4章-開戦②-
正面から迫りくる牙を寸前で避け、首の側面を滑るように飛ぶ。
側面を蹴り飛ばしその勢いで上から迫ってきていた別の首を避けると同時に一太刀浴びせから、あえて重力に身を任せて急降下。
追ってくる二つの首をギリギリまで引きつけ、地面につく三メートルほど手前で真横に避けてそれらが勢いを殺せず地面に激突するように仕向ける。
一歩間違えれば深手を負いかねないような、見ている者をハラハラとさせる曲芸じみた戦い方はこれまでのシオン・イースタルのそれとは明らかに異なっている。
しかしそれは当然のことなのだ。
何せ今〈アサルト〉を、ひいてはシオン・イースタルの肉体を扱っているのはシオンではないのだから。
「オラオラオラ! もうちょいキビキビ動かねえと俺様を殺せやしねえぞ?」
普段のシオンからはまず出てこないであろう挑発的な言動を繰り返しながらシオンの肉体を借り受けた朱月は〈アサルト〉で飛び回る。
迫りくる八つの首を躱してはついでとばかりに一太刀浴びせるその戦い方にはどこか“遊び”のようなものも感じさせる。
『……まさかとは思うけど、意味もなく遊んでるわけじゃないよな?』
音なく朱月に語りかける声はシオンのものだ。ちょうど普段の朱月と立場が逆ということになる。
「当然だろ? こういうデカブツはじっくり相手してやんねえとなあ」
ヤマタノオロチは巨大で〈アサルト〉よりも遥かに大きい。
〈月薙〉での斬撃は神刀である〈月薙〉本体の性質もあって近代兵器で戦っていたときよりも効果的ではあるのだが、そもそものサイズ感の違いは無視できるものではない。
苦労して決定的な一撃を狙うのではなく、小回りが効くというアドバンテージを活かして確実にダメージを与えていくほうがよいというわけだ。
『思ったよりも賢い戦い方するんだね』
「あ? 俺様が無策に突っ込む馬鹿だとでも思ってたのか?」
『……いや、お前はずる賢いやつだったね』
「カカッ! わかってんじゃねえか! 心配しなくてもお前よりは刀の扱いもバケモノ狩りも得意だから安心しろや」
たった今朱月が口にしたことこそが、シオンが朱月に自らの肉体を貸し与えた理由だ。
シオンは≪天の神子≫として人としてはありえない大きさの魔力と、そこらの神より格上の神性を有する。
もちろん神話の神の力には及ばないが、そこに〈月薙〉と封じ込められている朱月の力を合わせて計算すれば話は変わる。
ヤマタノオロチがまだ目覚めたてで万全ではないことも含めれば互角に近いだろう。
魔力の量で言えばほぼ互角。
であれば勝敗を決めるのは戦いの腕ということになるが、シオンは決して戦いの経験が豊富というわけではない。特に刀の扱い方などは魔法で誤魔化しているだけで素人とほとんど変わらないレベルでしかない。
一方、大昔の日本で名を轟かせたと豪語する朱月であれば、少なくともシオンよりは多くの戦いを経験しているはず。アンノウン以外の人外との交戦経験が多いというのもヤマタノオロチとの戦いでは有利に働く。
だからこそシオンはヤマタノオロチとの戦いの第二段階として、朱月に自身を預けた。
シオンの元々持つ魔力に、人外に力を与える神子としての力。そして朱月の武力と経験を用いて、ヤマタノオロチを封印可能なレベルまで弱らせる。
それがこの戦いの第二段階であり、本番でもある。
「とはいえ、ここらで一発ぶちかましておこうか!」
朱月はぐんと機体を加速させてヤマタノオロチへと突っ込む。
急に懐に飛び込んできた獲物に反応したヤマタノオロチの首が迫りくる中、〈アサルト〉は唐突に急降下した。
