱を引っ張らなければならないという一番大変なポジションにあるわけだ。
「イースタル。一秒でも早く手紙にあった場所に行こう」
「……そうですね」
どちらかと言えばシオンもまた十三技班側の人間なのだが、助けを求めるようなアキトの目を無視できるほど薄情でもなかった。
好き勝手言う十三技班の一部面々を鉄拳制裁や説得によって宥めてから、シオンを先頭に手紙で指定されたとある神社を目指す。
「お前、普通に歩いてるけど京都に土地勘あるのか?」
「いや、土地勘とかじゃなくてついこの間来たばっかりなだけ」
シオンがつい先日ヤマタノオロチとの戦いの前に玉藻前の式神と接触した神社と、今回の目的地は同じだった。
基本的に彼女の息のかかっている場所であればどこからでも神域に立ち入れるのだが、あえてこの神社を指定してきたのはシオンへの配慮なのだろう。
「ここ、艦長と電話したときにいたカフェですよ」とアキトに話して微妙な顔をされたりしつつ少し歩けば、目的の神社へはすぐにたどり着いた。
日本に来たことがないメンバーを中心に誰ともなく「おおー」と感嘆の声を漏らす面々を尻目にシオンは境内を軽く確認する。
前回来たときもそうだったが今回も人の気配はないようで、シオンたちにとっては都合がいい。
軽く人払いの術を使ってから時計を確認すれば、約束の時間まで少し余裕があるようだ。
「というわけで、神社内であれば好きにしてもいいですよ」
シオンの言葉に、見慣れない神社に興味深そうにしていた十三技班の面々はあっという間に散っていった。他のメンバーも一息入れようと各々がその場を離れていく。
遠足の引率をする教師というのはこういう気分なのかもしれない、なんて感想を抱いていたシオンだったが、ふと近くにいたナツミの様子が少しおかしいと気づく。
彼女は何やら神社を見回してぼーっとしていた。
日本で生まれ育ったという彼女からすれば神社なんて決して珍しいものではないはずなのだが、一言も発することなく視線をさまよわせている。
「なんか気になることでもあんの?」
「わ! なんだ、シオンか……」
意識が半ば飛んでいたのかナツミはシオンの声にずいぶんと大袈裟に驚いたようだった。
そこまで意識を集中して神社を見ていたのだと思うと、なおさら理由が気になってくる。
「なんだか、懐かしい感じがするなって」
「この神社、来たことあるのか?」
「ううん。そうじゃないんだけど……」
改めて神社を見渡したナツミはどこか安心しているかのように頬を緩める。
「京都にあるミツルギ家の本邸の近くに、うちの所有する神社があったの」
「……そういえば、前にそんな話教官に聞いたな」
ミツルギ家の金持ちエピソードであり、アキトやナツミの見せた魔法への耐性の手がかりにもなり得る情報。
タイミングもなかったので今まで触れてこなかったが、この機会に少し詳しく聞いてみてもいいのかもしれない。
「それで?」
「うん。そのうちの所有してた神社もそんなに大きな神社ってわけじゃなくて、規模感って言えばいいのかな? それがこの神社くらいの感じだったなって」
「へえ〜。そういえば、その神社ってどういう感じだったんだ?」
「どういう感じ……?」
「なんの神様を祀ってるとか、どういう石像を置いてるとか……ほら、ここなんて稲荷神社だろ?」
この神社にはキツネの石像が目立つ。特別有名どころというわけではないだろうが、稲荷神を祀っているのだろう。
「あれ、神様祀ってる神社なのに妖怪の住処に繋がってていいの……?」
「よくはない。けど問題の神様とは話をつけたとかなんとか」
“キツネを祀っている”という点で相性がよかったのか、この神社に限らず玉藻前の神域に立ち入るための入り口は稲荷神社に多い。
詳しい事情までは知らないが、稲荷神とちゃんと話をした上でこういう状況になっている。というような話を以前聞いた覚えがある。
「で? お前のとこの神社はどうだったんだ?」
どういった神を祀っているのか、というのはその神社の在り方そのものと言ってもいい。
京都にあるということと祀っている神の情報がわかっていれば、ミツルギ三兄妹に詳しく聞かずともシオンだけで調べることができるかもしれない。
しかし、そうシオンに都合よくはいかないらしい。
「うーん……わかんないや」
「わかんないか」
「最後に神社に行ったのは士官学校入学前とかだし……その頃はそこまで深く神社については考えてなかったし」
確かに【異界】との接触で神や信仰というもの自体が異端視されている時代に、十二歳そこらの少女が神社について興味を持つかと問われれば答えはノーだ。
シオンだって人外や魔法にかかわる身でなければ大して知識は持っていなかっただろう。
「でもこうして改めて考えると気になってきた……せっかく日本にいるんだし行ってみようかな」
「あ、そっか京都なら無理な距離でもないか」
現在〈ミストルテイン〉が停泊している基地は京都府内にこそないものの、決して遠くはない。
試射なしで〈ラグナロク〉をぶちかました〈ミストルテイン〉は〈ラグナロク〉を中心に少し大規模な修繕をしていてすぐには出航できないので、ナツミ個人が休暇を取って地元に帰省するくらいの時間はあるだろう。
「……もし行けそうだったら、シオンも一緒に行かない?」
「俺? ……外出許可出るかな?」
「そこは私も兄さんに頼んでみるよ。シオンが一緒に来てくれたらひとりで行くよりいろいろわかりそうだし」
そんな取り止めのない話をしている間に約束の時間は迫ってきたらしく、散っていたメンバーも戻ってき始めた。
「ま、そのためにも玉藻様との対面を平和的に終えないとな」
「うん。……ちょっと緊張してきた」
「大丈夫大丈夫。……少なくともお前たちは俺が守るよ」
玉藻前は強大な妖怪だが、シオンの大事にする者たちを傷つけさせるつもりはない。
万が一にも彼女がナツミたちを害そうとするのなら、シオンも黙ってはいないというわけだ。
シオンが人知れず覚悟を決めたのとほぼ同時に、時刻は約束の時間となった。




