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【完結済】機鋼の御伽噺-月下奇譚-  作者: 彼方
4章 神の名を冠するものたち
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4章-導きの声-


中国地方で〈アサルト〉がヤマタノオロチと接触する少し前。

〈ミストルテイン〉のブリッジではシオンの置き土産であるおやすみモードへの対応に追われていた。

しかし、状況は芳しくない。


「ダメです! 一部システムへのアクセスが一切できません!」

「基地のシステムを経由した〈ミストルテイン〉外部からのアクセスも受け付けません!」


叫ぶように飛んでくるネガティブな報告にアキトは頭を抱えたくなる。


「アンナ、十三技班の秘密兵器とやらはどうなんだ⁉︎」

「それが……」

『ダメっすね〜これは〜』


気の抜けるような発言と同時に十三技班の女性技師、カナエ・ミナミの顔がブリッジのメインモニターにでかでかと表示された。


『どうも、十三技班の電子系秘密兵器ことカナエお姉さんです』

「あの十三技班で秘密兵器と呼ばれる貴女でもダメだと?」


アキトの問いかけに画面越しのカナエは大きく頷いた。


『さすがというか敵ながら天晴れというか、さすがアタシの教えを受けただけあるっていうか……かなりタチの悪いウィルスっすね』

「……貴女の教え?」

『シオンくんにはアタシ直々に色々仕込んだんすよ。このウィルスだって昔ふたりでふざけて作ったののグレードアップ版……じゃない、話が逸れました』

「……とりあえず、イースタルの師匠である貴女でもどうにもならないと?」


気になる発言はあったが今はひとまず追求しないでおくとして、シオンにこの手の知識を授けたのだというカナエが対処できないとなると相当厄介なことになる。


『厳密に言うと、見た感じ電子的なアレコレはどうにかできそうなんすけどね。なんか他にもっと別の何かで阻まれてるみたいで』

「どういうことだ?」

『プログラムとかファイアウォールとかそういう電子的な防壁以前にもっと根本的な壁っていうか……アクセスしようとする電波とか電気信号とかが弾かれてるんすよ』


だからカナエの知識でウィルスに対応できるのだとしても、そもそもそこに手が出せない。

扉を開ける方法はわかっていても、その扉の前にカナエでは開けられない扉が存在しているのだという。


『しかもこれがまた変なもんで、ブリッジへの通信とかする分には全然メインシステムにアクセスできるのに、ウィルスにやられてるとこに手出ししようとすると反応すらしないんすよ? エラーとか警告すらでないっていう』

「そんなこと可能なのですか……?」

『普通は無理っす。でもまあ……』

「なんらかの魔法が施されているならあり得ないとは言えない、か」


つまり今回シオンがけしかけてきたのは単純なコンピュータウィルスではない。

魔法という未知の技術までも組み込んだとんでもない代物だということだ。


『魔法が出てくるといくらアタシでもどーしよーもないっす。多少は魔法も教わったとはいえ、こんなことに対応できるほどのレベルには誰も到達してないし……』


それについては十三技班とは別で手ほどきを受けていたアキトでも変わらない。

そもそもあのシオンがこの局面でアキトたちに破れる程度の魔法でことを済ませるはずもない。


「個別の機動鎧はどうだ? 出撃シーケンスは止められていても、最悪強引に出撃はできるだろう?」


通常使用するカタパルトや扉の開閉はおやすみモードの餌食になっているが、最悪扉を吹き飛ばしてしまえば外に出られる。

しかしカナエはすぐに首を横に振った。


『個々の機動鎧の制御系も絶賛おやすみモード中っす。シオンくんに触らせたことはないっすけど、〈ミストルテイン〉経由で仕込まれたんでしょうね』


現在もパイロットであるハルマたちと他の十三技班のメンバーがなんとかしようと試行錯誤しているらしいのだが、こちらはそもそも起動させること自体が魔法によって阻まれている状況らしい。


「(腹立つくらい抜け目がねえな……!)」


絶対に〈ミストルテイン〉を、アキトたちをここから動かさない。

ヤマタノオロチと対峙などさせない。


そんなシオンの強い意志を感じる。


「本当にどうしようもないのか……?」


ここまでの情報を整理すると、魔法によるアクセス拒否さえ対応できれば電子的な障害はカナエによって排除できるということらしい。

しかしその魔法による妨害を消し去る術がアキトたちにはないというのが現状だ。


「(≪魔女の雑貨屋さん(ウィッチ・マート)≫に協力を要請するか?)」


魔法に対処するなら彼女たち以上に頼れる相手はいない。

しかしこの状況において、人類軍と正式な協力関係にあるわけでもない人外の組織に要請を出すのは憚られる。


現在の状況はアキトや〈ミストルテイン〉にとっては大事件だが、人類軍全体としてみれば情報を盗まれているわけでもなく、ただ限定的に動きを封じられているだけで大きな問題ではない。


その程度のことに人外の組織に協力要請をしてまで対応するのは、外野の人類軍関係者から見て好ましいものではない。


仮に彼女らの協力でこの状況を脱しシオンを連れ戻せたとしても、下手をすればシオンだけではなくアキトも含めて、人外と関わりを持つ危険分子というレッテルを貼られかねない。