ほとんど地面を走るのと変わらない高さまで降下した〈アサルト〉はそのままヤマタノオロチへと駆け抜け、ある程度距離を詰めると今度は逆に垂直に近い角度で急上昇する。
その〈アサルト〉の手の内で〈月薙〉の刀身が真っ赤な炎を燃え上がらせる。
「その首もらった!」
真っ赤な炎は〈月薙〉の刀身に沿うように炎の刃へと形を変え、数メートルの長さになった真紅の刃がすれ違いざまにヤマタノオロチの首の一本を一閃した。
これまでで一番の悲鳴が響き渡る中、根本を断たれたヤマタノオロチの首が落ちる。
「これでナナマタノオロチってか? 語呂悪りぃな」
『そんなの心配しなくてもいいと思うよ。どうせすぐ生える』
ヤマタノオロチが痛みにのたうちまわっていたのもほんの数秒のことで、たった今焼き切ったばかりの切り口から濁流のように黒いもやが噴き出した。
もやはあっという間に他の首と同じ程度の長さまで伸び、次の瞬間にはさも最初からそうだったかのように実体を持つ蛇の首へと形を変えていた。
「チッ、それなりに力は削げたんだろうが……あっさり元通りとなると気分が悪りぃぜ」
『そう思うならどんどん斬り落とせばいい。じっくりやるべきとはいえこっちも無限に暴れられるわけじゃないんだからさ』
再封印のためにもシオンたちはヤマタノオロチにダメージを与えて弱らせなくてはならない。
時間をかけること自体は問題ないとしても、十分に弱らせる前にこちらがガス欠となればその時点で終わりだ。
「……ちょうど勘も戻ってきたところだ。ぼちぼち本腰入れてこうじゃねえか」
ゴウッ!という音と共に刀身を覆う炎が再び勢いを増す。
真っ赤な炎がゆらゆらと揺れる中、ヤマタノオロチにも変化があった
「「「「「「「「オオオオオオ!」」」」」」」」
八つの頭が同時に叫ぶ声が一帯に木霊する。それと同時にその足元で黒い影が蠢いた。
『――来る!』
蠢いた影が突然弾け、そこからおびただしい数の小さな影がこちらへと飛び上がってきた。
小さな影の正体は、蛇だ。黒い体に真っ赤な瞳を持つ二メートル弱の大きさの蛇の群れが濁流のようにこちらへと迫ってくる。
「しゃらくせえ!」
振るった炎の刃が迫る蛇たちを焼き払うが、前を行くものが焼かれようと気にかけることなく後続の蛇はこちらを目指して突っ込んでくる。
止むを得ずその群れを躱すが、まるで追尾弾のように〈アサルト〉のことを追いかけてきた。
「羽もねえくせに空飛んで追いかけてくるたあどういうこった⁉︎」
『小型アンノウン……? いや、どっちかというと式神に近い!』
「そこの違いがなんだってんだ⁉︎」
『個々の蛇に意思はない! 完全にヤマタノオロチの思い通りに動くし、なんなら自爆だってする!』
小型アンノウンを生み出すパターンなら上位種として命令はできても生物としての本能に反すること……特攻や自爆なんて芸当はさせられないが、この蛇たちは違う。ヤマタノオロチがそう望めば次の瞬間にだって自爆するだろう。
『あの蛇、ほぼミサイルだ! あの数に体当たりされたら防壁も大してもたない!』
「やっこさんも本気出してきたってことか!」
ヤマタノオロチに加えて、おびただしい数の蛇の式神。
誰がどう見たとしても、シオンと朱月だけで戦うには数が多すぎる。
『だとしても!』
「ここで退いたら漢が廃るってなあ!」
迫る蛇の群れを焼き払い、〈アサルト〉は挑発するようにヤマタノオロチへと〈月薙〉の切先を向ける。
穢れ、魔物へと堕ちた神との闘いはまだ始まったばかりだ。




