4章-阻まれる道-
中国地方に出現した未知の大型アンノウン。
その知らせはすぐさま日本国内にある全ての人類軍支部へと届けられた。
観測所の観測機器がエラーを起こすほどの強大な反応と過去に観測された大型アンノウンの中でも最大級の巨躯という明らかに脅威度が高いアンノウンの出現に対して、人類軍上層部は中国地方の人類軍支部だけでは対応しきれないと判断した。
そして打ち出されたのが日本国内の全支部から可能な限りの戦力を結集しての大規模討伐作戦だ。
グレイ1討伐作戦についても中部地方支部が発案し他のいくつかの支部から戦力を集めての作戦だったわけであるが、規模は桁違い。
新暦が幕を開けて以来最大クラスの大規模作戦になるといっても過言ではないだろう。
そんな歴史的な作戦の実施するにあたり、〈ミストルテイン〉はすぐさま基地を出発した。
日本の人類軍支部の所属ではないが、今回ばかりはそんなことを気にしている場合ではない。
「(だとしても慌ただしく敵わないけどな……)」
艦そのものはもちろん各機動鎧の状態にも異常はない。船員たちにも怪我人などはいないのでコンディションとしては決して悪くはないが、あれだけ大規模な戦いを終えて一週間そこそこで前回よりさらに大規模な戦いに身を投じる羽目になるとはアキトも予想していなかった。
状況として、目標のアンノウンは出現したポイントからまだ動いていないらしい。
幸い人間の暮らす地域からは少し離れていたため避難する間もなく襲撃されるということもなく、今のところ人命の被害はない。
いつ動き出すかわからないという怖さはあるが、まずは目標に近い人類軍基地周辺に戦力を集中させる段取りになっている。
「ミスティ、目的の基地まであとどの程度だ?」
「時間としては一時間もかかりません」
「目標のデータなどは?」
「いえ、詳細は現地でも調査・整理中だそうです」
「無理もないか」
目標のアンノウンの出現は昨晩のことだと聞いている。
そのタイミングから過去に類を見ないアンノウンについて正確な情報をまとめようとしているのだから、今頃現地の基地はかなりの混乱状態にあるだろう。
なんとか〈ミストルテイン〉が基地に到着する頃にはある程度まとまっているといいのだが。
「……ミスティ、先にひとつ断っておくが今回の作戦には絶対にイースタルを参加させる」
グレイ1討伐作戦では現地の責任者の反対やアキト自身の迷いからシオンを遠ざけてしまったが、それは間違いだったと今ははっきり理解している。
そしてアキトは二度と同じ間違いを繰り返すつもりはない。
今回は、仮に作戦の責任者に反対されようともシオンに協力を要請する。
これはアキトの中ではもう決定事項なのだ。
「……わかっています」
ミスティの返答は普段と比べてずいぶんと弱々しかったが、はっきりしていた。
「今回の討伐目標はグレイ1以上に危険な存在である可能性もあります。……私も、同じ失敗を繰り返すようなことはしません」
「わかった。ありがとう」
ミスティがシオンのことを信用しているかといえばそれは確実にノーに違いはないだろう。
それでも彼女とて自分の間違いを受け止められないほど愚かではない。以前よりほんの少しはシオンへの見方を変えてくれたのかもしれない。
「アンナ。イースタルにいつでもこちらに来れるようにと連絡しておいてくれるか?」
「了解。……というか、どうせあとで呼ぶんだし、もうここに待機させたほうがいいんじゃないかしら?」
現地から何も情報の届いていない現段階ではどうしようもないが、少しでも動きがあればすぐにでもシオンを呼び出して話をしておきたい。
アンナの提案通り、どうせいずれは呼び出すのだから事前に呼び出してここにいさせてしまったほうが時間が短縮できるというのも確かだ。
「それもそうだな。それじゃあ――」
「すぐにイースタルに連絡してくれ」と口にするはずだった口は、動かなかった。
