5章-情報共有②-
「とまあ、ここまでで俺から話すべきことは話し終わったと思うんですが」
「いや、まだだ」
間髪入れずにシオンの言葉をアキトが否定する。
しかしシオンには思い当たるものがない。シオンがアキトの言葉を突っぱねてブリーフィングルームを離れてから再封印までの話は終わったはずだ。
「他に何がありますっけ……?」
「朱月という人外についてだ」
アキトの言葉にシオンの思考が停止した。
「すみません。なんで艦長があれの名前を知ってるんですかね?」
「なんでも何も。本人が名乗ったぞ?」
「いつ?」
「昨日、〈アサルト〉から降りてきたときにだ」
「何それ知らない」
シオンの記憶は、朱月に指示して〈アサルト〉で渋々〈ミストルテイン〉に戻ってきたところまで。
もう限界だったので、後は外部から強制的にコクピットのハッチを開けてもらい回収されるつもりで意識を手放した。
朱月にもそういう風に指示を出したはずだった。
しかし現実は違っている。おそらくアキトの言った通りのことがあったのだろう。
つまり、
「ちょっと面貸せやクソ鬼!」
シオンの叫びに合わせて足元の影が大きく波打つ。
波打つ影から無数の黒い腕が飛び出す中、同じく影の中から小さな影がひとつ飛び出してシオンから大きく距離を取る。
「オイオイ、ヘロヘロのクセに暴れんなよ」
ブリーフィングルームを丸々横断するほどの距離を取った小さな姿の朱月が不敵に笑う。ニヤニヤとした微笑みは、どう見てもこの状況を愉しんでいる。
「で? 人様の体使って好き勝手してくれたって?」
「ハッチの強制開放とやらが壊れてたんでな。止む無くってやつだ」
「ギル。本当?
「確かに外部からの開放命令はエラーだったぞ? だから俺たちが爆音カラオケ大会したわけだし……」
「そうだろそうだろ?」
朱月はそう言って得意気に笑みを浮かべるが、シオンは素直にそれを受け止められない。
「その不具合自体、お前の仕業なんじゃないか?」
朱月であれば〈アサルト〉を意のままに操ることもできる。
実際に外部からの強制開放ができなかったのだとして、それが朱月によって引き起こされた可能性は十分にあるだろう。
シオンの問いかけに朱月は何も答えない。何も答えないでただ笑う。
「オーケー、ちょっとお仕置きだ」
シオンの周囲で蠢いていた無数の影の腕が一斉に朱月を狙って動き出す。
対する朱月は一瞬にして全身を鬼火で包み込み、その鬼火ごと体躯を大きく変化させる。
次の瞬間、シオンの影の腕は鬼火の中から振るわれた腕によって霧散させられた。
「……ヤマタノオロチ相手にした割に元気じゃん」
「お互い様だろうよ」
シオンの言葉に応じたのは直前までの幼さを残す高い声ではなく、低く男らしい声だった。
身長はアキトよりも少し高いくらいだろうか。全体的にたくましく、筋肉のしっかりついた胸元が大きく着崩された黒い着物から覗いている。
野性味の溢れる顔を愉快そうに緩ませ、緋色の鋭い瞳を細めてシオンを見つめる白髪の鬼。
それが朱月の本来の姿というわけだ。
「なかなか男らしいんだな」
「惚れたか?」
「冗談キツイ」
軽口を交わしながらも互いに視線は決して離さない。相手に動きがあればすぐ対応できるように、相手を射抜くように見つめ合う。
「……悪いが、ここで戦うのはやめてもらえるか」
状況に構うことなくアキトが割って入ったことで、張り詰めた空気が霧散する。
「とりあえず、お前たちが必ずしも友好的な協力関係ではないことはわかった」
「察しがいいじゃねえか」
カカカと笑う朱月は再び小さな姿に戻る。戦意をなくしたらしい朱月にシオンも影の腕を収めた。
「イースタル。説明してもらえるな?」
「説明っつっても、俺だって詳しくは知りません」
シオンと朱月は互いに深く詮索しないことにしている。
朱月のほうはまだシオンのことを把握しているほうだが、シオンは朱月のことをあまり知らない。
「〈月薙〉に封印されてる鬼で、数百年は存在している妖。炎の術を主に得意とする性格の悪いクソ野郎ってところですかね」
「ここまで一緒にやってきた共犯者様にずいぶんな言い様だな」
朱月は不満そうに漏らしながら、ふわりと宙を舞って堂々とシオンの膝の上を陣取った。
子供サイズなので決して重いというほどではないのだが、本来の姿を見た直後となると微妙な気分になる。……どうせこの性格の悪い鬼はそれを承知の上でやっているのだろうが。
「まあでも概ねそんな感じだな。……俺様はかつて日ノ本にその名を轟かせた大鬼、朱月様だ。シオ坊はともかく人間共は敬えよ」
「そんななりで威張るなチビ鬼」
軽快に言葉を交わすふたりに置いてきぼりをくらっている面々の中で、アキトがコホンとあからさまな咳払いをする。
「つまり、イースタルと利害関係の一致で協力関係にある。という認識でいいか?」
「まあそんなとこだな」
「……そんな危うい関係で大丈夫なのですか?」
「大丈夫です。最悪俺が責任持って仕留めるので」
不安そうにするミスティに自信を持って告げれば微妙な顔をされた。
ちなみにまさに仕留めると言われた朱月本人は平然としている。
「こんなよくわかんない鬼のことはいいんですよ。……それよりも〈ミストルテイン〉のあれこれとか、艦長の右手の甲の紋章について話を進めたいんですが?」
ここに来てようやく、話題はシオンにとっての本題へと向かうのだった。




