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【完結済】機鋼の御伽噺-月下奇譚-  作者: 彼方
4章 神の名を冠するものたち
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4章-衝突-


――中国地方に出現した大型アンノウンに対するあらゆる攻撃行動を一時禁止。上層部で対応を検討する間、日本支部の人類軍は民間人の避難を最優先とせよ。


戦艦三〇隻による総攻撃が失敗に終わってすぐ、上層部から日本にいる全人類軍に対してそう通達された。


あくまで“攻撃行動を一時禁止”としているあたりシオンの示した案を受け入れたわけではないようだが、上層部がヤマタノオロチへの有効な対抗策を出せないまま時間が経過すれば、嫌でもシオンの案の通りになってしまいかねない。


確かにヤマタノオロチを倒すという観点で言えば京都に隠れ住む人外にぶつけてしまうというのは決して悪い手ではない。

実際あれだけの戦力を投じておいてあの結果だったのだ。人類軍が真正面から挑むよりはアンノウンや神に関する知識を多く持つ人外のほうがより効率的に戦うことができるだろう。


上層部や基地の責任者も危惧していたようにそれは“人類軍が人外に劣る”と宣言するような行為であるのは確かだが、少なくともアキトはそれだけのために無意味に人命を散らすべきではないと思う。


しかし、


「イースタル。本当にお前が先程出した案以外の方法はないのか?」

「……あれ見てまだそういうこと言いますか」


未だブリーフィングルームで主要メンバーが待機している中シオンに問い掛ければ、シオンは呆れたとでも言いたげに嫌そうな顔を見せてきた。

それを承知の上でアキトは続ける。


「京都の人外にぶつけるという案はともかくとして、それまでに出る被害が大きくなりすぎる」


すでに民間人の避難は開始されているが、そもそもそれが無茶なのだ。複数の県の住民全員を避難させるなどすぐにできることではない。最低でも数日はかかる。

先程攻撃を受けてひとしきり暴れたヤマタノオロチは幸いにも再び沈黙を守っているが、それが動き出すまでどれだけの時間があるかわかったものではない。

避難の完了まで待ってくれる保証などなく、早ければ早いほど多くの人間がぎせいになるだろう。


仮に、幸運にもヤマタノオロチが数日にわたって沈黙を守って住民の避難が間に合ったとしても、京都への道すがらどれだけ都市を破壊するかわからない。


人命にしても都市にしても、シオンの提示した案では大きな被害を避けられない。


「そんなのわかってますよ」


アキトの言葉を受けてシオンは鼻で笑った。何を当たり前のことを言っているんだと言わんばかりの態度にアキトの表情は思わず厳しくなる。


「あれだけのものが出てきて無傷で終われるわけがないんですよ。俺が出したのはどうしたって出る被害を少しでもマシにするための案です」

「民間人の被害もやむを得ないと?」

「……出さずに済むならそれに越したことはないですけどね」


わかりやすく不愉快そうに顔を歪めるシオンに普段の飄々とした雰囲気はない。

思えばヤマタノオロチの話をしだした時点からずっとそうだった。


今回の敵はシオンにとってもそれだけ危険な相手だということなのだろう。


しかしそれでも、やはりアキトはシオンの案に賛同することはできない。


「もしも住民避難が完了していない時点でヤマタノオロチが動き出した場合、〈ミストルテイン〉はやつへの攻撃を仕掛ける」

「バカ言わないでください。索敵範囲に入った瞬間ビームの嵐浴びせられるだけですよ」

「それならそれで好都合だ」


最初からアキトが考えているのはヤマタノオロチの足止めだ。

遠くの〈ミストルテイン〉に反応してこちらを狙ってくれるというのなら、その間は周囲の民間人や都市への攻撃を止められる。索敵範囲のギリギリを行き来しつつ徹底的に回避に注力して攻撃を引き受け続けるという手も使えるかもしれない。

上層部もヤマタノオロチが動き出してしまったとなれば攻撃禁止などと言っていられないだろう。


「……正気ですか? 一発でも当たればアウトなんですよ?」

「だとしても、守るべき民間人を見殺しにしていい理由にはならない。ひとりでも多くを守るためにできることをする義務が俺たちにはある」

「自分たちが死ぬことになっても、ですか?」

「ああ、そうだ」


アキトの答えにシオンの瞳の中で何かが燃えた。

それは決して穏やかなものではない。怒りや悲しみのようなシンプルな言葉では片付けられない複雑な激情なのだと、アキトには感じられた。


「イースタル、これがお前の望んでいることじゃないのはわかってる。だが、お前の力も貸してほしい」


シオンが協力してくれるか否かでアキトは行動の方針を変えるつもりはない。

しかし協力の有無は〈ミストルテイン〉がヤマタノオロチに立ち向かう上で重要な要素になる。


できることならばアキトはシオンに力を貸してほしい。彼がいれば確実に守ることができるものが増えるだろう。


そう願って握手を求めるように差し出した手は、強い力で振り払われた。


手と手のぶつかる音は静かなブリーフィングルームにやけに響き、誰もがアキトとシオンを見つめる。

周囲の視線が集まる中心でシオンはアキトを睨みつける。


「論外です。俺は〈ミストルテイン〉があれに立ち向かうことを認めない。……自ら死にに行く馬鹿な人たちに手を貸すつもりもない」

「俺たちが動かなければ他の民間人が死ぬんだぞ」

「だから代わりにこの船の人間が死ぬと? お綺麗な(・・・・)なことで」


嫌味たらしくそう口にしたシオンはアキトに背を向けてブリーフィングルームのドアへと向かっていく。


「イースタル!」

「俺は名前も知らない誰かのために命張れるほどいい人じゃないんです。よく覚えておいてください」


アキトの制止も聞かないまま、シオンはブリーフィングルームを去った。

その背中はこれまでになくアキトを拒絶していて、追いかけても無駄なのだと嫌でも理解させられてしまう。


「……艦長」

「大丈夫だミスティ。イースタルがいなくとも俺たちがすべきことは変わらない」


ひとりでも多くの命を守ること。

それが人類軍として戦うアキトたちがなすべきことなのだから。


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