4章-願いと覚悟-
ブリッジを飛び出したアキトは中枢区画へと足を踏み入れていた。
そこに誰かが待っているということはなくただECドライブの駆動音だけが聞こえるだけだが、アキトは迷うことなくそのECドライブの前に立つ。
「願いと覚悟を示しにきた。俺はどうすればいい?」
『……我の正体に気づいているのだな』
頭に直接響く声なき声。
その声の主の正体は、〈ミストルテイン〉のECドライブを動かすエナジークォーツ、あるいはそれに類する何かだ。
アキトが自身の考えだけでこの結論にたどり着けたのは偶然に近い。
以前、この部屋でおぼろげにだが同じような声なき声を聞いていたこと。
シオンですらこの〈ミストルテイン〉のECドライブを動かすものの正体がわからないということ。
それらの情報から行き着いた答えだった。
もしも先日この部屋で声を聞いていなかったらブリッジからここへ確信を持って直行することはできなかっただろう。
「一応聞いておく。お前は生物なのか?」
『否、我は単なる宝物に過ぎない』
「そうか……少し安心した」
ずっと乗っていた戦艦が見知らぬ、しかも未だ生きている人外を動力に動いていたなどと言われたらさすがに平静ではいられない。
アキトでそうなのだから、ミスティあたりが聞いていたらこの場で卒倒していたかもしれない。
『我は古き宝物……〈光翼の宝珠〉と呼ばれている』
「それで? お前は人間である俺たちに力を貸してくれるのか?」
こうして名前がわかったとはいえ、こちらに語りかけてくる古き宝物とやらのことは何もわかっていないに等しい。
しかも、どう考えても人外の世界のものと思われる〈光翼の宝珠〉が人間であるアキトやナツミを選んで語りかけ、「力を貸そう」などと申し出てくるのにはどうにも違和感しかない。
本音を言えば、一刻も早くあのヤマタノオロチをも倒せるかもしれないという力を借り受けたい。
しかし何も考えずに〈光翼の宝珠〉を信じるわけにもいかない。
「何故、俺やナツミに力を貸そうとする?」
『汝らが望んでいるからだ』
「俺たちが?」
『お前とあの少女は力を望んでいる。神子の少年のために』
確かにアキトはシオンに頼るばかりの自分を恥じている。
ナツミはきっと今この時もブリッジでシオンの身を案じている。
その想いに応えたのだと〈光翼の宝珠〉は言うのだ。
『我は古き宝物。古き時代、人々の願いのために生み出されしもの。……資格ある者の願いに応え、力を授けることこそ正しき在り方だ』
「俺やナツミには資格があると?」
『それはこれから明らかになることだ。…… さあ、裁定を始めよう』
その言葉の直後、ECドライブ周辺に無数の魔法陣が現れた。
金色の輝きで描かれる紋様は、アキトがこれまでに見たことがないほどに繊細で複雑なものばかり。
それらはゆっくりとECドライブを中心に回っている。
『汝、願いと覚悟を示せ。それが我が力を貸し与えるにふさわしきものならば、汝を資格ある者と認めよう』
「……もしもふさわしくなければ?」
『ふさわしくなければ沈黙を……その魂に邪悪を秘めるのであれば 裁きを与えるのみ』
――場合によっては殺す。
要するにそういう意味なのだとアキトは理解した。
『裁きを恐れるのであれば、裁定を取り止めることを認めよう』
「いや、進めてもらって構わない」
死のリスクがあるのは理解した。しかしここでおめおめ逃げ帰ったところで何も変わらない。
アキトがすべきことは、裁定を乗り越えることだけだ。
『では問おう。汝の願いと覚悟を』
願いと覚悟。
改めて投げかけられた問いかけを自らの内側で反芻する。
ヤマタノオロチを倒せるだけの力がほしい。
守られるばかりの情けない自分から脱却したい。
少しでも多くのものを守れるようになりたい。
頭の中を駆け巡る様々な願いはしかし、どれも本当ではない気がしてくる。
「(俺は今、何を願っている?)」
もっと根本的な願い。もっとシンプルな想い。
深く深く自らの心の底に問いかけて、そこにある答えを見つめる。
「イースタルを死なせたくない」
最後には、とても簡単な言葉が口からこぼれた。
ヤマタノオロチを倒したいのは、罪なき人々はもちろん、それ以上に強大な相手にひとり戦うシオンを助け出したいから。
自らを情けないと思うのは、無力な自分たちがずっとシオンにばかり負担をかけ続けているから。
少しでも多くを守れるようになりたいのは、アキトたちを守るために無茶をするシオンすらも守りたいから。
アキトは、少し特別な力を持つだけのただの子供が自分たちのために犠牲となることなどあってほしくないのだ。
『それが汝の願いか。……ならば覚悟はどうだ?』
アキトはこの願いのために何を差し出せるだろうか。どれほどの覚悟を示せるだろうか。
その答えは考えるまでもない。
シオンを死なせたくないと、生きていてほしいと願うなら、アキトたちを守らんとする彼と同じだけの覚悟を示さなければ格好がつかない。
「この願いのためなら、命をかけてもいい」
アキトたちのために手足すらも差し出す覚悟を示したシオン。
そして今まさに命を賭している彼とアキトは対等でいたい。否、対等でなければならない。
『――その願い、その覚悟、聞き届けた』
ECドライブを囲うようにあった魔法陣が瞬く間にアキトの周囲を囲う。
無数の紋様に逃げ場なく囲まれたアキトだったが、恐怖や不安は微塵もない。
『汝が願いに邪悪はあらず、我欲はあらず。汝が覚悟に迷いはあらず、偽りはあらず。……我が力を貸し与えるに足るものと認めよう』
魔法陣が輝きを強める中、アキトの右手の甲に光が集まる。
熱く、しかし不思議と痛みの伴わない光は、そこに翼を象った複雑な紋様を刻み込んだ。
『我は〈光翼の宝珠〉。秩序と仁愛を尊ぶ白き翼の民が秘宝なり。これより我が力は汝が力。我が叡智は汝が叡智。――新たなる契約者よ、汝は何を望む?』
今、アキトが望むこと。そんなものひとつしかない。
「この〈ミストルテイン〉を、イースタルとヤマタノオロチのもとへ!」




