5章-監視役代行な1日①-
時間は少しさかのぼり、アキトが上層部との通信を始めたのとちょうど同じ頃、ナツミ・ミツルギはひとりアキトの私室の前に立っていた。
別に緊張する必要もないのだが、セキュリティの高い区画にいると思うと少し改まってしまう。
本来、いくら血縁者とは言えども艦長の私室に、しかも本人が不在のときに安易に立ち入るべきではない。
にもかかわらずナツミがこうしてここにいるのは、他でもないアキトから頼まれたからだ。
「今日はあまり部屋にいられないから代わりにイースタルを見張ってほしい」
しばらく仕事を減らし、シオンの監視と並行して私室中心で仕事をするつもりのアキトだが、上層部や停泊している基地の人々との話し合いなどを減らすことはできない。
だからアキトはできるだけ早く済ませるに越したことのないそれらを今日という日に可能な限り詰め込んだのだ。
そしてその多忙な一日に限り、〈ミストルテイン〉が飛べないのであれば仕事のほとんどないナツミに監視役代行の仕事が回ってきたというわけだ。
「(これは仕事だし、万が一にも逃げられないように気を引き締めないと!)」
シオンに騙されたり誘導されたりしやすい自覚はあるが今日はそういうわけにもいかない。
ナツミは部屋の前で軽く頬を叩いて気合を入れてから部屋へを足を踏み入れた。
私室へはつい数日前に立ち入ったばかりなので目新しいものはとくにない。
特別生活感がないわけでも散らかっているわけでもない部屋を見回しても一見シオンの姿はない。しかしよく見ればベッドの上にこんもりとした掛け布団の山がある。
時計を確認すれば現在時刻は午後十二時過ぎ。
朝を通り越してもう昼の時間帯だが、シオンはまだ眠っているらしい。その事実に呆れつつも少し納得した。
普通はアキトが部屋を出るタイミングで間髪入れずにナツミと監視役を交代するべきじゃないかと思っていたのだが、監視対象がこうもぐーすか眠っているとなるとそれも馬鹿らしくなってくる。
「(そういえば学生時代から休みの日はこうだったっけ……)」
普段から勤勉というタイプでこそないシオンだが、休日となると本当に怠惰極まったような生活をし始める。
放置していれば昼どころか丸一日眠っていたとしてもおかしくない。
「……さすがに起こすべきかな」
このまま寝かせておいたほうが平和な気もしなくはないのだが、規則正しい生活を日常的に送っているナツミからすると気になって仕方がない。
「シオン、起きて。もう昼だよ」
掛け布団でできた山を軽く叩けばわずかに布団の外に出ている頭がモゾモゾと蠢く。しかしそれだけだ。
「シオン! 起きてってば!」
痺れを切らしてそこそこ乱暴にバシバシと叩けば呻き声と共に壁側を向いていたシオンの顔がナツミの方へと向けられる。開かれた目は虚ろで焦点が合っていない。
「あと、五時間」
「寝過ぎだから! 普通こういうのって五分じゃないの⁉︎」
「人外界隈では五時間がスタンダード」
「絶対嘘でしょ!」
適当なことを言って再び寝ようとするシオンに対し、ナツミはついに掛け布団を剥ぎ取るという強硬手段に出た。
しかし、それは失敗だった。
「ちょ! シオン⁉︎」
「んー? 何慌ててんのさ……」
「服! なんでそんな格好してんの⁉︎」
掛け布団を剥ぎ取ったことで晒されたシオンの服装は、明らかにサイズの合っていないワイシャツをボタンも少ししか止めずに着崩し、さらに下半身は下着のみというものだった。
ナツミには兄がふたりいるので男性の上半身を見たくらいでどうこうというほどでもないはずなのだが……。
例えばシャツの隙間から覗く日に焼けていなくて白い胸元であるとか、逞しくはないが細くしなやかに筋肉のついた手足だとか、寝起き特有の気怠げな雰囲気だとか。中性的なシオンの外見と合わさって妙な色気を感じる。
「(なんだろ……なんだか見ちゃいけないものを見てる気分……)」
普段のシオンがそういった雰囲気とは無縁だからこそ、その落差でとても淫猥なものを見ているかのような気になってきてしまう。
「服は……医務室の病衣のままで着替えとかなかったから艦長のシャツ借りた。昨日はまだ疲れてて自分の服持ってくるの面倒だったし」
「面倒って、シオンの部屋すぐそこじゃないの⁉︎」
「なんでそんなテンション高いのお前……」
少しずつ目が覚めてきたらしいシオンは不思議そうにナツミを見つめ、はたと何かに気づいたような素振りを見せた。
「もしかして、俺の格好見て照れてる?」
「(なんでこういうことだけ察しがいいの⁉︎)」
普段は女心なんて全く理解していなさそうなのに、こういうときに限って察しがいいのは何故なのか。
そんなナツミの内心を読み取ったのか、はたまた無言を肯定と捉えたのか。シオンがナツミを見つめてニヤリと笑う。
「お前って意外と初心……あ、いや、別に意外でもなんでもないか」
「なんか微妙に失礼じゃない⁉︎」
「兄がふたりもいるんだし男の体くらい見慣れてるかと思ってたんだけどな」
シオンの何か企んでいそうな笑みなんて見慣れているはずなのだが、服装のせいもあってか普段よりも数割増しで妖しく見える。
その雰囲気に飲まれて静かに伸びてきた手への反応が遅れた。
軽い力で手を引かれて、倒れこそしないが前のめりの状態でベッドに両手をつくような体勢になった。そうすれば必然的にシオンとも距離が近くなってくる。
「しししシオン⁉︎」
「慌てすぎ。そういう反応されると、もっと揶揄いたくなるじゃん」
気づけば片手にはシオンの手が重ねられており、ナツミの顔のすぐ正面に妖しく微笑むシオンの顔があった。
夜空のような黒の瞳に吸い込まれそうだと錯覚するくらいに、その瞳から目を逸らせない。
「信用、してもらってるんだろうけどさ。悪い魔法使いの前でそうも無防備なのはよくないと思うよ?」
囁くように言われて一気に顔に熱が集まったそのとき、ドアが開く音と、一拍遅れてドサリと何かが落ちる音がした。
シオンと同じタイミングで音のしたほうへと顔を向ければ、そこには立ち尽くす兄、ハルマと地面に落ちたダンボール箱。
その後ろにはナツミ以上に顔を赤くするレイスと、少しだけ頬を赤らめて口元を押さえつつもどこか目が輝いているリーナがいる。
「あ、やべ」
そんなシオンの声の直後、一瞬にして距離を詰めてきたハルマの拳がシオンの顎を撃ち抜いた。




