5章-深夜の喧騒-
「――ねえ艦長。実はあなたって大馬鹿野郎だったんですかね?」
〈ミストルテイン〉の医務室にて。
ベッドのひとつで目覚めたアキト・ミツルギは何故かそれをじっと見下ろしていたシオン・イースタルにそう声をかけられた。
眠る前のことは少しおぼろげで、ヤマタノオロチとの戦いのあとにシオンの体を使う朱月と話している最中に唐突に気を失ったということはぼんやりと覚えている。
とりあえず目の前にいるのはシオンは人格も含めてシオン本人であるらしい。
目覚めたてで頭の回転は少し遅いが、それでも「何を言っているんだコイツは」という感想はすぐさま出てきた。
強力なアンノウン、ヤマタノオロチを前にたったひとりで飛び出したこと。
アキトたちが追いかけられないようにと〈ミストルテイン〉のメインシステムに魔法をプラスした悪質かつ絶妙にふざけたウィルスを仕込んで妨害した。
大馬鹿野郎と罵倒されるべきなのは間違いなくシオンのほうだろう。
だがシオンにはやらかした自覚がないのか、はたまた自覚しつつも棚上げにしているのか、あくまでアキトのことを不機嫌な顔で見下ろし続けている。
「俺言いませんでしたっけ? 〈ミストルテイン〉のECドライブを動かしてるものはよくわかんないって」
「言ってたな」
「ほー、わかってて契約したと?」
一段階纏う空気を重くしながらシオンはわずかに微笑んだ。表情こそ微笑んでいるがもちろん顔は笑ってなどいない。
「たまたま、すっっっごくたまたま上手くいきましたけど、下手すりゃ死んでますからねそれ?」
「まあそうだな。〈光翼の宝珠〉も言っていたし……」
「言ってた⁉︎ まさか意識ある何かだったんですか⁉︎ しかも死ぬリスク説明されておいてやったんですかあんた⁉︎」
「いや、お前も死ぬと言っただろ」
「それはまた別パターン! 膨大な魔力を受け止めきれずに肉体が爆発四散とかそういうのです!」
捲し立てながらアキトの寝転がるベッドに両腕をつけて迫るシオンにギョッとするアキトを余所にシオンの勢いは止まらない。
「あ゛ーもう! 予想してなかったわけじゃないけど思ってた以上にヤバめのやつだったじゃん! しかも戦艦丸ごと空間転移させてくるし、平然と全部の近代兵装に魔力付与したりするし……」
「イースタル、よくわからないんだが……」
あまりの勢いに思わず右手を伸ばせばその手がガシリと強い力で掴まれた。
「何よりも、これですよこれ。この紋章」
アキトの右手の甲には〈光翼の宝珠〉と契約した際に刻み込まれた翼を象った紋章が刻まれている。刺青というよりは痣に近いもののようだ。
しかし、魔法の知識の足りないアキトにはこの紋章がどういうものなのかがそもそもわかっていない。
「そもそもこれはなんなんだ?」
素直に問いかけた瞬間ギロリと強い視線でシオンに睨まれた。
「わかってもないくせにやったのかお前は」という言葉が聞こえてきそうな視線である。
「……これは契約紋の一種ですね」
「どういうものなんだ?」
「強い契約のときに出るんですよ。契約の結びつきの強さが顕在化するんだとか」
「つまり俺はそれだけの契約を宝珠と交わしたわけか」
「いったいどんな契約したんですか……」
シオンが大きくため息をつくが、契約についての話をした覚えはとくにない。
「願いと覚悟を示せと言われたくらいで、何か対価を寄越せとは言われなかったんだが」
「で? 艦長はなんて答えたんですか?」
「願いはお前を死なせないこと、覚悟は命を懸けられると……」
シオンは願いの話題で少し気まずそうにしたかと思えば、覚悟の話題で般若の形相になった。
「まさかとは思いますけど、それ命を担保に取られてませんよね?」
「そんなことは言ってなかったぞ」
「ただ言わなかったっていう可能性もあるんですよ?」
「じゃあわからん」
アキトの答えにシオンがガックリと肩を落とした。
「なんでそんな願いに命懸けちゃうんですかホント」
「そんな願いじゃねえだろ」
シオンの言葉にイラッときたアキトはその小さな頭を容赦なく鷲掴んだ。
「それだけ俺たちはお前を心配したし、お前のこと大切に思ってる。それを下らねえみたいな言い方されるのは心底腹が立つ」
「それはありがたいですけど俺はみなさんに何かあるほうが嫌なんです!」
「そう言ってお前に何かあるのが俺たちは嫌だっつってんだよ!」
シオンとアキトたちの願いは相反する。それは前からわかっていたことだ。
互いに相手を思っているだけなのに食い違う思惑というのは悲しいが、だからと言って足踏みそしている場合ではないとアキトは気づいた。
「お前が俺たちを守るために無茶苦茶するのはわかった。だから、少なくとも俺は勝手にする。勝手にお前を守る」
思えば、答えはすでに示されていたのだ。
シオンを助けたいと望むなら、待っていてはいけない。いつかの十三技班がそうであったようにこちらから勝手に手を伸ばす。
致命的に他人に頼ることをしないシオン相手にはそれくらいでなければ届かないのだと、今回の一件でアキトは確信した。
「ひとり飛び出すなら、追いかけて無理やりにでも肩を並べてやる。ひとり抱え込むなら、問い詰めてでも吐かせる」
「それほんとに俺のこと大切にしてくれてます? 脅しにしか聞こえないんですけど?」
「ああ脅しだ。こうなってほしくねえなら、最初から俺たちに頼ればいい」
掴んでいた頭でそのままぐしゃぐしゃと乱暴に頭を撫でる。
シオンは気まずそうに、そして気恥ずかしそうに顔を背けたが、振り払うことは不思議としなかった。
「とりあえず、落ち着いたら俺からもアンナからも十三技班からも……あとナツミやハルマあたりからも説教されるだろうから覚悟しておけ」
「多くありません⁉︎」
「それだけ愛されてるってことだ」
「というか艦長については俺の説教まだ終わってませんけど⁉︎」
思い出したように始まったシオンからアキトへの説教。
おおむね「無茶をし過ぎだ」と内容に対して「お前が言うな」とアキトが逆ギレするのは当然の流れで、そのまま言い合いに発展したふたり。
最終的にその声が医務室に隣接する当直室まで届いてしまったらしく、ふたりまとめて医療班に説教されるというなんとも間抜けなオチを迎えるのだった。




