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【完結済】機鋼の御伽噺-月下奇譚-  作者: 彼方
4章 神の名を冠するものたち
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4章-〈ミストルテイン〉中枢区画にて-


人気のない一本の通路。


そこはあまりにも静かすぎて、アキトが一歩足を進めるだけでもいやに足音が響く。


「…………」


黙々と足を進めるアキトの進行方向にはずっと奥まで道が伸びているが、その道中に人の影はない。


何せ、この通路は〈ミストルテイン〉の艦内でも最大レベルのセキュリティで守られている中枢部へと通じているのだ。

アキトとミスティ、そして技術班のトップであるゲンゾウ以外はこの通路に立ち入ることすら許可されていない。


静かすぎる通路を歩くことしばらく。

分厚く、複数のロックがかけられたドアがアキトの前に姿を現した。


指紋認証、パスワードの入力、専用のカードキーによる解錠という三つのステップを終えてようやく開いた重々しいドアをゆっくりと通過すれば間髪入れずにドアが閉まり、一瞬だけアキトの視界は暗闇に包まれる。


そして室内の照明が点けば、目の前には巨大な動力機関――この〈ミストルテイン〉を動かすECドライブが鎮座している。


戦艦を一隻動かすだけあって大型であるそれは、まさしく〈ミストルテイン〉の心臓。

そして、目下アキトの抱える大きな悩みの種のひとつでもある。


「……どうすれば、その力を引き出せる」


この巨大な動力機関は未だにその力の全てを発揮したことがない。

開発した対異能特務技術開発局の想定と比較して半分以下、シオンの見立てでは三分の一のスペックすら発揮できていないという。

そのせいで〈ミストルテイン〉は主砲を撃つこともできないという半端な状況での運用を余儀なくされている状況だ。


シオンの話を聞いて魔法による制御という一筋の光明を得たかと思ったのだが、それも結局はリスクが高いと制止されてしまった。

ゲンゾウもなんとかできないかと色々と模索してくれているが、おそらく無理だろうとアキトはほぼ確信している。


頭を悩ませてくれているゲンゾウには申し訳ないが、おそらくこれは科学技術で解決できる問題ではない。魔法や異能の力でなければどうにもできないことなのだ。


シオンに頼ることは簡単だが、〈アサルト〉だけならともかく〈ミストルテイン〉まで彼の助力なしでは満足に運用できない状態になるのは人類軍としてはまず許容できないことである。

それに、アキトの個人的な考えではあるが〈アサルト〉と〈ミストルテイン〉の両方を気にかけなければならないという負担をシオンに強いるのは避けたい。


答えだけは見えている。しかしその答えにたどり着くための手段をアキトたちは持たない。

それでせっかくの新型艦のスペックを引き出せないというのはなんとも歯痒い。


「リスクが高い、か」


目の前のECドライブを見上げて、アキトは誰に言うでもなく言葉を溢した。


制御の失敗によるリスクをシオンはあまり細かく説明しなかったが、一応アキトは彼に魔法を教わっている身だ。魔力の暴走などについても軽くは教わっているので、ある程度の予測はできる。


三分の一以下の力で戦艦一隻を飛ばすことができるエナジークォーツの制御を失敗し魔力を暴走させることになれば目の前のECドライブがオーバーロードして破損する可能性もあるし、制御を失敗したアキトの身にも確実に影響は出る。


規模を考えれば、アキトの命が失われる可能性も十分にあるだろう。


「(だとしても、このままでいいのか?)」


もちろんアキトの立場では〈ミストルテイン〉の中枢を危険に晒すことも、自分自身の命を軽んじることも許されはしない。


しかしこのまま中途半端な戦力で戦い続けられる保証もない。

戦いに敗れて〈ミストルテイン〉が沈むようなことがあれば結局は同じことだろう。


ならばアキトが選ぶべき道は――


『――――』

「?」


ECドライブの発する駆動音だけの室内で、何かが聞こえた気がした。


しかしこの部屋にECドライブ以外に音を発するものなどないし、声を発するような

人間もアキト以外にいるはずがない。


『――汝、我―――――か?』


疑うアキトに答えるように再び聞こえた何かに反射的に周囲を見渡す。


「(いや、そもそも違う! 今のは声じゃない(・・・・・)……!)」


音として耳に届いたのとは感覚が違う。感覚としてはオボロが使っていた魔法による通信、シオン曰く念話と呼ばれるものと同じに思える。


つまりは人間や機械ではなく、人外に関連する何かだ。


今頃アキトの私室にいるはずのシオンであれば、こんなことなどせずに端末を使って通信を送ってくるはず。

であればこれは、シオン以外の何者かによるものだと考えるのが妥当だ。


「何者か知らないが姿を見せろ!」


威圧するように大声で叫びつつも片手で通信端末を握り、シオンのいる私室へ発信する。


アキトはシオンからある程度魔力防壁などの自衛手段を学んできたが、直接魔法を使う敵と相対するのは初めてだ。

ひとりで相手をするなどという無謀なことはせずにシオンに助けを求めるのが最善なのは間違いない。


しかし、アキトの叫びに反応が返されることはなく。さらに謎の念話も止んだ。


警戒をゆるめずに周囲を見回している間に、通信端末からかすかにシオンの声が届く。


『艦長、急にどうかしました?』

「あ、いや。……少し聞きたいことがあるんだがいいか?」

『なんです?』

『例えばこの基地や〈ミストルテイン〉に人外の侵入者があったとして、お前は気配を察知することができるか?』

『なんですか唐突に』

「用事の途中でミスティと少し話したんだが、そういう話題になってな」


アキトは咄嗟に嘘を吐いた。

シオンはアキトが〈ミストルテイン〉のECドライブを制御することに反対しているので、こういった場所にいる事実は隠したほうがいい。

そんなアキトの内心に気づかないシオンは特に疑う様子もなく、アキトの言葉を信じたようだ。


『この基地は無理ですけど、〈ミストルテイン〉内部なら感知できます』

「そうなのか?」

『艦長相手だしこの際バラしますけど、〈ミストルテイン〉の艦内には軽いアンノウン避けと、対人外用の警報とか防壁とか色々仕込んであるんですよ』


討伐作戦の際に〈ミストルテイン〉内にアンノウンが出現することはないと断言していたのはそういった対策がしてあったから。そしてその対象はアンノウンに限らないということらしい。


『相手の腕前次第で侵入を感知し損ねる可能性はありますけど、内部で魔法とか使われれば確実に俺には伝わるはずです』

「そうか。……わかった。安心した」

『そりゃよかった。じゃあ切りますね』


プツリと通話が切れたのを確認してから端末を懐に戻す。


「……気のせい、だったのか?」


シオンと通話している間も動きはなく、室内にはECドライブの駆動音しかない。

正直さっきまでのことが思い違いでなかった自信はなくなってきた。


一応室内を調べてみたが何も不審な点は見つからい。

結局アキトは違和感を抱えつつも部屋を去ることしかできないのだった。


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