5章-監視役代行な1日②-
「悪気はなかった。反応が面白いと、つい」
「もう一発いっとくか?」
ベッドの上に正座したシオンの供述に対して、ハルマがボキボキと拳を鳴らす。
「反応が面白いだかなんだか知らないが、そんなノリでうちの妹にちょっかいかけやがったわけか」
「わー、こっちもシスコンだったかー」
そんな反応と共に遠い目をするシオンの反応が気に食わなかったようで、ハルマが胸ぐらを掴んでぐわんぐわんとシオンの頭を揺らし始める。
「ハルマ兄さん、とりあえずそれくらいにしておこうよ……」
「甘いぞナツミ。こんなんとはいえコイツだって男なんだからな?」
「こんなんとは何さ」
「うるせえ。そもそもなんでそんな破廉恥な格好してやがるんだお前は」
ハルマの問いに対してシオンがナツミにしたのと同じ説明をすると、ハルマは先程落としたダンボール箱から布の塊をシオンの顔面に投げつけた。
「あれ、これ俺の服?」
「ラステル戦術長に頼まれて、あなたの部屋から取ってきたの」
「私室に無断立入とか俺のプライバシーはどこへ行ったのか」
「知らん。というかお前の部屋酷すぎだったぞ」
ハルマが大きく息を吐き出すとリーナやレイスも微妙な表情を浮かべる。どうもシオンの私室はずいぶんと荒れていたようだ。
「今更じゃん? 俺の部屋が基本汚いのなんて学生時代からのことなんだし」
「開き直るな。上級軍人向けの個室でランドリーまで完備なのにまともに洗濯してる気配すらないとか……どれ取ってくるかしばらく悩んだぞ」
「洗濯なんてしなくても魔法で清潔には保てるんだよ。まあ畳むのは面倒だからサボってたけども」
ハルマの苦言を気にかける様子のないシオンは布の塊がTシャツであることを確認するとその場でシャツのボタンに手をかけ始める。
「ちょちょちょ! 普通に着替えようとするのやめようよ!」
「いや、パンツ脱ぐわけじゃあるまいし……」
「だとしても女の子の前でしょ⁉︎」
「十三技班では女性陣がいても普通に着替えたりするぞ?」
「そういう問題じゃないと思う!」
ナツミの反応に少し困ったような顔をしたシオンが指を鳴らすと、掛け布団がふわりと浮かび上がってシオンとナツミたちの間を阻むように広がった。どうやらカーテンの代わりをさせているらしい。
「ついでだから箱の中身ひと通りくれない?」
「ああ、そうだな」
箱を掴んだハルマがカーテン代わりの掛け布団の横から回り込むようにシオンへと箱を渡す。
「……お前細すぎないか? 曲がりなりにもパイロットになったんだし、もう少し鍛えたほうがいいだろ」
ナツミたちには見えないがおそらくシオンはTシャツに着替えようという上半身を晒している状態なのだろう。
確かに、同年代のハルマやレイス、ギルなどと比べてシオンは細く華奢なイメージが強い。
ハルマの指摘が気になったのか、レイスもハルマと同じように着替え中のシオンを覗き込む。それから彼は小さく首を傾げた。
「というか、鍛えてるかどうかは別にしてもシオンは細いよね。普段からあんなにたくさん食べてるんだしもう少しぷっくりしててもよさそうなのに……」
いつかのケーキバイキングもそうだが、シオンは普段から常人よりも大量に食べる。甘いもの中心なので筋肉などにはならないなりにもう少し脂肪はついてもよさそうなものなのだが、そういう雰囲気もない。
「……正直、ちょっと羨ましいかも」
「わかる」
リーナが小さく呟いた言葉にナツミは反射的に同意していた。
あれだけ好物の甘いものを暴食しているにもかかわらず細い体をキープできるというのは羨ましいし、ちょっとズルいという気分になってくる。
そうこうしている間にシオンは着替えを終えたのかカーテン代わりの掛け布団はふわりと宙を舞ってベッドの端に綺麗に畳まれた。
シオンの服装もTシャツとスウェットというありふれたものになっている。
「そういえば今更なんだけど、お前たち何しにきたの?」
「本当に今更だね……」
とはいえよくよく考えるとシオンはナツミが来るまで寝ていたのだ。おそらくアキトから事前に説明も受けていないのだろう。
監視役代行の話をすればやはり聞いていなかったらしく、少し驚いたような、それでいて少し呆れたような顔をした。
「また過保護というか……」
「過保護じゃなくて信用されてないだけじゃないのか?」
「今更部屋出てうろうろする理由なんてないし、艦長だってそれくらいわかってるよ」
なんの根拠もないはずの言葉なのにシオンの声からは確信があるように感じられた。
確かに、監視の代行を任せようというにはアキトらしからぬ杜撰な指示だったとは思う。それもそもそも監視の必要性をあまり感じていなかったのだとすれば説明がつく。
どちらかと言えば監視よりもシオンの体調などを気遣ってのことだったのかもしれない。
「……過保護になるのも仕方ないんじゃないかな? 昨日のこともあるし」
そう言ったレイスの顔色は少し悪い。
昨日のこと、と言われてナツミの頭にもシオンが突然を血を吐いたときの光景がよぎった。おそらくレイスに負けず劣らずナツミの顔色もよくはないだろう。
思わず俯いてしまったナツミだったが、その頭に軽く手が置かれた。
顔を上げればベッドから身を乗り出すようにしてナツミの頭を撫でるシオンがいる。
「あれはまあ、確かに絵面がよくなかったというか……多分驚かせたと思うけど、俺は問題ないから安心していい」
困ったように、それでいて優しく微笑むシオンの表情はこれまであまり見たことのない類のもので、ナツミは思わず言葉を失った。
そんな状態で「な?」と念を押すように声をかけられてしまうと、ただ頷くことしかできない。
シオンはというとナツミのそんな内心には少しも気づいていないようで、ナツミが頷いたのを確認すると安心したように小さく笑って離れていった。
「(これが、十三技班とかラステル戦術長向けの距離感ってやつなのかな……)」
これまでだって親しい友人としてシオンとは付き合ってきたわけだが、今味わったのはそれとは全くの別物だった。
今までもシオンはなんだかんだとナツミに優しかったが、あんな慈しむような視線や態度を向けられたのは初めてだ。
これから先それが当たり前になっていくのだとしたら……それは少し、心臓に悪いかもしれない。




