5章-責任の所在-
シオンがアキトの部屋で再び過ごすこととなった翌日。
〈ミストルテイン〉の停泊する基地の会議室でアキトは無数のモニターを前に上層部との通信に臨んでいた。
通信の目的は、言うまでもなく今回の一件についての説明だ。
『――なるほど。君たちの状況は理解した』
モニターの先でデスクに堂々と腰掛けるディーン・ドレイクは感情を感じさせない声で言った。
『シオン・イースタルは人類軍に敵対する人物ではないと、君は言いたいのだな』
「はい。その通りです」
『今回の彼の行動は人類軍と交わした契約に反するものに違いない。それでも君がそう判断する根拠は?』
ディーンの視線はモニター越しだとわかっていても思わず背筋が伸びるほどに鋭い。
しかしアキトは隣に立つミスティが息を飲む気配を感じ取りつつも、正面からその視線に向き合った。
「今回イースタルが独断専行した理由は、アンナ・ラステルや十三技班といった彼にとっての“守るべき対象”を危機から遠ざけるためです」
派手に動いた印象はあるが、目的自体は決して難解なものではない。
ひとつは、〈ミストルテイン〉がヤマタノオロチとの戦闘に突入しないように行動を制限すること。
もうひとつは、その間に〈ミストルテイン〉を巻き込まずにヤマタノオロチを排除することだ。
「そこに人類軍への敵意はありません。むしろ、一部の人間に限定はされますが人類軍を守ろうという行為でもあります」
もちろん監視なしでの行動やコンピューターウィルスの使用、アキトの姿を使っての偽の命令という問題はあるが、その全て人類軍に敵対するためのものとは言えない。
そうなってくると、今回の行動を理由に“シオン・イースタルは人類軍に敵対する存在である”という結論を出すのは、論理の飛躍した判断と言えるだろう。
「加えて、私は今回の一件でシオン・イースタルの有用性を改めて認識しました」
『……有用性か。説明してみたまえ』
ディーンはここまでの主張を否定するでもなく、あくまで冷静に続きを促した。
これがアキトの意見を受け入れているということなのかはわからないが、話ができるというだけでもありがたい。
「今回の大型アンノウン。個体名ヤマタノオロチに関して、彼は知識を有していました。それゆえに人類軍が正面から挑むことの危険性を事前に把握することもできた。……その情報が結果的に活用できなかったことは残念ですが」
『……否定はできないな。聞き入れていれば今も健在だったでろう人員も戦力も少なくはない』
シオンの警告を無視してしまったがために失った人員は軽く計算しても三〇〇〇人以上。加えて戦艦三〇隻と一〇〇機以上の機動鎧も失った。
今回は犠牲としてしまったそれらも、シオンが今後も人類軍に協力するのなら未然に防げる可能性が生まれる。
「さらに戦力的なメリットも非常に大きい。今回のヤマタノオロチ討伐はそのほとんどが彼単独で実行されたものなのですから」
最終的に〈ミストルテイン〉が介入して決着をつけたのは事実だが、それまでの過程はシオン単独で行われたことだ。
討伐の八割から九割はシオン単身の功績であると言っていい。
「私個人としては、今後今回のヤマタノオロチと同格のアンノウンが現れた場合、シオン・イースタルの助力なしでの対処は極めて困難であると考えます」
『……人類軍では相手にならないと?』
「あれだけの戦力で傷ひとつ負わせられなかった事実は、現実として受け止めるべきかと」
上層部のひとりから投げかけられた問いに、アキトははっきりと答えた。
上層部を刺激するようなことを言っている自覚はあるが、それでもアキトはここではっきりと主張しておかなければならない。
アキトはシオンと人類軍の間に亀裂が入ることを望まない。
そこにアキトの個人的な感情がないとは言わないが、それを抜きにしてもシオンは今後の人類軍のために必要なのだ。
今回ヤマタノオロチが倒せたのは、シオンの知恵や力によるところが極めて大きい。
そして、現時点で人類軍にヤマタノオロチを倒せる力があるかは正直怪しい。
今シオンを手放せば、そのレベルのアンノウンに対抗する術を失いかねない。
