4章-神話に名を刻むもの①-
突如として謎の攻撃に晒された〈ミストルテイン〉は近くの人類軍基地へと避難していた。
〈ミストルテイン〉はアキトの機転とシオンによる防御のおかげでダメージこそなく航行は可能だったが、元の目的地を目指せば同じように攻撃に晒される危険がある。
しかし無意味にその辺りをうろうろするわけにもいかず、関西地方のとある人類軍基地に急遽受け入れてもらったのだ。
「――それで? あれは結局なんだったのかしら?」
ブリーフィングルームに主要メンバーを集めてすぐにアンナがシオンに疑問を投げかければシオンは珍しく深刻な顔だった。
「別にそんなに特別なものじゃありません。アンノウンがよく口とかから出すビームです」
「そんな雑な……」
「あえて付け足すなら、規格外のアンノウンによる基地ひとつくらいならあっさり消し飛ぶ大量破壊兵器級のビーム、ですかね」
「そんな軽いノリで説明するべきものじゃないっていうのは間違いなさそうね」
口調こそ普段とそう変わらないアンナだが注意深く見ればわずかに顔色を悪くしている。
当たり前だ。たった一時間と少し前にアキトたちはまさにその攻撃に襲われたのだから。
シオンの言葉が決して大袈裟なものではないのも実際にあれに晒されたときのことを思い出せば納得できる。
あのとき、アキトたちが死んでいたとしても何もおかしくはなかったのだ。
「……まあいい。それで、俺たちが突然、中国地方にいるアンノウンに狙われたのは何故だ?」
無事に攻撃から逃げおおせたあと確認したところ、アキトたちが受けた攻撃は間違いなく遠い中国地方にいるはずの今回の討伐目標のアンノウンからのものだった。
しかし、現地で動くことなく沈黙を守っていたアンノウンが突然遥か遠くの〈ミストルテイン〉を狙ったのか。
そのアンノウンの近くの基地に戦力が集まりつつある中、攻撃すべき人類軍などもっと近い距離に他にいくらでもいたはずなのだ。
それらを全てスルーして〈ミストルテイン〉だけを攻撃した原因が少なくともアキトにはわからない。
「その前に、少しでもいいんで目標のアンノウンとやらの情報ないんですか?」「つい十分ほど前に届いたデータがあります」
「じゃあまずそれ見せてもらえます? ……見れば質問の答えも出せると思いますから」
シオンの言葉を受け、ミスティは「どうすればいいですか?」と言わんばかりの目でアキトを見た。
対するアキトは無言で頷いて先を促す。
「モニターに出します」
ミスティの操作でいくつかの情報がモニターに表示される。
情報自体は決して多くはない。
映像データが少しと大まかなサイズ、アンノウン反応などから予測された体内のエネルギー総量などの数値データ。
普通の作戦であれば不十分としか言えないレベルだが、ほとんど動きのないアンノウンから得られるものとしては限界だろう。
だがおそらく、このブリーフィングルームにいる人間のほとんどは辛うじて集められたデータにまで意識を向けられていないことだろう。
全員の視線が映像データに釘付けであるのはすぐにわかる。アキトだってそうだ。
全身を黒い鱗で覆われた八つ首のバケモノ。
機動鎧のパイロットだった頃から今日までそれなりに多くのアンノウンを見てきたアキトだが、これほど異形らしい異形の姿をしたアンノウンを目にしたことは初めてかもしれない。
そんなアンノウンを前に誰もが数値など気にしている余裕を失っているのだ。
そんな張り詰めた空気の中で、シオンはただひとり射抜くように映像を睨みつけている。
「……イースタル。何かわかったか?」
この空気を少しでも変えられればとアキトは意識して冷静にシオンへと尋ねた。
アキトの冷静さに引かれるように言葉を失っていた他の面々もシオンへと視線を動かす。
ブリーフィングルーム内にいる全ての人間の視線を集めるシオンは、真っ直ぐにアキトを見つめつつ口を開いた。
「まず〈ミストルテイン〉が狙われたのは、脅威であると思われたからだと思います」
「先手を打たれたと?」
「そうですね」
「待ってください! 脅威というなら近くに集結しつつある戦力のほうが狙われるはずでは?」
ミスティが割って入ってくるが、シオンは普段のように茶化すでもなく冷静だった。
「基準が違います。強いとか弱いとかそういうのは魔力で判断しますから」
「……では、貴方が脅威だと判断されたということですか?」
魔力で判断するというなら魔力を持つものがいることで脅威と判断されたと考えるのが妥当だ。そこにはアキトも異論はない。
しかしシオンは軽く首を振った。
「これでも普段は魔力の気配を抑えてるんです。実際、ブリッジのセンサー類が俺に反応したことってないでしょ?」
アンノウンの反応は一種の魔力であり、グレイ1の反応も終えたことから普通の人外の魔力も探知できることは実証されている。
しかしシオンの言う通り彼の魔力の反応がブリッジで検知されたことはこれまでなかったはずだ。
そしてすぐ近くにあったセンサーにも探知できないような魔力を遠方のアンノウンが感知できるのかと言われれば疑問は残る。
「多分ですけど、〈ミストルテイン〉のECドライブに原因があります」
〈ミストルテイン〉のECドライブには戦艦を一隻動かせるほどの力を持つエナジークォーツ、あるいはそれに近いものが使用されている。
索敵の邪魔をしないように〈ミストルテイン〉のセンサー類はその反応を判別し表示しないように調整されているので、ブリッジのセンサーで大きさを測ることはできないが、それが目標のアンノウンに気づかれた可能性は十分にあるだろう。
「(となると〈ミストルテイン〉で接近するのは難しいか……?)」
シオンのように反応を隠すなどという真似ができるわけもないので、〈ミストルテイン〉が航行すればどうしても反応は出る。
あのタイミングで攻撃を受けたのは、反応を垂れ流している〈ミストルテイン〉がアンノウン側の索敵範囲に入ってしまったからなのだろう。
「……イースタル。例えばお前の魔法でこちらの反応を隠すことはできるか?」
シオン自身の魔力は何らかの方法で気配を抑えているということだったが、それが〈ミストルテイン〉にも使用できるのならなんとかなるかもしれない。
しかし、シオンからアキトに対する答えはない。
普段であれば、できるならできる、できないならできないと即答するはずのシオンの珍しい反応に困惑していると、シオンはしばらく考え込んでから告げた。
「できますが、する気はありません」
「……どういう意味だ?」
突然出てきた非協力的な態度に思わず声が少し低くなった。
これが対人外の戦いであればアキトとて冷静に話を聞くだろう。しかしこれはアンノウンとの戦いのはずだ。
倒すべき敵であると断言していたはずのアンノウンの討伐に、何故シオンが後ろ向きになるのか。
「余計な問答したくないので結論だけはっきりと言いますが、人類軍に今回のアンノウンは倒せません」
淡々と、シオンは告げる。
その言葉に、考えに一切の迷いはないと言わんばかりに真っ直ぐな瞳でアキトを見上げている。
「あのアンノウンの名は、“ヤマタノオロチ”。……日本神話に語られる、オボロ様なんて目じゃないくらいに強く危険な神様ですよ」




