4章-戦いの後 鬼との邂逅-
ヤマタノオロチ討伐を終えた〈ミストルテイン〉は戦いの爪痕が残る戦場を後にして、直前まで停泊していた基地を目指していた。
行きは転移魔法であっという間に移動してしまったこともあり、普通に戻る道のりが異様に長く感じてしまう。
「――では、本艦は予定通りこのまま基地へ戻ります」
『うん。……少々独断専行が過ぎたところはあるが、手の出しようがなかったアンノウンを倒した功績は大きい』
通信先のクリストファーの言葉を訳すと「今回の件はそこまで大きな問題にはならないだろう」ということらしい。
一応の建前は用意していたとはいえ、手出し無用の命令が出ていたアンノウン相手に大暴れしてしまったのは事実。
お咎めなしとはいかないこと自体は想定の範囲内であるし、クリストファーの思いの外穏やかな発言を見るに、アキトが考えていたよりは軽く済みそうだ。
ただ、あくまでそれは“脱走したシオンの回収がてらヤマタノオロチを倒した件”に限る。
『報告にあった〈光翼の宝珠〉と君との間に起きたことについては……少し詳しく聞くことになりそうだ』
「……もちろんです」
それから少し言葉を交わしてクリストファーとの通信は終わった。
「なんか、別の方向性で大事になっちゃったわね」
「仕方がないことでしょう……人類軍の軍人が魔法を使って戦艦一隻を空間転移させてしまったんですから」
アンナは愉快そうに、ミスティは片手で頭を押さえながらそれぞれ感想を漏らす。
アキト本人としては自分がやったわけではないと声を大にして言いたいところなのだが、そんなこと他の人間にはわからないのだから仕方がない。
「上層部に説明するためにも、イースタルにいろいろと聞かなければな」
「そのシオンはまーだコクピットから出てこないみたいよ」
戦いのあと〈アサルト〉は〈ミストルテイン〉へと帰艦した。
下手をすればあの場から逃げ出そうとするのではと思っていたので拍子抜けではあったのだが、その後通信で声をかけても反応はなく、コクピットから出てくることもない、という状態が現状まで続いている。
「アンナが行けば出てくるんじゃないか?」
「それが通信しても無反応。十三技班も無視されてるってのが気になるのよね……」
シオンにとってアンナや十三技班というのは特別な立ち位置にある。
そのふたつの呼びかけを無視し続けているというのは、確かにアキトから見ても違和感を覚える。
「もっと別の誰かが呼びかけるのもアリかなーって思うんだけど……」
「俺にそれをやらせたいって?」
「そゆこと!」
背中を押す、なんて優しいものではなくバシンと音がする力加減で背中をはたかれた。
にこやかにこちらを見るアンナの中ではアキトが呼びかけるのは決定事項のようだ。
「どうせ言いたいこととか拳骨落としたい頭とかあるんでしょ?」
「後半やけに具体的ですね……」
呆れた様子ではありつつもミスティもアンナに反対というわけではないらしい。
「どちらにしろ今回の問題行動について艦長からしっかりと言い聞かせていただく必要がありますし、基地に戻るだけであれば私たちだけでも」
そうして女性ふたりに促されたアキトは大人しく格納庫へと向かうことにした。
アキトが格納庫を訪れれば、〈アサルト〉の周辺に人だかりができていた。
十三技班の面々はもちろん、ハルマたち機動鎧部隊までいる。
「アキトの坊主」
「クロイワ班長。……イースタルはまだだんまりですか?」
「ああ。生意気にも出てきやがらねえ」
よく見ればギルたちが通信用らしきマイクを持って何やら騒いでいるようだ。
もしかすると帰艦してからずっとあの調子でコクピットへと語りかけているのだろうか。
「5番、ギル・グレイス! 歌います!」
「……何か違いませんか?」
「呼びかけても出てこねえからな。最大音量でガキ共のカラオケ大会始めさせた」
つまり今頃コクピット内部はギルの歌う激しめのロックナンバーがとんでもない音量で鳴り響いているというわけだ。
それは最早、拷問や攻撃に近いのではないだろうか。
「……むしろそれで出てこないとなると、出てこられないのでは?」
例えば怪我を負って動けないというパターン、あるいは気絶しているパターンもあり得る。
しかしゲンゾウは首を横に振った。
「中の映像は拾えてるんだが、怪我してる様子はねえし気を失ってる感じでもねえ。見た限りは何か待ってるようにも見えるんだが……」
ほれ、と手渡されたタブレットにはコクピットにいるシオンの様子が映っている。
頭の後ろで両手を組んでシートの背もたれに体重を預けているが、ゲンゾウの言葉通り怪我もなければ意識もあるようだ。
大ボリュームの歌声については魔法で防ぐなりしているのだろう。
「ちょうどいい、ギルが歌い終わったらお前もなんとか言ってやってくれ」
攻撃にも等しいアプローチをスルーしているシオンが何か言ったところで出てくるかと言われると自信がないが、何もしなければ本当にこのまま引きこもり続けかねない。
少し待ち、歌い終えたギルからマイクを受け取る。
「イースタル。俺だ」
マイクのすぐそばに置かれたモニターの中で、コクピットのシオンがぴくりと反応した。
「お前には言いたいことが山ほどあるが、まずは出てきてほしい。……お前も確実に疲弊しているだろう」
アキトたちが駆けつけるまでの間、シオンがヤマタノオロチ相手にどういった戦いを繰り広げたのかはわからない。
