4章-開戦①-
大気を激しく揺らしながら〈アサルト〉は弾丸のように空を駆ける。
元から機動力を重視して設計された機体ではあるが、現在の速度はそのスペックよりも上を行っている。
『やけに速いがこりゃあどうなってんだよシオ坊?』
「強襲用ブースター取り付けてもらったからね」
今回取り付けた拡張パーツのひとつがこの強襲用ブースターだ。
機体背面に取り付けることで高速での飛行が可能となる。
機体とは別に燃料を積む都合片道にしか使えなかったり直線移動以外ではスペックを発揮できなかったりといつでも使える代物ではないが、特定のポイントに急いで機動鎧を運びたいときには最適な拡張パーツと言える。
「それはそれとして、見えてきたよ」
まだ遠いが、ヤマタノオロチの巨体はもう視界に入っている。
見たところ未だにヤマタノオロチが動く気配はない。
シオンが魔法で施したステルスは正常に機能しているようでまだこちらの接近にも気づいてはいないらしい。
「……さすがに休みすぎな気もするんだけど」
『いんや。やっこさん神話の時代から数千年封印されてたんだぜ? 目覚めてすぐにまともに動けるわけもねえだろうよ』
人間も長く昏睡状態が続けば筋力が落ちてまともに歩けなくなる。現状のヤマタノオロチにも似たようなことが起きているということらしい。
「だったら寝ぼけてるうちにボッコボコにさせてもらおうか!」
ただでさえ速度の出ている〈アサルト〉をさらに加速させ一気に距離を詰める。さらに腕、肩、脚と取り付けておいた拡張パーツをいつでも使えるようにスタンバイさせる。
「そら! 一発目!」
ヤマタノオロチへと真っ直ぐに突っ込むルートを取りながら、背面の強襲用ブースターを切り離す。
機動鎧一機を高速で飛ばすことのできる推進力を有するブースターはさらに速度を上げてヤマタノオロチへと飛んでいき、シオンの魔法で魔力防壁に阻まれることなくその胴体に直撃したのと同時に残りの燃料を起爆剤に大爆発を引き起こした。
『カッカッカ! 景気の良い花火じゃねえか!』
「名付けてリサイクルミサイルってね! まあ普通は絶対怒られる使い方なんだけど!」
元々このブースターは戦場に到着したらパージする想定で作られているのだが、損傷が少なければ修理、再利用ができるものでもある。
この手のパーツは決して安くはないのでその余地を完全に無くしてしまうこの使い方は完全にアウトなのだが、人類軍に戻る予定のないシオンには屁のかっぱというわけだ。
さすがに魔力防壁を突破した一撃を食らわされればヤマタノオロチも寝てなどいられない。
受けたダメージに悲鳴のような鳴き声を上げながら八つの首を振り回すと、その八対の瞳がシオンの姿を捉えた。
続いて大きく開かれた無数の口に黒い魔力が収束し、放たれる。
「(さすがにあれだけじゃ大して効かないか)」
一応は小さめなら大型アンノウンでも倒せる程度の火力はあったはずだが、さすがに元が神となればそう簡単にはいかないらしい。
しかし、シオンが魔力防壁を相殺すれば攻撃は通る。人類軍のときのように傷ひとつ負わせられないわけではない。
「ありったけ、持ってけ!」
引っ掻き回すように飛び回りながら肩と脚の拡張パーツからミサイルをばら撒く。
照準は多少甘いが相手のサイズが大きなこともあって面白いくらいに命中してくれる。
鬱陶しそうに暴れる巨体から少し距離を取り、今度は両腕に取り付けられた大口径のレールガンを撃ちこんでいく。
『シオ坊、鱗が邪魔で通ってねえぞ!』
「わかってる!」
魔力防壁は問題なく貫通している一方で、その体を覆い尽くす鱗が予想以上に硬い。
レールガンをかなり近い距離で叩き込んでいるというのに傷をつけるのが精々といったところだ。
「術式起動、加速、増幅、破魔術式付与……発射!」
砲口の先に展開された三つの魔法陣を通過した弾丸が白い輝きを纏って空を切り裂く。
着弾した弾丸は今度こそ鱗をも突き破りヤマタノオロチの体を貫いた。
「結構な魔力を乗せないとぶち抜けない……! 人類軍の兵装じゃやっぱり限界があるね!」
『神話の存在に人間の武器が効くわけもねえってか!』
体を貫かれた痛みから黒の奔流を撒き散らし八つの首を振り回されると、機動力自慢の〈アサルト〉でもそう易々とは近づけなくなる。
幸いこの辺りは人の暮らしていない土地なのだが、黒の奔流に抉られた大地は最早元々の面影をほとんど残していないほどだ。いくら魔力防壁があるとはいえ〈アサルト〉もそう何発も受け止め切れるものではないだろう。
「もうちょっと振り回したかったけど、もう第二段階に進むよ!」
『構わねえ! とっととやろうじゃねえか!』
嵐のように攻撃の撒き散らされている一帯から一度大きく距離を取って、各部の各部の兵装をすべてスタンバイする。
「加速、増幅、破魔術式付与……ついでに遅延起動・質量倍化!」
〈アサルト〉の全身に魔力の輝きを纏わせ、可能な限りの強化魔法を重ねがけする。その強い魔力の気配にヤマタノオロチの目が向けられたときにはもう遅い。
「全部持ってけクソヘビ野郎!」
〈アサルト〉は全ミサイル、全弾丸を一斉に発射する。
放たれたそれらは数秒ほど遅れて倍ほどの大きさに巨大化し、容赦なくヤマタノオロチに襲い掛かった。
人の言葉では形容し難い悲鳴を上げながらのたうちまわるヤマタノオロチの首によって周囲の木々が紙屑のように宙を舞い、土煙が辺りを覆い尽くす。
周囲の被害も甚大だが、確実にヤマタノオロチにもダメージは通ったはずだ。
「……第二段階、始めるよ」
〈アサルト〉の全身を覆い隠さんばかりに取り付けられていたすべての拡張パーツをパージ。黒く塗り上げられた本来の姿に戻る。
その手に再現した〈月薙〉を握り、未だ戦意の衰えることのないヤマタノオロチへと切先を向ける。
「朱月、手筈通りに」
『任せな!』
朱月の自信に溢れる言葉に小さく笑みを浮かべた直後、シオンの体が淡い光を纏う。
時間にして数秒。光が止むと同時に一瞬だけがくりと力を失ったシオンは、次の瞬間にはケタケタと笑った。
「――カカッ! いいぜえ。最高じゃねえか!」
平時と比べてずいぶんと荒っぽい言葉がシオンの口から紡がれる。
顔を上げ、荒っぽい手つきで前髪を掻き上げたその目は、黒ではなく緋色に染まっていた。
「我が名は朱月! 日ノ本に名を轟かす赤き大鬼!」
緋色の目を爛々と輝かせ、獣が吠えるかのように名乗りを上げる。
その口元は巨大なバケモノを前にしているというのに大層楽しそうに吊り上がっている。
「いっちょ殺り合おうじゃねえか、蛇野郎!」
その叫びを皮切りに、〈月薙〉を携えた〈アサルト〉はヤマタノオロチへと斬りかかった。




