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【完結済】機鋼の御伽噺-月下奇譚-  作者: 彼方
5章 古き都にて
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5章-情報共有③-


シオンの策略に手詰まりになったときに届いた声なき声。

問われた願いと覚悟。

右手の甲に刻まれた翼を象る紋章。

そして、〈光翼の宝珠〉。


アキトの話す内容を一通り聞き終えたシオンは顎に手を添えて考えを巡らせる。


「〈光翼の宝珠〉……少なくとも俺は聞いたことないですね」

「俺様もねえな。少なくとも日ノ本のもんじゃねえだろうよ」


シオンとて世界中に存在する宝物を知っているわけではない。

有名どころは把握している。というくらいのレベルなので〈月薙〉についても手にしてみて初めて存在を知ったくらいだった。

そういう意味ではシオンと朱月の両方が知らないこと自体は別におかしなことでもない。


「頭抱えてるところに声をかけてきたってこたぁ、そこそこ性の悪い代物なんじゃねえか?」

「いや、聞いてる感じそうでもなさそうっていうか……少なくともどっかの誰かさんとは違うんじゃないかな」


八方塞がりのタイミングで声をかけてきた、とは言うものの、アキトたちが窮地に立たされていたかと言えばそうでもない。

むしろ彼らは安全すぎるほどに安全な状態にあった。他でもないシオンがそうなるように仕向けたのだ。

その背景を踏まえると、いつか朱月がシオンにしたように強引に契約を迫った。というのとは少し違う印象を受ける。


「そうだな。俺自身悪意のようなものは感じなかったと思う。あえて言うなら、全体的に機械的な印象はあったが」

「多分、宝物として作られてから人格を得たか与えられたかしたタイプなんでしょう。やっぱりそういうのは人間味が薄くなりますから」


願いと覚悟を問うという行動から見て、おそらくアキトと会話した人格は選別を目的としたものなのだろう。

邪な意志を持った存在に秘める大きな力が悪用されないようにするために用意された防衛機構とも言えるかもしれない。


「(でもって邪な人間なら即刻返り討ちってわけか)」


光の翼などと神聖な雰囲気を感じさせる名前を冠していながらなかなかえげつない。まあそういった存在が“悪”と定めた相手に容赦ないのは決して珍しいことでもないのだが。


「それで? 結局その宝珠とやらは大丈夫なの?」

「俺からはなんとも。聞いてる感じ、契約者と認めた艦長に害は為さないと思いますけど……」

「そこが曖昧なのは非常に困るのですが……」


アンナの疑問もミスティの不安もわからなくはないのだが、こればかりは本当にシオンにもわからない。


「せめて問題の人格が俺とも話してくれればよかったんですが」

「お前から話しかけたりはできないのか?」

「とっくにやってますけどダメですね。……邪な者は嫌いって話ですし、俺は嫌われてるのかも」


冗談ではなくその可能性は大いにある。でなければアキトたちに声をかけるより先に神子としての力を持つシオンに契約を提案してきそうなものだ。


「“秩序と仁愛を尊ぶ白き翼の民が秘宝”、でしたっけ? 言葉通りだと俺とは相性悪そうです」

「いかにもお綺麗な種族の宝くせえし、根っからの善人のアキトの坊主にゃ手出ししねえんじゃねえの?」


結局、シオンや朱月に出せる答えはここまでだ。


「〈光翼の宝珠〉がいいものか悪いものかは一旦置いておいて、俺としては取り急ぎ艦長の体を調べたいんですけど」

「体? 疲労はともかく健康状態に問題はないと言われているが?」

「それはあくまで医学的な話でしょ? 人外界隈の観点での話です」


なんらかの呪いなどがかけられていたとして、それを現代の医学で確認することはできない。

宝珠との契約の影響が出ていないかどうかは早めに調べる必要がある。


「それもそうだな……どうすればいい?」

「とりあえず俺の前に。それから膝ついて座ってもらっていいですか?」


ためらうことなくシオンの前で膝をついたアキト。

ちょうどシオンとアキトの顔の高さが同じくらいになるように調整してから、アキトの両頬にそっと手を添える。