ただ、荒れ果てた地面や到着時に炎上していたヤマタノオロチの姿を見るに激しいものだったのは間違いないだろう。
≪天の神子≫と呼ばれ、強い魔力を持つというシオンの力も無限ではない。
あんなバケモノとの戦いを終えて疲れていないはずがないのだ。
「説教はひとまず後にする。まずは無事な姿を俺たちに見せて、食事をして、休め」
本音を言えばすぐにでも説教がしたいし、聞きたいこともある。
しかしそれ以上に、シオンの無事を確認して休ませたいのだ。
アキトの言葉に数秒の沈黙が流れる。
やはり出てこないかと周囲の人々が諦めかけたそのとき、〈アサルト〉の胸部が開いた。
多くが驚いてそこを見上げる中、軽やかに飛び出してきたシオンがひらりとアキトのちょうど真正面に着地する。
「説教は後回し……言質取りましたからね?」
こちらを前にニヤニヤと笑うシオンに周囲の十三技班の面々がほっと息をつく中、アキトはゆっくりと口を開く。
「お前、誰だ?」
アキトの問いに周囲のざわつきが止まる。対面のシオン――否、シオンの姿をした何者かは目を見開いている。
「誰も何も、シオン・イースタルですけど……?」
「違う。……お前はもっと、禍々しいものだ」
アキトにはわかる。目の前のシオンはアキトの知るシオンとは違う気配を放っているのだ。
〈アサルト〉にこもられている間はわからなかったが、実際に向かい合えばそれが戦闘中にも感じた別の何かの気配であるとはっきりとわかった。
「いやそんな意味わかんないこと言われても……ね、ギル」
シオンのフリを誰かが助けを求めるようにギルへと視線を送る。
それを受けたギルはゆっくりと誰かへと歩み寄っていく。
得体の知れない何かへと歩み寄るのは危険な行為だ。アキトは慌てて止めようとするが、そのときすでにギルはシオンのフリを誰かのそばに立っていた。
そして次の瞬間、後ろから抱き込むようにその華奢な体を拘束した。
「…………は?」
「シオンはどこだ?」
こんな展開になるとは思っていなかったであろう誰かに対して、ギルの声は低く冷たい。
ギル・グレイスという少年をアキトはそこまでよく知らないが、陽気な印象の彼から発されたとはとても思えない、敵意のこもった声だった。
「こいつぁ驚いた」
ギルもまたアキトと同じようにここにいるのがシオンのフリをした何者かであるとわかっている。
それがわかったからか、シオンのフリをやめて、おそらく本来のものであろう口調で話し始めた。
「アキトの坊主にバレるかもってのはわかってたが……ギルの坊主にまで気づかれるたぁ思わなかった。なんでわかったんだ?」
「勘」
「……なるほど、犬ころは大好きなご主人様を間違えねえってわけか」
「参った参った」と心にも思っていないであろう様子で笑う誰かは拘束されているとは思えないほど余裕のある振る舞いをしている。
「それより質問に答えろよ。シオンはどうした?」
「……心配しなくてもシオ坊は無事だ。オロチ相手に無茶して寝ちまった」
「その間に体を奪ったと?」
「失敬な。俺様は合意の上で体を預かってんだよ」
合意の上ということならシオンはこの誰かと協力関係にあるということになる。この誰かが真実を話していれば、だが。
「別に俺様も諍いを起こす気はねえんだが」
「なら最初からイースタルのフリなんてしなければよかっただろう」
「そこはまあ、シオ坊の都合も考慮してやったまでだ。一応俺様、人間共には秘密の切り札のひとつだったわけだしな」
言葉の真偽を見極めようとするアキトの視線を受け止めた誰かは「まあいい」とめんどくさそうに言った。
彼が一度瞳を閉じて再び開けば、その瞳は黒から緋色に変わっている。
「俺様の名は朱月、訳あってシオ坊に協力している大鬼。……人間からみりゃシオ坊の共犯者ってとこだ」
それから朱月は後ろに控えるギルへと顔を向ける。
「とりあえず離しちゃくれねえか? これがシオ坊の体なのは確かだし、うっかりお前さんを傷つけた日にや俺様がシオ坊に殺されかねねえ」
「…………」
数秒朱月を睨みつけてから、ギルは朱月を解放した。
解放された朱月はのんきに背伸びなどしてからアキトに向かい合う。
「いろいろ気にはなるだろうが、説明ってのはシオ坊の役目だろ? ……目ぇ覚ますまで粘ってみようかと機動鎧の中で待ってみたが、この調子じゃしばらく無理そうだ」
だからここまでコクピットから出てこなかったのかと納得する。
説明は後でも構わないとアキトが言ったから出てくる気になったのだろう。
おそらくシオンのフリをしたまま休息を取り、以降は目覚めたシオンに丸投げするつもりだったのだ。
「っつーわけで、ここはお開きとしようや。こっちとしてもそっちとしてもそれがいい」
「それは――」
「それはどういう意味だ?」と尋ねるはずだったアキトの体が突然力を失って傾く。それを抱きとめたのは他でもないシオンの体を借りた朱月だった。
「経緯はともかく、この船を飛ばす宝物と契約して空間転移までやってのけたんだ。お前さんもシオ坊と大差ない無茶をしてたわけだ」
自覚なさそうだがな、と愉快そうに笑う朱月を前に目蓋が重くなってくる。
そんなアキトの頭を小さな掌が優しく撫でる。
「シオ坊はなんて言うかわからねえが、俺様はその根性気に入った」
「男ってのはこうじゃねえとな!」と、シオンの顔でシオンらしからぬ笑顔を浮かべる朱月の姿を最後に、アキトの意識は途絶えた。




