4章-若者集えばかしましい③-
「結局、私たちが思ってるよりもずっと人外やその関係者って人間社会に紛れ込んでるのね」
「まあ、否定はしないかな。さすがにオボロ様みたいな共存してる例は稀だけど」
どこにでも、というほどではないが第七人工島がそうであるように人外に連なる人々が紛れ込んでいることはある。
だがあくまで人に知られないようにこっそりと紛れ込んでいるものであって、オボロの例のように堂々と共存しているなんてことはほとんどない。
「人間と人外の共存、か……」
「実際のところ、共存ってできるのかな?」
レイスの言葉に続いてナツミから投げかけられた質問にシオンは数秒ほど考えて、答えを出した。
「無理だと思う」
シオンとしてはごく当然のことを言ったつもりだったのだが、ナツミはもちろんハルマまでもが驚いたように固まっている。
「でも、実際にそういう村もあったんだよね?」
「あんなのレアケースもいいところだよ。相当に人間好きなオボロ様が人類軍に不信感を持ってる人たちと出会えたから起きた奇跡みたいなもん」
単純にオボロと村の人々が出会っただけであれば多分ああはならなかった。
窮地を救われたことや、人類軍に不信感を持つがゆえに人類軍の人外への敵意に影響されなかったことといった条件があってこその結果だと言っていい。
「俺みたいな普通に人間に近いタイプならともかく、獣に近いのと人間の共存とかめちゃくちゃ無理があると思う」
「そうも言い切られると希望もなくなるんだが……」
「なんの希望ですか?」
「【異界】との和平の希望だ」
アキトの言葉にシオンを除く四名が各々驚きを示す。中でもハルマの驚きは一番だ。
「兄さんは、【異界】との和平を考えてるのか⁉︎」
「《境界戦争》はそうやって終わらせるのが一番なんだ。……まさか【異界】の住人を皆殺しにするつもりか?」
声を荒げるハルマに対してアキトはあくまで冷静だった。
確かに相手を滅ぼすまで戦うなど現実的な考えではない。人間同士の戦争と同じようにどこかのタイミングで和平を結ぶのが現実的だろう。
ただシオンの考え通りに共存が難しいとなればその目論見もどうなるか怪しくなってくる。
「共存するのってそんなに難しいことなのかな?」
「そりゃあ皆が皆レイスとか、ここにいるメンバーみたいだったら可能性はあるけど……」
「実際は【異界】や人外を憎んだり嫌ってる人間だって多い。……俺みたいにな」
まだハルマくらい冷静に考えることができるならマシな部類だ。
討伐作戦中に死亡したこの基地の前支部長のように人外は敵と脊髄反射のように言ってのける人々は決して少なくはないだろうし、そういった人々を説得するのは非常に難しいだろう。
それに、今のところ〈ミストルテイン〉が出会ってきた人外はあくまでこちらの世界に暮らす者たちだけだ。
【異界】から来た人外と接触してあちらの人間に対するスタンスや情勢を知ることができなければ和平交渉も何もない。
もちろんシオンとて《境界戦争》が死ぬまで続いても困るので、そういった好機が訪れるようなことがあればやれるだけのことはやるつもりだ。
「……あたしは、共存だって無理じゃないと思う」
少し暗くなった空気の中、はっきりとしたナツミの声は部屋によく響いた。
「難しいのはわかってるけど、きっと無理じゃない。シオンとあたしたちがなんとかやってけてるんだもん」
「……お前らしいというかなんというか」
「考えが浅いとか言うんでしょ。でも、むしろシオンはちょっとネガティブ過ぎだと思うんだけど!」
フンと鼻息を荒くしたナツミはビシッと音がしそうな勢いでシオンに指を突きつける。
「同じ機動鎧に乗ってアキト兄さんに操縦任せてたり、倒れたのをお姫様だっこで運ばれたり、付きっきりで面倒みてもらったりして普通に共存っていうか仲良しなんだから、もうちょっと“自分たちみたいにうまくいけそう”とか思わないの?」
「……そうだ! そもそもなんで〈アサルト〉を兄さんが操縦できたんだ? お前しか扱えないわけじゃなかったのかよ⁉︎」
「えっとそれは、厳密にはECドライブのコントロールの問題で……」
思い出したかのように迫ってくるハルマに気圧されつつ、ECドライブのコントロールさえできればシオンが操縦する必要はないことを簡単に説明する。
「……それってもしかして、エナジークォーツのコントロールができれば私の〈ブラスト〉や他の二機の出力も上がるの?」
説明を終えてすぐにリーナの投げかけてきた質問の答えはイエスだ。
「間違いなくコントロールできたほうが出力は上がるだろうけど……」
「そうなのね……」
シオンの返答に機動鎧部隊の三人は顔を寄せ合って何か相談を始めた。
それから改まった様子でシオンのほうを向いてくる。
「シオン。そのコントロールは俺たちでもできることなのか?」
「……へ?」
「十三技班で魔法教えてるんだろ? それと同じように教わってできるようになるものなのかって聞いてるんだ」
「そりゃあ、できなくはないけど……」
「じゃあ教えてほしい」
詳しく聞けば、シオンの〈アサルト〉に比べて明らかに〈セイバー〉たち三機の出力が低いことは前々から気にしていたらしい。
そして近頃強力なアンノウンや人外との戦闘も続いている中、少しでも戦力がほしいのだと。
「俺は別にいいけど……ミツルギ兄的にそれはいいのか? 要するに魔法だよ?」
憎き【異界】や人外の扱う力に頼るというのはハルマの気持ちとしてどうなのだろうか。
しかしそんなシオンの考えは杞憂でしかないようで、ハルマがそれを気にしている様子はない。
「自分の気持ちの問題でできる努力しないなんて馬鹿らしいし、敵の力を知るのだって有意義だろ?」
「あ、うん。そういうとこサッパリしてるんだね」
本人たちに学ぶ意思があるのならシオンが断る理由はない。
一応アンナにも確認をしてからコントロールの仕方を教えることで話はまとまった。
一応はアキトの私室であるここにあまり長居するのはよろしくないだろうというリーナの言葉を発端に去っていく四人を見送れば、再び部屋の中にはシオンとアキトのふたりだけになる。
「イースタル、俺も質問いいか?」
「なんです艦長」
「エナジークォーツのコントロールだが、同じことは〈ミストルテイン〉にも言えるのか?」
エナジークォーツを核にしているECドライブで動いているという意味では、〈ミストルテイン〉も機動鎧も違いはない。
そういう意味ではアキトの考えに間違いはない。しかし、
「〈ミストルテイン〉についてはオススメしません」
「……理由は?」
「〈ミストルテイン〉のECドライブに使われているエナジークォーツ……かも正直ちょっと怪しい代物は相当強力な力を持ってると見て間違いありません」
一般的なエナジークォーツとは明らかに一線を画したものであるのは間違いない。
そんな強力なものをコントロールするとなればそれだけ魔法のスキルも求められることになる。
「俺が制御するならともかく、艦長が制御するにはリスクが高いです」
「……そうか。それができれば主砲も使えるようになるかと思ったんだが、そう簡単にはいかないか」
「心配しなくても〈ミストルテイン〉が危険になるような状況、俺の目が黒いうちは許しませんよ」
アンナやナツミ、十三技班の面々の乗る〈ミストルテイン〉はシオンにとって現状最も重要なもの。
少なくともシオンが生きている間にそれが沈むことなど許すつもりはない。何があろうと守り通すだけだ。
「……そういう問題ではないんだがな」
そう決意を新たにしているシオンの耳に、アキトが小さく口にした言葉は届かなかった。