本末転倒になりかねないことを思えば彼女らに頼るという選択肢は選べない。


こうなってくると〈ミストルテイン〉を動かすのは非常に厳しい。

であれば〈ミストルテイン〉を使わない方法はないかとも考えたが、基地にある他の戦艦や機動鎧をすぐに借り受けられるほどの権力も人脈もアキトにはない。


人類軍最高司令官であるクリストファーを介して要請すれば不可能ではないかもしれないが、あまり彼の権力を振りかざしすぎれば人類軍内部でのクリストファーの立場を悪くしてしまう。

アキトたちほどあからさまなレッテルを貼られることはないだろうが、シオンや〈ミストルテイン〉に肩入れしていると思われる

確実だろう。


こうなれば〈ミストルテイン〉以外の戦艦などを使うという案も難しい。


では他にアキトの手元にある選択肢はあるだろうか?


「(……あったならこんなに悩んじゃいない)」


結論から言って、選択肢はもうない。

シオンもきっとアキトの持ち得る選択肢をひと通り計算した上でそれをすべて潰すように策を練ったのだ。


そうやって道をすべて塞いで、安全な場所に閉じ込めて、シオンはアキトたちを守ろうとしている。


しかしそんなことをされて黙っていられるわけがない。


「(……諦めてたまるか)」


何もかもひとりで抱え込んで、それが当たり前だと平気で微笑む顔に以前覚えた感情は悲しみや戸惑いだったはずだが、今は違う。


沸々と湧き上がってくる感情は、怒りだ。


「(お前を心配する人間がいることに気づかないほどバカじゃねえだろ。こんな守られ方に納得いかない人間がいることだってわかってるだろ)」


例えばアキトのすぐ横で平静を装いながらも焦りから声を荒げるアンナを。

艦を動かすこともできず、操舵席のすぐそばでこちらを不安そうに見上げているナツミを。

通信越しにわずかに見える格納庫で電子に強くない者も含めて走り回っている十三技班の人々を。


彼女らがどういう風に思うかを想像できないはずがない。

それでもなおシオンがこの選択が正しいと考えたというのなら、アキトは――、


『――汝、我が力を望むか?』


唐突に届いた声に、アキトは勢いよく振り返った。

急なアキトの動きにアンナやミスティが驚いたようにこちらを見る。


「アキト、どうしたの……?」

「今、何か聞こえなかったか?」


以前にも聞いた、頭に直接届くかのようなそれは不思議な響きをしていた。男性と女性が同時に同じ言葉を発したかのような、そんな印象だ。

しかしアンナたちは首を振るばかりで何も聞こえなかったと言う。


「(俺にしか聞こえなかった?)」


周囲の答えに困惑するアキトだったが、後ろから控えめに声をかけられた。


「兄さん……あたしも聞こえたよ。なんか力がどうとかって」


ナツミにも聞こえたというのならアキトの勘違いというわけではなさそうだ。


『再び問おう。――汝、我が力を望むか?』


確信を裏付けるように再び届いた声はやはりブリッジの後方から来ている。


「……あなたに力を貰えば、シオンを助けられるの?」


声の正体を模索していたアキトを他所に、ナツミが姿の見えない何者かに問いかける。

突然誰かに話しかけ始めたナツミを周囲は怪訝な顔で見ているが、どうやらナツミはそれに気づいていないらしい。

そんなことよりもシオンを助けられるか否かが彼女にとっては重要なのだ。


『我は資格ある者に力を貸し与えるのみ。その力で何を為すかは汝らが決めることよ』

「……あなたの言う力は、あのヤマタノオロチを倒せるの?」

『汝が我が力を御しきれるのであれば、不可能ではない』


堂々と答える声に嘘は感じられない。そして声はヤマタノオロチを倒せると言った。


「どうすればあなたの力を借りられるの⁉︎」

『我が前にて、汝の願いと覚悟を示せ。……待っているぞ』


ふっと声が遠退いたのがわかる。そして漠然とだが遠退いた先も理解できた。


ナツミも同じだったようで、彼女はすぐさまブリッジから飛び出そうとした。それをアキトは腕を掴んで引き止める。


「兄さん! あたし、声のところに……!」

「わかってる。だが、そこには俺が行く」


声を信じるのであれば、アキトたちにとって逆転のチャンスだ。

しかしあの声の正体はわかっていないし、信用に足るものかどうかもわからない。

そんな相手のところにナツミを行かせるわけにはいかない。


「俺が行って、問題なければ力を借りてくる。だからお前はここにいろ」


両肩に手を置いて言い聞かせるように語りかければ、ナツミは小さく頷いた。

まるで小さな頃にナツミを諭したときのようで、少しだけ懐かしい心地になる。


「……ミスティ、アンナ。ここは任せる」

「よくわかんないけど、止めても無駄っぽいしさっさと済ませてきてちょうだい」


ミスティがおろおろと困惑する一方でアンナは諦めたようにアキトの背中を叩いた。

安心させるようにふたりとナツミに微笑みかけて、アキトはブリッジを飛び出す。


目指すは、中枢区画。

この〈ミストルテイン〉を動かすエナジークォーツのもとだ。


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