1章-距離感は難しく-
「……気配、ないなあ……」
アンノウンの出現が確認された二か所目。
それは最も反応が古いと言われていたエリアでもある。
シオンの予想していた通り、アンノウンたちの気配は少しも捉えられない。
それに関しては今回の命令を出してきた人類軍も予想できていたのではないかと思う。
『そもそも、お前はどの程度の距離を感知できるんだ?』
「うーん、センサーとかじゃないですから、距離とかそういう感じじゃないんですよ」
『……どういう意味だ?』
「こう、半径何キロの反応を検知できるとかじゃなくて……音が聞こえる感じに近いかと」
魔力の気配は一定の範囲にあれば感知できるわけではない。
気配が圧倒的に大きければ千キロ離れていようとも感じ取れることもある。逆に気配を限界まで押し殺されていれば対象が隣に立っていようとも感じ取ることはできない。
ひとまずシオンにできる最大限の感知を試みたが、アンノウンの気配は見つけられない。
『本当に反応は見つけられないのですか?』
「アンノウンの反応は全然です。ここから北東の方角に魔力の気配がありますけど……エナジークォーツっぽいですから、発電施設か何かですかね?」
『……確かに、その方角に発電施設がありますね』
疑うような調子だったミスティが一応は納得してくれたらしい。
発電施設の話題を出したことで、デタラメを言っているわけではないと判断してくれたようだ。
まあそれを狙ってわざわざ発電施設の話を出したのだが。
「それで艦長殿。これで終わりにしますか? それとも多少この辺を飛び回りますか?」
『……ここからであれば三か所目もそう遠くはない。索敵を継続しつつ次のポイントまで進もう』
「普通に疲れるやつじゃないですか……」
『わざわざ一度着艦するのも面倒だろ?』
「……イエッサー、指示に従います」
〈アサルト〉を動かせばその時間の長さだけシオンの魔力――もとい体力が消費されるので不本意ではあるが、この程度の命令を嫌がる素振りを見せてマイナスの印象を人類軍に与えるのは得策ではない。
「不本意な内容でも人類軍の命令を尊重する意思がある」という態度を見せておいたほうが多少はプラスに働くことだろう。
そんな打算込みのままアキトの指示の通りに〈アサルト〉を飛ばす。
もちろん周囲に気を配ったまま飛行しているが、残念ながら何も見つかりそうにはない。
「んー、気配はもちろんですけど痕跡すらも見つかりませんね」
『この北米大陸はアンノウンの発生件数が多いはずなんだが?』
現在、世界においてアンノウンの出現は日常的に発生しているわけではあるが、そんな中でも出現数の多い地域と少ない地域というものが存在する。
そして多い地域の筆頭とも言えるのがこの北米大陸で、それは小学校の授業でも習う程度には一般常識とされているほどだ。
そんな土地でまったく痕跡すら見つからないというのは確かに少し妙ではある。
『いないのではなく、お前ですら感知できていないという可能性は?』
「絶対にあり得ないとは言いません。でも可能性は低いですよ」
『それだけ感知には自信があると?』
「自信もわりとありますし、アンノウンの性質上完全に気配を殺すのは難しいんです」
アンノウンたちは真っ当な生物ではなく、その身は魔力によって生成された紛い物だ。
その特性上、どれだけアンノウンが気配を殺したところで魔力で構成された身体の発する魔力の気配までは消すことはできない。
気配を殺すのではなく感知を阻害する術などを使われた場合は話は変わってくるが、そういった術は扱うのにそれなりの訓練を必要とする程度には高度な技術でもある。
実際シオンも安定して扱えるようになるのに一カ月ほどかかった。
突然そんな高度な術を扱えるアンノウンが現れるとは考えにくい。
「そういうわけなんで、意識して感知してる今はまず見逃すことなんてないと思います」
『なるほど……なら、やはりセンサーの感度さえ上げられればお前でなくても反応を追えそうだな』
「そうですね。大して難しいことでもないはずなんで、ぜひともさっさと対応してほしいです」
