4章-掌の上②-
「俺は今どこにいるのかを聞いてるんだ」
『んー場所は土地勘ないから詳しくはわかんないですけど、ちょっと知り合いと会ってから京都のカフェでお茶してます。まだ避難指示までは出てないみたいでのんきなもんですよ』
アキトの質問に悪びれる様子もなくシオンは答えた。
平然としているが、シオンの立場として監視もなしで自由に町へ出ることは当然禁止されている。
しかもそれだけではない。
「お前、俺に化けてクロイワ班長に指示を出したな?」
アキトに覚えのない、アキトから指示されたという作業。
ゲンゾウが嘘をついていないとなれば、それは“アキトのフリをした誰か”の仕業に他ならない。
そしてシオンであれば姿を変える魔法を使って普通なら不可能なクオリティでアキトのフリができるというわけだ。
『答えるまでもなく確信してる言い回しじゃないですか』
「認めるんだな?」
『言い訳はしません』
マジフォンを介して届けられるシオンの声に戸惑いや緊張といったものはない。こうしてアキトに気づかれることも予想の範囲内だったのだろう。
「……わかってるのか? ここまでやれば言い訳のしようがないぞ」
監視をつけずに無断で〈ミストルテイン〉を離れる行為。アキトの姿を真似て偽の命令を出す行為。
どちらも艦内で好き勝手するのとは次元が違う。下手すれば協力関係を破綻させかねない行為だ。
『さっき言ったじゃないですか、言い訳はしません。上層部との契約なんてもうどうでもいいんですよ』
「……人類軍を離れて何をする気だ」
『この心の赴くままに』
シオンはまるでこちらを揶揄うような言葉を使って具体的な答えを避ける。
彼が何を考えているのかをそこから見抜くのは不可能だが、言葉を気にしなければ、アキトの知る彼がどうするかを考えれば推測は不可能ではない。
「……ヤマタノオロチにひとりで挑む気か?」
『……まあ艦長ならそう考えますよね』
先程までの揶揄うような振る舞いは、いつの間にかイタズラのバレた子供のような態度へと変わっていた。
『ここは普通に“ついに本性を現したか!”とか“やはり裏切り者だったのか!”とかでよかったんですけど』
「俺を見くびるな」
『見くびってませんよ。……そのほうが俺が楽だったって話です』
それからシオンは通話の先で小さく笑う。場違いなその笑みに嫌な予感がしてアキトは警戒を強めた。
『さて、俺がひとりであのバケモノをどうにかしようとしてるとして、艦長殿はどういう選択をするでしょう?』
「……当ててみたらどうだ?」
『〈ミストルテイン〉を出すでしょうね』
アキトの挑発に対してシオンは即座に答えを出した。
『表向きには脱走した俺の捕獲、そのついでにヤマタノオロチをやっつけて、その功績盾に契約を破綻させずに俺のことも連れ戻す。そうでしょ?』
「俺がお前を守ろうとするのを疑わないんだな」
『だってあなたはそういう人でしょ?』
そう言ってシオンはくすくすと小さく笑う。
『アキト・ミツルギという男は俺を見殺しにできない、捨て駒にできない、理由もなく殺せない。……そういう損な男なんですから』
迷いなく、疑いなく、シオンは自らの見たアキトという人間について断言した。
そして悔しいことに、アキトはそれに反論できない。
『でもまあ。今の俺にとってそれはちょっと不都合ですから。もうひとつ悪いことしておきましょう』
マジフォンの向こう側で聞こえた指を鳴らす音。シオンが魔法を使うときのそれが響いた直後、〈ミストルテイン〉艦内に「ピーンポーンパーンポーン」というやけに気の抜けるようなチャイムが鳴り響いた。
しかしこんな間抜けな音声が戦艦の放送機器の鳴らす音として採用されているはずがない。
『艦内にいらっしゃいます、すべてのみなさまにご案内いたします。現時刻より、この〈ミストルテイン〉の全システムはおやすみモードに移行いたします』
どこかで聞いたことのありそうな女性によるアナウンス。しかしそれが通知した内容は完全におかしなものでしかない。
「ちょっとおやすみモードなんて聞いたことないわよ⁉︎」
「イースタル! お前の仕業だな!」
マジフォンに向けて怒鳴るように問いかけるがシオンからの返事はない。その間もアナウンスは淡々と続けられる。
『おやすみモード機動中は、航行、火器管制、機動鎧や偵察機等の出撃といった操作が不能となります。艦内での生活等に関連する機能や操作は平常通り可能となっておりますので、慌てず、騒がず、ごゆっくりお過ごしください』
「……要するに、俺たちを動きを封じる腹づもりか!」
ふざけたアナウンスではあるが、航行を封じられた時点でヤマタノオロチのもとへへ向かうことはできないし、機動鎧などの出撃もできないとなれば〈セイバー〉たちにシオンを追わせることもできない。
シオンが言い当てた“アキトのやろうとするであること”が全て先回りされて封じ込められた状態だ。
『さっすが艦長。話が早い』
マジフォンを口に近づけてもいないのにこちらの音声を拾っていたらしいシオンが笑い混じりにアキトを褒める。しかしこの状況ではこちらを揶揄っているようにしか思えない発言だ。
『心配しなくてもおやすみモードは二十四時間で自動的に解除されます。……まあつまり、全部終わるまでいい子にしててくださいってことです』
通話の先で再び指が鳴り、アキトたちの視界にあった〈アサルト〉が光と共に消えた。シオンのもとに呼び出されたのだろう。
すでにマジフォンの通話は切られている。おそらくもう一度連絡を試みても無視されるかすでに着信拒否されているだろう。
「とにかくブリッジに戻ろう!」
「ええ! この絶妙に腹の立つアナウンスをぶっ壊してでも止めてやるわ!」
現在〈ミストルテイン〉には先程の内容と同じアナウンスが繰り返されている。
どうにも癇に触るそれをBGMに、アキトとアンナはブリッジへと急ぐ。