『確かに、安易に手放すには惜しい戦力であることは否定しない。今回の件もそうだが、中東での働きについても私は高く評価している』
だが、とディーンは続ける。
『その強力な戦力が人類に敵対しないと断言できる材料はない。そして、もしそういった事態になれば今回のアンノウン以上の脅威となり得るだろう』
ディーンの突きつけた懸念に対して、アキトから言える言葉はない。
そもそもこの問いかけにはっきりとした答えを出すことなど誰にもできはしないのだ。
敵対しないと断言できる材料がないのと同じく、敵対するだろうと断言できる材料もない。すべてはシオンが今後どう考えるか次第だ。
そんなことディーンだって当然理解しているだろう。
彼のような賢い男がわざわざ答えのない問いかけをしてくるということはつまり、責任の所在を尋ねているのだ。
『……ふむ。ここはやはり私が責任を負うべきところだろうね』
ここまで一度も発言してこなかったクリストファーがゆったりとした口振りで割り込んできた。
『そもそもシオン君を引き入れることを発案したのは私だからね。その結果何かが起きてしまったのなら、私がどうにかするのが道理というものだろう?』
クリストファーの言葉にディーンは静かに目を細めた。
そうしてしばらく沈黙していた彼は、そっと息を吐き出した。
『最高司令官が直々に責任を負うとおっしゃるのなら、私からこれ以上言うことはありません。他の皆様はいかがですか?』
ディーンが他の上層部メンバーに言葉を促すが、反対意見が出ることはなかった。
現実問題人類軍にとってシオンの戦力は魅力的であり、もしもの場合の責任を能力も人望もあるクリストファーが負ってくれるというのであれば誰にも反対する理由はないのだろう。
人類軍は最高司令官の独裁で回っている組織というわけではないが、それだけの力がクリストファーにあるのも紛れもない事実なのだ。
『では、シオン・イースタルとの協力関係は存続させるものとする。……とはいえ、契約違反をなかったことにはできない。ある程度の罰則は覚悟するように伝えておいてくれたまえ』
「承知しています」
『それから、今回の件で君が力を引き出すに至ったという〈光翼の宝珠〉とやらに関してだが……しばらくは様子見をするという方針で上層部の意見は一致している』
ディーンからの言葉にアキトは肩透かしをくらったような気分だった。
クリストファーに予告めいたことを言われていたこともあり、例えシオンについての説明が終わったとしても、続けてシオン以上によくわからないものについて説明しなければならないと通信を始める前から覚悟していたのだが……。
『問題の宝珠とやらについて君たちがまとめてくれた情報には目を通したが、不明な点が多すぎる。正直我々にも判断がつかない』
シオンですら未知の部分が多いのだ。魔法とは無縁の人類軍にとって理解のしようがないことは当然と言えば当然だ。
だからもうしばらく様子を見て情報を集めてから判断を下したい。ということなのだろう。
「……しかし、よいのですか? ある意味イースタル以上に得体の知れない代物と言えるのですが」
『もちろん警戒はしなければならないが、シオン・イースタルの見解では対象は君の制御下にあるのだろう? 多少の人格はあると言っても無機物だ。アキト・ミツルギという信頼に値する人物の制御下にあるというなら、多少は気が楽だ』
信頼されていると言えば聞こえはいいが、丸投げされたとも言える。
こちらの問題については何かあればアキトの責任問題となるわけだ。
「(ただまあ、それ以外に道はないか)」
宝珠に関する情報を得たいのであれば対異能特務技術開発局に尋ねるのが一番だが、問題の部署は特定の高官ではなく上層部全体で発案されて発足された部署だ。
その上層部に対異能特務技術開発局にある疑惑を伝えるのは少々リスクが高い。
宝珠の出所に情報開示を求められない以上、実際に使ってみつつ情報を集めるしかあるまい。
ヤマタノオロチとの戦闘で少々無理をした〈ミストルテイン〉の修繕がてらしばらくこの基地に待機。
死と隣り合わせの戦いで精神的負担も大きかったであろうことも踏まえ、船員に十分な休息を与えるようにと正式な命令を受け取り、上層部との通信は幕を閉じたのだった。




