4章-掌の上①-
シオンの立ち去った後、ブリーフィングルームではいかにヤマタノオロチの足止めを行うのかについての議論が行われた。
現状〈ミストルテイン〉が接近できないのはまず間違いないが、一方で〈セイバー〉たち機動鎧三機であればおそらくは接近は可能だろう。
そして、ヤマタノオロチが最優先で狙うのは脅威と目される〈ミストルテイン〉に違いないが、攻撃を仕掛けてくる機動鎧部隊も無視はできないはず。
それは先程の戦闘でヤマタノオロチに傷ひとつ付けられない機動鎧たちのことも丁寧に蹂躙したことから見ても間違いはなさそうだ。おそらく攻撃してくるものは基本的に排除する、という考えなのだろう。
それを前提とし、まずは〈ミストルテイン〉が索敵範囲ギリギリを最大船速で移動して敵の注意を引く。
その間に〈セイバー〉たちはヤマタノオロチに接近、〈ミストルテイン〉は疲弊し回避が厳しくなったタイミングで索敵範囲外に離脱し、〈セイバー〉たちと陽動役を交代する。
また〈セイバー〉たちが 疲弊した頃に体勢を整えた〈ミストルテイン〉が索敵範囲に突入して〈セイバー〉たちと再び陽動役を交代する。
その繰り返しでできるだけ長い時間ヤマタノオロチを足止めする作戦だ。
シオンにも伝えたが、人類軍の力でヤマタノオロチを倒すのが難しいのはアキトも承知している。
最終的には京都の人外たちに押し付けるという策を取るしかないが、少しでも人命を救うためにアキトたちは動く必要がある。
アキトはあえてブリーフィングルームにいたメンバーに対してそれを明言したが、反対意見が出ることはなかった。
この〈ミストルテイン〉はアンノウンや人外との戦闘経験が豊富だ。
それゆえに他の人類軍の人間より正確にヤマタノオロチの強さを感じ取っているのだろう。
作戦が決まればあとはヤマタノオロチが動き出すのを待つしかない。
それまでできるだけ休息を取るように全員に伝えて、アキトもブリーフィングルームを後にした。
特別ようじがあったわけではない。ただなんとなく、無意識のうちにアキトが辿り着いたのはすでに来慣れた格納庫を一望できる通路だった。
そんなアキトの背後から少しテンポの速い足音が近づいてくる。
「アキト!」
「……アンナ、どうかしたか?」
小走りでアキトを追いかけてきた彼女は距離を詰めるとアキトの顔をずっと見つめる。
至近距離からの観察するような目に居心地の悪さを感じていると、最終的に彼女は少し安心したように息を吐き出した。
「思ったよりは大丈夫そうね」
「……お前から見て俺は大丈夫じゃなさそうだったのか?」
もしやブリーフィングルームで他の船員たちにもそんな顔を見せてしまっていたのだろうかと不安になったアキトだったが、アンナは黙って首を横に振る。
「少なくとも作戦会議中はそうは見えなかったわよ。アタシももしかしたらってレベルだったから」
アンナはそんな不確かな直感に従ってこうして追いかけてきた、ということらしい。なんとも彼女らしいことだ。
「ま、冷静に考えれば大丈夫なはずもないんだけどね。……船員全員道連れで死ぬ確率のが高い戦場に行くなんて誰だって気にするでしょ」
「それでも普段通りのフリできたアンタはすごいわ」とアキトの肩をバシバシと叩くアンナ。乱暴な振る舞いにも見えるが、わざわざ追いかけてきた彼女はかなりアキトのことを気にかけてくれているのだろう。
「……艦長になった時点で、いつかはこういう日が来るとは思ってたからな」
「船員のみんなだって、戦艦に乗る以上覚悟くらいはしてるはずよ」
だからあまり気負うなと言いたいのだろう。
それはアキトにもわかっているのだが、気にしないというのはさすがに難しい。
「……自ら死にに行く馬鹿に力は貸せない、か」
アキトが思わず口に出したシオンの言葉にアンナが険しい顔で口を閉ざす。
「アイツらしい言葉だ」
「そうね」
「それに多分、誰の心の底にもある言葉なんだろう」
人類軍の軍人たちの多くは殉職する覚悟ができていると口にするだろう。
しかし心の奥底では死にたくなどないと思っている。それは人間として当然のことだ。
