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【完結済】機鋼の御伽噺-月下奇譚-  作者: 彼方
序章 はじまりは災いと共に
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序章-始まりの日-②

アンノウンの姿が露わになった瞬間に誰かがあげた悲鳴を皮切りに、一帯は一気に混乱に陥った。

とにかくアンノウンから距離を置こうと逃げ始める人々。その波に乗るようにシオンはナツミの手を引きながら走る。

幸い、亀裂が小さすぎるためかアンノウンはすぐに出てくる様子はない。すぐさま死人が出るようなことはないだろう。


「(うまくいけば防衛部隊が間に合うか?)」


アンノウンは一般的な獣――オオカミやクマといった猛獣と同程度のサイズのものから十メートルを超える巨大なものまで幅広く存在する。幸い、先程亀裂から出てこようとしていた個体はせいぜい二、三メートルの大きさ。あの程度のサイズであれば、十分な武器さえあれば歩兵でも対処できるはず。

その考えを裏付けるように装甲に覆われた一台の軍用車両がシオンたちとすれ違うように亀裂の方へと向かって行った。

予想以上に早い防衛部隊の動きを確認して、やや後ろを走るナツミが安心したように息を吐いたのがわかった。シオン自身も気が緩み、一度その場で足を止める。


直後、軍用車両は突如として横転した。


大きく安定した四輪走行の車両はそう簡単に横転などしない。だが、突如真横から三メートル以上はあろうアンノウンに体当たりされたならば話は別だ。

そしてそれを実行したアンノウンは倒れた車両にのしかかり、鋭い爪でその装甲を引き裂かんとしている。


「なん、で……だってまだ……」


か細く震えた声で呟くナツミの声を聞きながら考える。

シオンたちが見た亀裂。それはまだアンノウンが通れるほど大きくはなく、実際一体のアンノウンがそこをこじ開けようとしているのが見えている。だとすれば、目の前で車両を横転させた個体はどこから現れたのか。

残念なことに答えはひとつしかない。

神経を研ぎ澄ませて周囲に気を配れば、その予想が事実であることもシオンにはわかってしまう。


それを言葉にするよりも先にナツミの腕を引いて無理やり走り出した。強引なシオンに驚いたような声をあげたナツミに、振り向くことなく自身が行き着いた答えを告げる。


「亀裂はあれひとつじゃない。……最悪なことに島のあちこちに出てる」

「そんな! じゃあ……」


振り返ってナツミの表情を確認している余裕はない。しかしその声を聞くだけでも彼女の顔面が色を失っていることは十分に予想できた。

シオンの感じ取った通りに島に複数の亀裂が生じ、先程車両を倒した三メートル程度のアンノウンがその亀裂から現れたのだとすれば、すでに複数のアンノウンが島を闊歩し始めていると考えるのが妥当だろう。

一度亀裂が生じてしまえば、そこから複数のアンノウンが現れる可能性が高い。

だとすれば仮に亀裂がシオンたちの見たものともうひとつだけだったとしても、すでに複数のアンノウンが好き勝手徘徊しているということになる。

訓練を受けていない民間人はもちろん、拳銃のひとつも持ち合わせていないシオンとナツミも遭遇した時点でほぼ確実に殺されるだろう。


「とにかく走れ! この状況ならシェルターの入り口も開いてるはず!」


人工島はアンノウンの出現が確認されるようになった以降に作られた。そのため襲撃を想定した避難用シェルターが整備されており、その入り口は各所に用意されている。そこに逃げ込むことができればひとまずは安全なはずだ。


「(間に合えよ……なんとかしてシェルターに逃げこまないと)」


この状況ではシェルターへの入り口自体いつまで開放されているかわからない。せっかく入り口に到着できても閉じられていては無意味だ。なんとしてもそれより先にそこに逃げ込まなければならない。


「ぎゃあああああああっ」


シェルターへの入り口を探して走る中、突如として男性のものらしき叫び声が周囲に響く。声の聞こえた方へ反射的に目を向ければ、オオカミのような姿をしたアンノウン、そしてその口にくわえられた男性の姿があった。

叫びをあげたまま助けを求めている男性。その身体にはすでに牙が突き立てられているのかアンノウンの口からは彼のものと思しき血が滴っている。

そんな男性とシオンの目が合った。それと同時にすがるようにこちらへと手が伸ばされるのもシオンには見えていた。

それでも、シオンはすぐに目をそらし、前へ走ることに集中する。


「シオン! あの人!」

「無理だ。諦めろ」


シオンが彼と目が合ったと感じた時点で一緒にいたナツミも同じように感じたのはわかりきっている。そして、彼女がそれを見過ごせないことも。だが、シオンは彼女の言葉を無視し、そのまま走る。


