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【完結済】機鋼の御伽噺-月下奇譚-  作者: 彼方
5章 古き都にて
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5章-〈ミストルテイン〉の隠し事-


「ずいぶん楽しい一日を過ごしたらしいな」


ナツミたちが監視役代行という名目でアキトの私室にやってきた日の夜。

仕事を終え、ラフな服装に着替えたアキトはベッドに寝そべるシオンに言った。


「おかげさまで退屈せずに済みましたよ」


実際、アキトがこの部屋に戻ってくるまでの時間をナツミたちと騒がしくも楽しく過ごすことができた。

ただひとりでゴロゴロしているよりはずっといい過ごし方だっただろう。


「艦長はおつかれさまです。丸一日出ずっぱりなんて大変だったでしょ」

「まあな。上層部相手にどこかの誰かさんの弁護をするのにはだいぶ疲れた」

「ほえー」


どこかの誰かさんの正体をわかった上でとぼけた声を出すシオンにアキトは小さく笑いながらソファにどかりと腰を下ろす。

ハルマであれば確実に指摘してきそうなところをこういう風に流せるあたり、やはりアキトのほうが余裕があるということなのかもしれない。


「で、こうしてのんびりしてるってことは弁護は上手くいったわけですか」

「ああ。ゴルド最高司令官には感謝しろよ? あの人の言葉がなければこうはならなかった」


本音を言えば今回の一件で人類軍と決別してもよかったのだが、ここでそれを言うのも憚られてただ曖昧に頷くだけにしておいた。


「にしても、最高司令官直々に責任を受け持ってくれるとは……」

「まあ、彼がお前を人類軍に引き入れたのは事実だし、妥当と言えば妥当なんだろ」

「……正式に最高司令官殿がバックについてくれたとなると、今後割とむちゃくちゃしちゃっても?」

「よくねえよ」


シオンが「冗談ですよ〜」とアキトに笑いかければ「本気でやめろよ?」と真剣な顔で念を押された。

アキトの目があまりにも本気(ガチ)でシオンも思わず頷いてしまったほどだ。


「それにしても、ホントよくこんな貧乏くじ引いてくれましたね。俺だけならともかくセットで朱月まで追加されたスーパートラブルセットみたいなもんなのに」


これまで通りシオンだけということなら勧誘した手前多少のリスクにも目を瞑ってくれそうなものだが、ここに朱月というさらなる不安要素が追加されているのだ。


クリストファーは損得勘定もできるだろうし、リスクが大きいとなればシオンのことを非情に切り捨てられるだけの判断力だってきっと持ち合わせている。


シオンと朱月という面倒事のセット販売など、即座にノーサンキューと言われてもおかしくなかっただろう。


そんなシオンのごく自然な疑問に対しアキトはわずかに目をそらした。

後ろめたいことをよくやらかすシオンやアンナは割とよくする動きだが、彼がやるのはかなり珍しい。

珍しい分目につく動作にシオンが気づかないはずもなく、さらにアキトがシオンが気づいていることにきづかないはずもなく、なんとも言えない沈黙が流れた。


「結論から言うと、報告してない」

「……何を?」

「朱月の存在を」

「…………マジで⁉︎」


予想外過ぎるアキトの言葉に思わず大きな声が出てしまった。

しかしそれくらいにはインパクトのある告白であったことは言うまでもない。


「艦長が思ってたよりは悪いこともできるってのはわかってたつもりですけど……上層部に隠し事なんてワイルドが過ぎますよ? 十三技班のことどうこう言えませんよ?」

「自覚はあるから騒ぐな……」


寝そべっている場合ではないと体を起こしたシオンはソファに座るアキトへと改めて向き直る。

シオンが話を聞く姿勢になったからか、観念したようにアキトは説明を始めた。


「隠した理由はいろいろあるが、とにかく今回は情報量が多過ぎた」


シオンの脱走からの独断専行、ヤマタノオロチとの戦闘、〈光翼の宝珠〉とアキトの契約などなど、たった数時間の間でかなりの事件が起こったのは間違いない。

そこに新たに朱月という鬼の登場なんてものが加わっては余計に話がややこしくなるというものだ。


「ただでさえ骨が折れそうなお前と人類軍の協力関係維持に、さらにマイナスになるものをバカ正直に提示するのは避けようと思ってな」


幸い、朱月の存在は〈ミストルテイン〉船外には察知されていない。

察知されていないのだから、黙ってさえいれば知られることはないという簡単な話だ。


「だとしても、眼鏡副艦長とかどうしたんですか? 上層部に嘘とか死んでもつけなさそうだし、人外関連の問題なんて大騒ぎするに決まってますよね?」


アキトが上層部へ情報を隠蔽をする。と聞かされた場合、驚きはするだろうがまあできるだろう、という結論になるが、ミスティはその真逆だ。

典型的かつガチガチで融通の効かないタイプの軍人である彼女が、よりにもよって人類軍のトップ集団に隠し事をするなんてできるとは思えない。

アキトを盲信している節はあるが、彼の命令であっても首を縦に振るイメージができない。


「それはお前がミスティを舐め過ぎているだけだ」


アキトはなんでもないことのように、冷静にシオンを嗜めた。


「確かに少し融通が効かないところはあるが、失敗から学べないバカじゃない」

「え、じゃああの人も許容してくれたんですか?」

「ああ。じゃなきゃ実際にこうして隠せてない」

「はあ〜……あの眼鏡さんがねえ……」


意外を通り越して“信じられない”くらいの心地だ。

あんなにも思考停止気味にシオンを目の敵にしていた彼女が、シオンにとって利益になる方向の不正を許容するとは思わなかった。


「んー、今後はもう少し優しくしてあげますかね」

「いや、お前は余計なことしなくていい」

「え?」

「人外だのなんだのをなしにしても、多分お前と彼女は壊滅的に相性が悪い。……下手に態度を変えるとこじれそうだ」


思い当たる節はあり過ぎるほどにあった。

仮にシオンが彼女に優しくしたとして、馬鹿にしてると思われるか不気味がられるか、どちらにしろ話がこじれる二択しかイメージできなかった。

アキトの言う通りこれまで通りのスタンスで相手したほうがマシかもしれない。


「でも、こうやって今回は隠せたとはいえ今後バレたらどうするんです?」

「別にそれでもいい。バレたときに俺たちも初めて知りましたと答えればいいだけだ」


全部の悪いニュースをまとめて出すのは避け、タイミングをずらす。

一気にマイナスの情報を畳み掛ければ思考停止気味にシオンを排除したくなる可能性が高いが小出しにすればひとつひとつを冷静に考えてくれる。

要するに、後でバレる分には問題ないというわけだ。


「でも結局のところは、最高司令官殿にあと出しで朱月のことも押し付けるっていうことに違いはないのでは?」

「……言うな。恩人に余計なトラブルを押し付ける羽目になって罪悪感がキツいんだ」

「あーっと……昔知り合いにもらったお高いワインがあるんですけど、飲みます?」

「もらっておく」


もらったものの未成年なので取っておくしかできなかったワインを差し出せば、即座にがっちりと掴まれた。


そのまま気晴らしに飲み始めたアキトを相手しつつ、夜は更けていくのだった。


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