4章-暗き夜の遭遇-
――日本、中国地方。
星の瞬く夜の空を駆ける人類軍の偵察機が一機あった。
「こちらオウル1。現時点では異常はない」
『了解。……異常が確認されたポイントまで引き続き警戒を』
基地からの通信が途切れたのを確認したパイロットは改めて周囲へと気を配る。
この偵察機がこうして夜の空を航行するに至ったのは、とあるポイントでの異常が確認されたからだ。
人類軍はアンノウンの出現を少しでも早く探知するために無数の無人の観測所を設けている。
二時間前、そのうちのひとつからデータが送られてこなくなった。
観測所自体は定期的にメンテナンスが行われており、該当の観測所がメンテナンスされたのはたった二週間前。マシントラブルなどだとは少々考えにくい。
そうなればなんらかの外的な要因――アンノウンによる攻撃などの可能性を考えるのが妥当だろう。
「とは言っても、こうも暗いとな……」
無人観測所があるのは基本的には人間があまり暮らしていない地域だ。
今回異常が確認された観測所もその例には漏れず、目的地に近づきつつある今、眼下に人工的な光はほとんどない。
少なくとも目視で状況を把握するのは厳しいだろう。
センサー類は正常に動いているが、以前にはステルス能力を持つアンノウンが現れたこともあるので絶対に信頼できるとは言い難い。
できるだけ確かな情報を得たいからと無人機ではなく有人機で偵察することになったわけだが、パイロットとしては嫌な仕事を引き受けてしまったという気分だった。
『まもなく件の無人観測所が目視できるはずです。状況はどうでしょうか?』
基地からの通信を受けて暗視カメラを使用して問題の無人観測所を探す。
座標などは正確に把握していたのですぐにモニターにその姿を映し出すことができたのだが、
「見た限り壊れてたりするわけじゃないようだが……」
モニターに映る無人観測所に目立った損傷などはない。
一切データが送られてこなくなったと聞かされていたので、最悪跡形もなく破壊されている可能性すら考えていたのだが、その予想は裏切られた。
「……単なるマシントラブルだったんじゃないか?」
『建物の状況を見るに、そう判断するべきなのかもしれません』
建物が無傷であることを思えば外的な要因である可能性は大きく下がる。
二週間前のメンテナンスで何か不備があったと考えるほうが現実的だろう。
「(まあ、そのほうがずっといい)」
ただのマシントラブルだったなら、アンノウンなどの脅威が迫っているというわけではないということでもある。
いくらこの辺りに人間が暮らしていないとはいえ、少し移動すれば多くの人が暮らす都市もあるのだ。何もなかったのならそれに越したことはないだろう。
「センサー類にも今のところ反応はない。念のため軽く周囲を調べてから帰投するがそれでいいな?」
『問題ありません』
基地からの返答を受けてこれまで張っていた気を少し緩める。
操縦桿を握り直して機体を旋回させようとした、そのときだった。
けたたましい警報音が鳴り響き、センサーに異常なほど大きな反応が示される。
それに驚いている間に今度はセンサーの表示が全て消えた。
「なんだよこれ……⁉︎」
『オウル1! 何があったんですか⁉︎ そちらからの観測データが送信が途絶えました』
「一瞬だけ異常に大きな反応を捉えて、その後なんの反応も示さなくなった……もしかしてセンサーがいかれたのか?」
今に至るまでの流れを考えると、そういう風に見える。
そしてもしその予想が当たっているのであれば、観測所が無傷であるにもかかわらずセンサーからのデータが途絶えたのも同じ原因の可能性が浮上してくる。
パイロットの思考を邪魔するかのように再び警報が鳴り響く。今度は動体センサーによるものだ。
「なっ⁉︎ やばい!」
偵察機のちょうど真正面。地面から太く長大な黒い影が勢いよくこちらに向かって迫ってくる。まるでしなった竹が元の状態に戻ろうとしているかのような動きだ。
咄嗟に機体を九〇度左に傾けて回避に成功するが、機体の下部に影が擦りかねないほどギリギリだった。
「(アンノウン⁉︎ だとしてもなんて大きさだ!)」
偵察のため少し高度を下げてはいたとはいえ飛行している偵察機に体の一部が届くとなれば相当な大きさに違いはない。大型アンノウンだとしても大きな部類に入るだろう。
しかもそれだけではない。
偵察機に迫ってくるというわけではないが視認できるだけでも同じような黒い影があと七つ、今避けたものを含めれば全部で八つの影が存在することになる。
そしてその八つの影の伸びる先には一対の目と牙を覗かせる大きな口があった。
そのうちのひとつ、その大きな目がギョロリとこちらを見下ろした瞬間、心臓が鷲掴みにされたかのような感覚におもわず息が止まった。
本能が逃げろと警鐘を鳴らすのに、恐怖心がそれを阻むという矛盾した感覚。
アンノウンの口は大きく、人間なら易々と丸呑みにできるだろう。
しかし何故かこちらを見たはずのアンノウンが襲いかかってくることはなく、興味なさげに視線は外された。
危機感と恐怖心に支配され何もできないまま、偵察機は八つの影の間を通り抜けた。
死の恐怖が遠のくのに合わせて思考力の戻ってきたパイロットは慌てて基地へと通信を飛ばす。
「司令部! こちらの映像データは届いているか⁉︎」
『は、はい! 大型、いえ超大型アンノウンの姿は確認できています』
こちらのセンサーが狂うほどの反応の大きさに、巨大な体躯。
あんな存在が都市部に向かうようなことがあれば、どれだけの被害が出るかわからない。
「(……だが、あんなもの人間に止められるのか?)」
これまで偵察任務でそれなりの数の大型アンノウンも目にしてきた。しかし今回のような、心の底からの恐怖や死の危険を感じたことはない。
そんなものを本当に人の手で止めることができるのだろうか。
パイロットの不安をよそに、夜はゆっくりと更けていくのだった。




