4章-ふたりぼっちの出陣-
通話を切ったマジフォンを懐にしまったシオンはゆったりとカフェの会計を済ませると、そのまま近くにあった神社へと向かった。
【異界】との戦争が始まってから神社や教会などの宗教、要するに人ならざる存在を信仰したり祀ったりする考えや場所は世間からの風当たりが強くなった。
実際に人ならざる存在に家族を殺された人間などからすれば、それを良いものとしている宗教などに拒否反応を示すのは当たり前のことではある。
実際のところこういった神社や教会などは大なり小なりアンノウンを退ける力があり人間にとっても有用なのだが、そんなこと人々は知らないのだから仕方ない。
風当たりが強くなったから即取り壊しとまではいかないものの、《境界戦争》が始まる以前よりは人が寄り付かなくなっているのだそうだ。
「(俺たちみたいなのには都合がいいんだけどね)」
人間たちの知らないアンノウンたちからの避難所であり、人間の目に触れずに人外関係者同士で話をしたりもしやすい。
古いものが多く監視カメラなどの類が少ないのもメリットのひとつだ。
そんな人の気配のない境内をシオンは迷いなく進む。
そうしてちょうど境内と神社に隣り合う林の境目あたりで草むらが微かに揺れた。
数秒の空白の後、一匹のキツネが草むらから姿を現す。
そのキツネはシオンのことをすっと見上げると、口を開いた。
「もう行くのですか?」
たおやかな印象を受ける女性の声で、キツネはシオンへと問いかけた。シオンは小さく頷いてその問いを肯定する。
「手筈通り、こちらでヤマタノオロチを最大限弱らせます。そのあとはどうかあなたの力をもってして、再封印を」
「もちろんです。珍しくあなたがわたくしに甘えてくれたのです。必ず応えてみせましょう」
人と違い、キツネの表情というものはなかなか見た目ではわかりにくい。
しかしその声色だけでシオンへと向ける愛しみと、わずかな不安が感じ取れた。
「……あなたが剣を取らずとも、かのオロチがこの地までくればわたくしだけで終わらせることもできるのですよ?」
「わかってます。……でも、そこまで時間をかけられないんです」
〈ミストルテイン〉を航行不能にする術はある。〈セイバー〉たち機動鎧も出撃できないようにした。
しかしそれでもアキトたちが絶対にヤマタノオロチに挑まないという確信は得られない。
〈ミストルテイン〉を使うのを諦め、停泊中の基地の他の戦艦や機動鎧を借りて動くなんていう無茶をしないとは断言できないからだ。
むしろアンナあたりなら平気でそういった手段を実行しかねない。
勝負は今このとき、アキトやアンナたちがまだ混乱しているであろう今の内にすべてを終わらせなくてはいけない。
「――おいで、〈アサルト〉」
ひとつ呼びかければ、事前に〈ミストルテイン〉から魔法で用意した異空間に移動させておいた〈アサルト〉がシオンのすぐ後ろに姿を現した。
すでに神社全体に人避けの術は使ってあるので騒がれる心配はない。
「シオン、どうか無事で。……この一件が終わったあとには、必ず直接顔を見せにくるのですよ」
そう言い残してキツネ――ヤマタノオロチの再封印を託した京都の女帝の式神は、霞のように消え失せた。
それを見届けたシオンはすぐに〈アサルト〉のコクピットに乗り込む。
「さて、それじゃあ行くとしますか」
『俺様はいつでもいいぜえ? 久々に暴れられると思うと血が滾る』
「そいつは結構。打ち合わせ通り後半は任せるよ」
しばらく自ら整備していなかった〈アサルト〉だが、他の十三技班の面々がしっかりメンテナンスしてくれていたのか少しの不具合もない。
ゴテゴテと取り付けてもらった拡張パーツの数々との同期も特に問題はなさそうだ。
『むしろシオ坊こそ大丈夫なのか?』
「何が?」
『これまではほぼ格下相手だったが、今回は格上のバケモノだろ? 冗談じゃなく、気ぃ抜いたら死ぬぞ』
これまでの戦いと違い、今回はシオンが負けて死ぬ可能性のほうが高い。
それでも怖くないのかとこの鬼はシオンに尋ねているのだ。
そんな鬼らしからぬ問いかけに、シオンは思わず吹き出した。
「今更何を言い出すかと思ったら……」
『んだよお前。せっかくこの俺様が気を使ってやったってのによ』
「はいはいありがとうありがとう」
少し拗ねた様子の朱月に雑に応じながら、シオンは軽く息を吐き出す。
「怖いとか怖くないとか、正直考えてなかった。……俺にはもっと大事なことがあるから」
『“守るため”ってか? アキトの坊主にどうこう言うクセにお前も大概お綺麗じゃねえか』
「……俺のはそんな綺麗なものじゃないよ」
〈アサルト〉を起動させ、ゆっくりと高度を上げていく。
「おしゃべりはここまで……神話の神様に喧嘩売りに行こうじゃん!」
『応!』
拡張パーツとして取り付けた大型ブースター激しく火を噴き、〈アサルト〉は一気に加速する。
針路は西。未だ中国地方に留まるヤマタノオロチ。
魔法を用いて姿を隠す〈アサルト〉は謎の突風に驚く京都の町を尻目に空を駆け抜けるのだった。