「シオン!」

「助けようとしたら、お前も死ぬ」


ナツミの言葉を遮るようにはっきりと告げた。恐怖を煽るような言葉を使ったのはわざとだ。死の可能性を突きつけて無理やり黙らせる。いくらこれから正式に軍人になるとはいえ、十代の少女には十分な威力のある言葉だろう。

ろくな武器を持たないシオンとナツミでは男性を助けることはできない。しかもどちらにしろ、あの男性は助からない。アンノウンの牙があそこまで深く突き立てられている時点で仮にあの場を逃げ延びようとも、そう時間を待たずに失血死するだろう。そんな人間を助け出すためにシオンは自身やナツミの身を危険に晒すつもりはない。


それを非情とは思わない――そう告げればきっと今手を引いている彼女もその兄や同期の彼らも批判はせずとも渋い顔をするだろうが、それでもシオンはこの選択を間違いだとは思わない。




「……あった!」


あれから走り続けることしばらく、シェルターへの入り口が遠目に見えた。

この辺りでは一度アンノウンとの戦闘が行われてしまったのか血の跡や破壊された車両や建物などが見られるが、幸いまだ扉は開いている。よく見れば間もなく自動で閉鎖されるらしくタイマーの表示と警告音が響いているようだが、真っ直ぐに向かえばふたりそろって避難可能な程度にはまだ余裕がある。

だが、そう簡単にはいかないらしい。


「……来てる」

「何が……って⁉」


走るふたりのやや後方、一体のアンノウンが走ってこちらに向かってきている。このままではシェルターに逃げ込む前に追いつかれてしまうだろう。


「(何か使えそうなものは……!)」


進行方向に視線を巡らせると、あるものがいくつか地面に転がっているのを見つけた。近くにそれらを収納していたと思われるケースも散乱している。恐らくは戦闘のどさくさで周囲にばらまかれてしまったのだろう。

信じてもいない天の助けに感謝しつつナツミに声をかけた。


「ミツルギ妹! お前はシェルターに!」

「もちろん行くけど、その前に追いつかれちゃう!」

「追いつかれないようにしてやるから行けってこと!」


半ば叫ぶように伝えつつ、今まで掴みっぱなしであった彼女の手を離すと同時に飛びかかるようにして地面に転がっているもの――大型のマシンガンを掴んだ。

そのまま前転する要領で立ち上がり、振り向くと同時にアンノウンの方へと弾丸を乱射する。相手の身体は大きくこの程度では決定打にはならないが、歩兵用とはいえ対アンノウン戦を想定して作られたマシンガンだ。怯ませるのに十分な威力はある。


「ほら、さっさと行く! お前が逃げ込めないと俺も逃げらんないんだからさ!」


立ち止まりかけたナツミを追い立てるように叫ぶ。それでもわずかにためらう素振りを見せたナツミだったが、後半の言葉が効いたのかシェルターの入口へと走り出した。

最初に拾ったマシンガンの弾薬が尽きればすぐさま別のマシンガン、あるいは別の種類の銃器を拾っては使い捨てる。バズーカのひとつでも落ちていれば牽制ではなく仕留めることもできたかもしれないが、そこまで都合よくはいかないようだ。

しかし時間稼ぎは十分にできた。


「シオン! 早く!」


無事にシェルターの入り口にたどり着いたナツミが呼ぶ声が聞こえる。

入り口横のカウントダウンもまだ続いており、シオンが逃げ込むだけの時間はまだ残されていそうだ。

マシンガンで弾丸をばらまきながら近くに落ちていたグレネードをひとつ拾い上げ、投げる。それと同時にシオンは背を向けて走り出した。

背後でグレネードの爆発が起こるが、それに目を向けている時間はない。ひたすらに入り口を目指して走る。


「(シェルターにさえ入れれば、とりあえずは安全なはず!)」


少なくとも小型のアンノウンではどれほど数がいてもシェルターの壁を破ることはできない。中型のものが現れたとしてもそう簡単には破られることはないはずだ。入り口には強制閉鎖用のスイッチもあるはずなので、逃げ込むと共に入り口を閉じてしまえば後ろのアンノウンからは逃れられる。


安全圏に避難するまであとほんの数メートル、そう安堵しかけた時だった。


感じ取った嫌な感覚は、シオンの位置からやや上方。すぐそこのビルの上に、何かがいる。

その感覚を裏付けるように、すぐさまビルの上部が轟音と共に崩れ、瓦礫が降り注いだ。事前に予見できていたとはいえかなりギリギリのタイミングでアスファルトの上を無理に転がるようにして難を逃れる。無理な動きに身体の各部に痛みが走るがそれどころではない。