そして一日でも早くシオンの負担を減らしてほしいところである。
軽口もそこそこに引き続き気配に気を配りつつ移動を続ける。
相変わらずアンノウンの気配はなく、さらに言えばアンノウンを除く人外の気配もない。
「そういえば、この辺りって人の暮らしている場所とかあります?」
『少なくとも三か所目に向かう途中にはないわよ』
ふと思い至ったシオンが尋ねれば、すぐにアンナが答えてくれた。
「そうですか……町でもあればまた話は変わったんですけどね」
『もし町なんてあったらこっちは大騒ぎしてるわよ。実際、反応との距離に関係なく北米の基地はどこも警戒態勢なんだから』
「でしょうね。よくも悪くもアンノウンどもは本能に忠実ですから」
もしもこの近くに少数でも人の暮らす場所があったなら、反応を追いかけるまでもなくアンノウンたちはそこに食いついてくれる。
この見つけられるかもわからない捜索活動なども必要なかったことだろう。
――そんな場所に暮らしている人々や人類軍にとっては最悪もいいところなのだろうが。
『この数日、内陸で出現が頻発したけどまだ被害はどこにも出てない。こちらがアンノウンを見つけられてないのと同じくあちらも人里を見つけられていない――つまり人里から離れた地域にいる、っていうのが上の見解みたいよ』
「……確かにまあ、そういう感じになりますよね」
人類軍側の見解は決しておかしくはない。現時点でわかっている情報から導き出せるものとしてはベストなものだとも思う。
ただ、人里から離れた場所にいると断定してしまって本当によいものだろうか。
「(ま、俺がどうこう言うことでもないけどね)」
人類軍がそのように判断しているのなら、単なる協力者に過ぎないシオンが口を出すのは出過ぎた真似だ。口を出し過ぎて煙たがられてもシオンにメリットは無い。
「さて、そんなこんなで三か所目に着いたみたいですけど……ここからどうしますか? 艦長殿」
『変わらず反応はなし、というわけか……わかった、帰艦してくれ』
「いいんですか? 俺としては楽できて嬉しいですけど、この際多少見回りくらいしますよ?」
『いや、いい。ここは最も人里から離れているからな。ここで時間を使うくらいなら四か所目へ向かうことを優先したほうがいい』
アキトの判断に納得しつつ、シオンは了解の返事を返してから機体を艦へと向ける。
『それとも、何か気になることでもあるか?』
当然のように意見を求めるような問いをしてくるアキトに、シオンは少しだけ驚いてしまう。
つい先程、出しゃばって余計な口は出すまいと思ったばかりだったのでタイミングがよすぎたというのもある。
「……いえ、特にはないですよ」
『ならいい。ただ、こちらはアンノウンに関する知識が少ないからな。気になることがあれば随時報告するように頼む』
「了解です」
通信を終えて無言で〈ミストルテイン〉を目指す中、シオンはなんともむず痒い感覚を覚えていた。
「完全に信用はされてない……はずなんだけどな」
思うに、人類軍がシオンに求めているのはアンノウンや人外に対する戦力であることと、質問に答えてくれる情報源であることだ。
逆に言えば、それ以外は一切求められていない。
特に、完全に信用することなどできないシオンからの意見や干渉などは一番望まれていないはず。
実際、今回急に舞い込んできた捜索任務もかなり一方的なものだったので、その認識はおそらく間違いではないだろう。
そんな状況下でアキトが当然のように意見がないか確認してきたことは純粋に驚きであるし、少し居心地が悪い。
「(ビジネスライクに相手するつもりなんだけどな……)」
人類軍がこちらを信用していないのと同じく、シオンもまた人類軍を味方とは思っていない。
自分にとって不利益のない範囲で求められたことに応じ、当たり障りなく淡々と人類軍の相手をするつもりだった。
そんな中、アンナ以外にシオン・イースタルという個人を尊重するような対応をしてくる人間がいたのは少しばかり予想外だった。
それ自体は、人としてとても素晴らしいことなのだろうと思う。
だからこそシオンはやり辛さを感じずにはいられないのだ。