アキト自身、何が起きたのか一瞬わからなかった。
ただ突然、なんの前触れもなく全身が凍りつくような感覚に襲われたのだ。
もちろん実際に凍りついたわけではない。しかし口はおろか手足も首も何もかも動かせなくなった。
それほどの寒気がアキトの全身を強張らせた。
不自然に途切れた言葉に心配そうに声をかけてくるアンナやミスティにアキトのような異常は見られない。
しかしそれよりもさらに前方の操縦席にいるナツミは自分自身を抱きしめるようにして小さく縮こまっている。
おそらくアキトと同じような感覚に襲われているのだ。そして、
「ぜぜぜ前方に超強大な魔力反応です‼︎ こっちに迫ってきます‼︎」
ガタガタと全身を震わせながらコウヨウが大声で叫ぶ。その直後、警報が激しくブリッジに鳴り響き始めた。
「面舵いっぱい! 回避だ!」
正直に言えば反応の正体はわかっていない。しかし直感が危険なものだと叫ぶ。
そう感じたのはナツミも同じだったのか、彼女はアキトの指示があるかないかのタイミングですでに舵を切っていた。
強引な操舵に船体が傾く中、アキトは正面から迫ってきているものをその目で捉える。
それは黒い奔流だった。
アキトは以前にもこれとよく似たものを見たことがある。第七人工島で大型アンノウンの口から放たれた攻撃とよく似ている。奔流の太さも同じくらいかもしれない。
しかしあのときの奔流と比べて感じる悪寒が桁違いだ。
抽象的すぎるとはアキト自身も理解しているが、それでもわかる。
この奔流はあのときのものよりもはるかに強力なものに違いない。
飲み込まれればどんなものでも跡形もなく消し飛んでしまう。そう確信できるほどの破壊の力だ。
咄嗟の回避が功を奏して〈ミストルテイン〉に奔流が命中することはなかった。
しかしすぐ横を奔流が過ぎ去るだけでもまるでミサイルの直撃でもくらったかのように船体が激しく揺れる。
倒れそうになるのとなんとか堪えつつ、アキトは必死に頭を回転させる。
「(攻撃、しかしどこから? ……まさか、問題の大型アンノウンからか⁉︎)」
思いついた可能性は普段であればそんな馬鹿なと笑い飛ばしてしまうようなものだったが、これほどの攻撃が並みの大型アンノウンにできるとは思えない。
それにこんな攻撃ができるほどの力を持つアンノウンが他に出現しているのなら、中国地方の大型アンノウンとは別に捕捉されているはずだ。
「艦長! 第二波が来ます‼︎」
「続けて回避!」
「ダメです! この軌道だと躱しきれません!」
鋭く飛ばした指示にナツミはすぐさま反応してくれたが、攻撃のほうがわずかにはやい。コウヨウの報告の通り避けきれない。
『――全員、衝撃に備えてください!』
奔流が船尾へと迫る中、聞き慣れた声が頭に直接響いた。続いて先程の比ではない衝撃が船体を襲う。
しかし、奔流は当たっていない
「イースタル!」
『防御ギリギリ間に合いました! でもそう何発も止められません!』
第七人工島では易々と防いでいるように見えたシオンでも、今回の攻撃は決して軽視できないらしい。
であれば今アキトが出せる指示は限られてくる。
「ナツミ、一八〇度回頭! 最大船速で引き返せ!」
「わ、わかった!」
「イースタル、逃げ切るまで持ち堪えてくれ!」
『了解です! 急いで!』
仮にこの攻撃が問題の大型アンノウンからのものだとして、こちらができる対策は距離を置くことだけだ。
多少引き返した程度で攻撃の射程範囲から逃れられるかはわからないが、おそらく索敵範囲からは離脱できる。
あちらにこちらの位置がわからなくなれば、射程範囲内だろうが狙うことはできないはずだ。
そうして〈ミストルテイン〉は全速で引き返し、アキトの身を襲っていた悪寒が消え去ったタイミングで攻撃はまるでこれまで何もなかったかのように止まるのだった。