顔を上げれば、目の前には瓦礫の山による壁ができあがっている。

シェルターとシオンを分かつように降り注いだ瓦礫によって、シオンの避難は最早叶わない。ちょうどカウントダウンが終わったのか入り口が地面に格納されていくのが瓦礫の隙間から見える。ナツミが叫ぶように自身を呼ぶ声も、入り口が完全に閉じるのと同時に聞こえなくなった。

少なくとも彼女だけは無事に避難できた。それだけでも幸運だったと思うしかない。


「……それで、俺はどうしたもんかね」


後方には先程まで相手をしていたアンノウン――グレネードのおかげか顔の半分が焼けただれているが、まだ生きているしシオンを殺すくらい容易いだろう。

そして前方にもアンノウンが一体――先程シオンが感知したビルの上にいた個体。困ったことにわざわざ瓦礫と共に降りてきたらしい。

シオンは前後からアンノウンに挟まれているというわけだ。


「(……これは、さすがに出し惜しみはできないか)」


シオンはこの十数年の人生において、生まれ持った体質のせいで何度か厄介なモノ(・・・・・)に遭遇してきた。自身の体質が引き寄せたそれらのトラブルを経て、この手の脅威から自分の身を守る術は心得ている。

それはこの時代、この世界(・・・・)において決して人に見られてはならない力。しかし幸いにも今それを目にする人間はここには居ない。この状況ならばシオンは力を振るうことができる。


呼吸を整え、意識を集中する。そうすればシオンの掌の内がわずかに光った。

前方にいるアンノウンにはまだ動きはない。しかし後方の個体がわずかに四肢に力を入れた気配をシオンは見逃さなかった。今にも飛びかからんとする後方の個体を迎え撃とうとシオンは素早く振り返る。


次の瞬間、ガウンッというやけに重たい音が響くと共に、後方にいたアンノウンの頭が爆ぜた。


突然の事態に呆気にとられるシオンを尻目に、今度は前方にいたアンノウンが正面から顔面にパンチを受けたかのように真後ろに倒れた。

未だ状況を飲み込めないシオンの耳に次に届いたのは激しいエンジンの音。それから滑るようにその場に突っ込んできた一台の大型バイクがシオンのそばに止まった。


「無事ね⁉ ったくアンタはなんでまだ避難してないのよ!」

「アンナ教官⁉」


シオンを助けた救世主はつい一時間ほど前に別れたばかりのアンナだった。その証拠に彼女は大型の対戦車ライフルを携えている。こんなものを頭部にもらってしまえば小型アンノウンではひとたまりもないだろう。

助けられたかと思えば説教の構えである彼女がここにいる状況がまったく飲み込めないシオンだったが、アンナに促されとりあえず使えそうな武器を軽く回収してからバイクの後ろに乗り込む。

それを確認したアンナは慣れた手つきでバイクを操作し、すぐさまその場から走り出した。


「で! これはどういう状況ですか⁉」

「今、この人工島はアンノウンだらけ! あんまり突然だったもんだから防衛部隊もほとんど機能してないわ! 一回は防衛部隊の本部にも行ったんだけど指示系統もクソもない状態みたいだから、バイクと武器を拝借して独断で救助活動中!」


エンジンの轟音に負けないように大声で問えば同じく大声で返される。そんなアンナの返答を聞いてシオンは呆れつつも納得した。

一度防衛部隊の本部まで逃げ込んだのであれば、わざわざそこから出てこずに上からの指示を待ってよかっただろうし、軍人としてはある意味それが最善だ。

しかし彼女は動いた。指示系統が混乱していて機能していない状況をいち早く理解し、上は役に立たないと迅速に判断して動き出したのだ。


その理由は非常にシンプルで、ひとりでも多くを救うため、だ。


恐らく軍人としては褒められたことではないのだろうけれど、彼女のそういったところをシオンは知っているし、そんな彼女だからこそ好ましく思っている。


「それで! この後はどうするつもりで⁉」

「本音を言えば逃げ遅れた人を探して回りたいけど、これ以上リスクを冒し続けるのは微妙!」

「……そのリスクに俺の安全が含まれてるなら、それは無視して結構ですよ!」

「いいの⁉ かなり危ないわよ⁉」

「本音を言えばとっとと避難したいところではありますけど、この際付き合います!」


アンナにとってシオンは救助した人間。つまりは迅速に安全な場所に逃がす必要がある対象だ。そんなシオンを連れ回しながら救助活動は行えない、と彼女なら考えるだろう。シオンも余計なリスクは御免なのでそうしてほしい気持ちはある。