「目を閉じてリラックスしてください。詳しく調べるので一分くらいはそのまま」

「わかった」


目を閉じて軽く息を吐き出したアキトの額に、自らの額を寄せる。

ふたつが触れ合うと同時にシオンもまた目を閉じて意識を集中させた。


まずはアキトの体内に自らの魔力を巡らせて異常がないかを探る。


アキト自身以外の魔力の反応、なし。

なんらかの魔法の痕跡、なし。

魂や精神に異常や損傷、なし。


続いてアキトの体からその先、右手の紋章を辿って〈光翼の宝珠〉へと意識を向かわせる。


契約はしっかりと成立しているようで、アキトと宝珠の間に結ばれている繋がりは強固だ。安定して魔力のやり取りが可能だろう。


そしてただ強固なだけではなく、契約そのものが普通のものではない。


シオンが朱月やひーたちと結んでいるものとは完全に別の、もっと複雑な代物。

そこいらの人外では結ぶことすらできない、神格を持つものにのみ許される――、


「――シオ坊! 行き過ぎだ!」


繋がりを辿った意識が〈光翼の宝珠〉までたどり着いた瞬間、どくりと心臓が脈打つ音がした。

同時に体を駆け抜けた電撃のような感覚に目を見開くのと腹に衝撃を感じて後ろに飛ばされるのはほとんど同時だった。


勢い余って車椅子ごと後ろに倒れる途中、驚いたようにこちらを見るアキトと目が合う。

そのまま硬い床に体が叩きつけられたのと同時に、体の底からせり上がってきたものが口から溢れる。


「イースタル⁉︎」


アキトが焦るのも仕方がない。何せシオンはたった今その口から血を吐いたのだ。普通の感性を持っていれば慌てるし驚くだろう。


しかしシオン本人は冷静だった。むしろ、想像以上の展開に笑いすら出てくる。


「……探っただけでコレとかどんだけのもんなんだか」

「ほんとにな。どこの神の秘宝だってんだか」


干渉しようとしたわけでもなく、攻撃しようとしたわけでもない。

ただ少し調べようとしただけのシオンに対する〈光翼の宝珠〉からの警告(・・)がこれだ。

朱月が蹴り飛ばしてくれていなければもう少し大きなダメージを受けていたかもしれない。


まずは慌てる周囲を大丈夫だと言って宥める。

口元を血で汚しながら言ったところでどれだけの説得力があるかはともかくとして、なんとか周囲は落ち着いてくれた。


「ホント、これは大丈夫です」

「説得力が皆無だぞ……」

「まあ思った以上に宝玉さんには嫌われてたみたいですけど、だいたいはわかりました」


車椅子に座り直してアキトへと向き合う。


「ひとまず艦長の体に問題はありません。そこは俺が保証します」

「アンタ、アキトの体調べててなんで血を吐く事態になるのよ……」

「そこはいいんですよ。……それより、艦長が宝珠との間に結んだ契約についてのほうが重要です」


そう、シオンが少し血を吐いたことなんてこの際大した問題ではない。


「問題の契約はそこらへんの人外にはできないもの。それなりの神格を持つものにのみ許される契約。“神権契約”と呼ばれる代物です」

「……その“神権契約”というのはどういうものなのですか?」


瞳に不安を覗かせるミスティはアキトの身を心配しているのだろうが、実際問題それについてはほとんど心配はない。


「強い神格を持つ神が気に入った者に自らの力をほぼ無制限に貸し与える。そういうシンプルな構造の契約です」

「……待ってください。それは艦長にどういったリスクが?」

「基本的にリスクないですね(・・・・・)


そう、この契約は神からの寵愛や加護といったものとほぼ同義だ。

神の側が自らの意思でプレゼントしてくれるものに対して対価を支払わなければならないというほうがおかしい。


「昨日みたいに膨大な魔力の制御が肉体の負担になることはあるかもですが、それも慣れればなくなるでしょう」

「……つまり?」

「つまり、我らが艦長殿はとんでもない力を秘める神宝に好きなだけ力を使っていいぞと認められたってわけです」


神の加護。

それはしばしば神話に登場する英雄たちに与えられている強大な神秘。


そして今日。

アキト・ミツルギという男は突然古き神話の英雄たちと肩を並べうる力を与えられてしまった、というわけだ。


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