シオンに手を振り払われたとき、それを改めて突きつけられたような心地だった。
「イースタルはどうしてるだろう?」
シオンがブリーフィングルームを去ってからざっと一時間ほどが経過している。
作戦について検討している間は気にかけていられなかったが、こうして落ち着いてみると彼の動向が気になる。
「一応監視カメラの映像とかで確認しておいたけど、自分の部屋にこもってるみたいよ」
「いつの間に……」
「作戦会議の間に手元でちょちょいとね。……あの子変に思い切りよかったりするから、勢いのまま家出とかされると困るし」
確かにただでさえヤマタノオロチへの対応もあるのにシオンに追加の混乱を巻き起こされては困る。
まあシオンの性格を思えば、あえて騒ぎを起こして〈ミストルテイン〉の出撃を阻んでくる、なんてこともありそうなのだが今のところは大人しくしているらしい。
「いざ出撃するとなればアイツはどうするんだろうな?」
「ものすごーく文句と嫌味と皮肉を撒き散らしながらも〈ミストルテイン〉を守ってはくれるんじゃない?」
アンナのあっさりとした答えにアキトは開いた口が塞がらないが、彼女は別に冗談を言っているわけではないらしい。
「確かにああは言ってたけど、結局のところあの子はアタシやギルたちを見殺しになんてできないもの。……それができるなら最初から人類軍に協力なんてしてないわ」
「確かにそうだろうが、それで力を貸させるのは……」
「まあ卑怯よね」
ためらいなく言い切ったアンナは困ったように笑っている。
「ホント、情けないわよね。自分の命を人質にして手伝ってもらわないと陽動ひとつできないなんて」
「…………」
アンナの言葉に対してアキトから言えることはない。
本人が望まないことを卑怯な手段で強要しようとしていることも、それなしではおそらく満足に足止めすらもできないことも、どちらも紛れもない事実なのだ。
「(俺たちは、いつまでアイツを頼り続けるんだろうな)」
あまりに情けなくて虚空を見つめた瞳は偶然にもシオンの乗機である〈アサルト〉を捉え、その異常に気がついた。
アキトの視線の先にある〈アサルト〉は見慣れた細身のシルエットとは対極に位置するようなゴツゴツと大きな姿へと変わってしまっていた。
腕や肩、脚の部分に至るまで全身を黒く無骨なパーツに覆われているのだ。
そのパーツ自体についてはアキトも把握している。
グレイ1討伐作戦よりもさらに前、台湾の基地で受け取った拡張パーツだ。
しかし今問題なのは、どうしてそれが〈アサルト〉に取り付けられているのかということにある。
「クロイワ班長!」
ちょうど見下ろしてすぐの位置にいたゲンゾウにその場から大声で呼びかければ、彼はすぐに反応してこちらを見上げてくれた。
「おう! テメエようやく顔出しやがったな!」
「班長! あの〈アサルト〉はなんなのでしょうか? どうして拡張パーツを?」
どこか不機嫌なゲンゾウに質問を投げかければ「あ゛あ゛?」と凄みのある低い声と共に睨み付けられた。
「何寝ぼけたこと言ってやがる! テメエが取り付けろって指示出したんだろうが!」
怒り混じりの大声で返された答えに、アキトはまったく覚えがない。しかしあの態度からしてゲンゾウが嘘を言っているとも思えない。
「班長! その指示はいつごろされたものですか⁉︎」
「……一時間くらい前だ」
一時間前。身に覚えのないアキトからの指示。そこまでわかればこの状況の裏は読み取れる。
「アンナ!」
「もう呼び出してる! けど出やがらないわあのバカ!」
すでにアキトと同じ結論に至っていたらしいアンナだが、通信端末を片手にイラついた様子を見せるだけで連絡はまだついていないらしい。
その傍らでアキトは普段の通信端末ではなく、あえてマジフォンで連絡を試みることにした。
呼び出し音が一回、二回、三回と続き四回目の半ばで相手が応答した。
「イースタル! お前は今どこにいる⁉︎」
思わず大きな声になってしまった問いかけに対し、数秒ほどの沈黙が訪れる。
「ありゃ、もうバレましたか」
こちらの焦りや憤りなどまるで気にしない様子のシオンは大層のんきな調子だった。