しかしそれ以上に、アンナの人を助けようという純粋な善意の邪魔はしたくはない。


「ホント、アンタ相手だと話が早くて助かるわ!」

「それでどうします⁉ 人助けツアーにならお付き合いしますけど!」

「オーケー。ちょっとだけ付き合いなさい!」


すでに各所のシェルターは閉じてしまっているはずなので、安全圏に離脱しようと思えば中央――防衛部隊の基地やこの人工島の中央管理施設に逃げ込まなければならない。

足が大型のバイクということで、乗せられてあとひとり、子供ならあとふたりが限界だ。三〇分の探索、もしくはひとりの要救助者を発見した段階で離脱する。

アンナの判断した今できる最大限の救助活動にシオンも異論はなかった。




探索を開始して十五分。アンノウンにも生きた人間にも遭遇することはできずにいる。

生きた人間は全員避難できたと見るべきか、避難が間に合わなかった人間は全て死んでいると見るべきか。どちらにしろそれなりの数の死体は目にすることとなった。


「やけに静かね……アンノウンも含めてこの一帯には誰もいないのかしら?」


つい少し前までは人々の悲鳴や銃声、爆発音やアンノウンのものを思われる鳴き声などが溢れていた。しかし今はバイクのエンジン音以外に音らしい音はない。

先程まで移動していた商業地区などから外れ倉庫や研究施設などが集まる工業地区に差しかかっていることを考えればそもそもの人気がなくなるのは自然だが、それにしてもアンナの言う通り、人はもちろんアンノウンすらいないのではないかと思える。


しかし、シオンにとっては違った。確かにこの一帯に音はない。静寂そのもので何もいないように感じられる――だが、違う。

間違いなく、脅威はこの一帯に存在している。

潜められたケダモノたちの気配。研ぎ澄ませた感覚の中でシオンはそれを捉えた。


「教官! 右から来ます!」


主語も何もない警告に、それでもアンナは即座に反応してハンドルを左にきった。そして間髪を入れず物陰から現れたアンノウンがアスファルトに爪を立てる。

一瞬遅ければ、という背筋の凍るような考えを無理やり頭から追い出しつつ、身体を捻ってアンナが予備として持ってきていた大経口のライフルを、やや後方のアンノウンの頭部に叩き込んだ。


「あっぶないわね!」

「次、左から来ます!」


叫ぶアンナに返答代わりの次の警告を放ち、次は右へと移動するバイク。今度は左方向から飛びかかってきたアンノウンを迎え撃つように弾丸を正面から叩き込んでやる。


「ラストは……上⁉」


感じた気配に慌てて上を見上げれば、翼を広げた鳥のような姿のアンノウンがこちらへ急降下してきている。


「教官! 上、上!」

「上とか言われても、バイクは右か左にしか避けらんないわよ!」

「そりゃそうですね‼」


やけくそ気味に叫びつつバイクのボディを両側面から強く両足で挟み込む。そのまま後ろに倒れるようにして上空を正面に捉え、発砲。

数発の弾丸を叩き込めば翼を広げたアンノウンはバイクの右側へと落ちた。

直接攻撃を受ける事態こそ回避したもののアンノウンがすぐそばに落ちてきた衝撃でバイクのバランスが一気に崩れ、そのせいでシオンとアンナを乗せたバイクは横転してしまった。

かなり無茶な姿勢のままで横転したせいで地面を盛大にバウンドしながら転げまわることになったが、幸い大きなケガをするには至らず済んだ。アスファルトに投げ出された都合、軽い打ち身などはあるものの、許容範囲内だ。

同じく横転したアンナも器用に受け身をとったのかピンピンしており、シオンがまだ地面に這いつくばっているにも関わらず、すでに起き上がってバイクから使えそうな装備を回収している。


「シオン、無事?」

「ええまあ。教官については聞くまでもないですかね」

「バイクは昔から乗り回してるし、アンタとはくぐってきた修羅場の数が違うわよ」


たくましすぎるアンナの返答に乾いた笑いを漏らしつつ、アンナの装備回収を手伝う。いくらかは破損してしまっているが、火器類は充分な数が使えそうだ


「足がなくなりましたけど、どうします?」

「……ここまで来て誰も見つからなかった以上、もう救助すべき人間はいないでしょうね。さっさと撤収しましょう」


シオンもアンナの結論に同意し、さっそく移動しようと武器を持ち直した――その時だった。

最初の亀裂の発生から幾度となく感じてきたアンノウンの接近を知らせる悪寒。それが、かつてない強さでシオンを襲った。その事実が示す結論は、シオンが想定する中で最悪の部類。今、最も遭遇したくない類の脅威の出現だ。

迷わずアンナの腕を掴むとシオンはすぐに走り出す。感知した気配から少しでも距離を取るために。


「ちょっとシオン! いきなりなに⁉」

「ここにいたら死にます!」

「死ぬって……なんでそんな話になるの!」


シオンと違って予兆を感じ取ることなどできないアンナの戸惑いは当然で、それでも今のシオンにそれを説明する余裕などない。


「バケモノが新しく出てきます。……サイズは恐らく五メートル以上の中型」


息をのんだアンナの表情をわざわざ確認する必要はない。


「これ以上は機動鎧(アークメイル)なしじゃ対処できない。逃げるが勝ちです!」


叫ぶように告げたシオンとそれに手を引かれるアンナ。そんなふたりは突如として影に覆われる。一瞬、アンノウンかと警戒したシオンだがその気配はない。

すぐさま目で影の正体を探せば、空中に巨大な人影があった。

カーキ色の装甲に覆われた全長七メートル程度の人型機械兵器――機動鎧(アークメイル)。汎用的でシンプルなシルエットと単眼のメインカメラが特徴の量産機〈ナイトメイルⅡ〉が二機。飛行ユニットで上空からここに降りてこようとしている。


「運はアタシたちの味方みたいね。ビックリするくらいベストタイミングだわ!」


ちょうど話題となっていた機動鎧の到着。その事実にアンナは安堵したように軽口を叩いた。確かにタイミングのよい登場であるということにはシオンも賛成だ。


しかし、これで脅威がなくなったわけではない。


降下してくる〈ナイトメイルⅡ〉から視線を外し、シオンは変わらずアンナの手を引いて走る。その動きを予想していなかったであろうアンナの足が多少もつれたようだったが気にする余裕はない。

アンナが静止を促すように自身の名を呼ぶが、シオンは立ち止まれない。シオンの感じた気配が正しいのだとすれば、二機では少なすぎる(・・・・・)


地上に降り立った二機の〈ナイトメイルⅡ〉から五十メートルは離れたであろうタイミングでシオンは建物と建物の間の道に入り込んだ。細い路地なので、幅はせいぜい二メートルしかない。

アンナを引っ張るようにして自身よりも路地の奥へと誘導してから、覗き込むように大通りに立つ二機の様子を確認する。


「シオン、さすがに説明しなさいよ……援軍が来たのになんでまだ逃げるの」


不満気に問いかけてくるアンナに対し、手の動きで静かにするように指示を出す。不信感を露わにしつつもシオンの指示を聞き入れてくれたアンナはシオンに倣うように大通りを覗き込んだ。

ちょうどその時、大通りの先、シオンたちから見れば百メートル程度離れた地点に、中型アンノウンは現れた。

数は二体。姿形はシオンたちが先程まで相手にしていた獣に近い。ただサイズはその二倍以上はある。距離が遠いため正確にはわからないが両方の個体が五メートルは確実に超えているだろう。

その内の一体が一機の〈ナイトメイルⅡ〉に襲いかかろうと迫る。対する〈ナイトメイルⅡ〉はその手に持っていたサブマシンガンで危なげなくそれを迎撃した。その手際はよく訓練された無駄のない動きだった。〈ナイトメイルⅡ〉は続いて残る個体を撃ち殺そうとサブマシンガンを構え直す。

しかし、その機体は突如真横から(・・・・)襲いかかってきた別のアンノウンによってあっさりと押し倒されてしまった。

残る一機が押し倒された機体を助けようとのしかかるアンノウンに銃口を向けるが、味方を撃つ危険からかすぐに発砲することができない。その隙を突くかのように大通りの先から走り寄ってきた個体が襲いかかる。押し倒された機体がサブマシンガンを発砲するが、腕を抑えられてしまっているからか無意味に弾丸をまき散らすばかりで命中はしない。そして――


「「「オオオオオオォォォォッ」」」


〈ナイトメイルⅡ〉二機を襲う二体のアンノウンのものではない、重なった咆哮。

いつの間にか集まってきた新たな三体のアンノウンがそれぞれ地面に倒されている〈ナイトメイルⅡ〉に群がる。


周囲に響くのは金属がひしゃげる音と引きはがされたと思しき装甲が地面に転がる音。そしてむき出しになったらしいコクピットから響くパイロットの悲鳴を最後に、その場は静寂に包まれた。


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