4章-若者集えばかしましい②-
ナツミとアキトに生えたイヌの耳は、シオンがギルがバカをやらかしたときに使うために編み出した魔法である。
十三技班においてよく大型のバカ犬と呼ばれるギルを揶揄しつつ羞恥プレイによって反省を促すため、シオンと十三技班の面々が深夜テンションと悪ノリで開発した、実用性のかけらもない嫌がらせ魔法なのだ。
ちなみに術を受けている人間の心理状態に合わせて耳や尻尾が動くという無駄にこだわった機能も搭載していたりする。
「それはどうでもいいからさっさと解除しろこのバカ野郎が」
「あだだだだ」
魔法に関する解説を終えてすぐ、オオカミに近いタイプのイヌ耳を生やしたアキトのアイアンクローがミシミシとやばめな音を鳴らしながらシオンの頭に決まった。
レイスやリーナの手前被っていた艦長としての皮を完全に脱ぎ捨ててお怒りモードのアキトだが、ここで易々と引き下がるのであれば最初からこんなことなどしていない。
「さりげなく俺に失礼な態度取りまくるのが悪いんですよーだ!」
「お前……部隊長でもある俺にこんなことしてどうなるかわかってんのか……?」
「そういう脅しは職権乱用とかできないクソ真面目さとなんやかんや年下に甘いお兄ちゃん属性をどうにかしてから口にしてくださーい」
シオンだってバカではない。
普通であれば自分のことをどうとでも処分できる立場にあるアキトに手出しなどしないが、この数日でアキトの性格は今まで以上に見えてきているのだ。
アキトの性格上、こんな馬鹿げたイタズラのようなことに対して厳罰など下せるはずがない。
それがわかっているから、シオンは躊躇なくこういうことができるのである。
「っていうかこれどうなってるの⁉︎ 服とか通り抜けてるっぽいんだけど!」
チワワと思しきタイプの耳を生やしたナツミの耳と尻尾は急な事態による恥ずかしさからか見事に垂れ下がってしまっている。
アキトについても言えることだが、その尻尾は服の存在を無視して尾骶骨の辺りから生えている状態だ。
「この尻尾って半霊体に近いんだよ。触ろうと思えば触れるけど衣服とかは貫通するように調整してある」
「無駄に芸が細かいな⁉︎」
ハルマとレイスは性別もあってナツミの尻尾をあまり注視できないようだが、同性であるリーナだけは興味津々というか、ガン見である。
「……ナツミ」
「リーナ? どうしたの……?」
「ちょっと触ってみてもいい?」
「うえっ⁉︎」
「ちょっとでいいから……」
妙な迫力のある顔でナツミに迫ったリーナは結局了承を待たずにナツミの尻尾に触れた。
半霊体とはいえ一応感覚はあるので、ナツミとしては腰辺りを触られたような感覚だろう。
「すごい、ふわふわね」
「ちょっ、リーナ、くすぐったいよ……」
「耳、耳も少し触っていいかしら……」
唐突に始まった美少女ふたりの少し怪しいやり取りにハルマとレイスが勢いよく顔を背ける。
その一方でシオンは「なるほど、委員長ってイヌ派なんだ」などとわりとどうでもいいことを考えていた。
「艦長、あれですよ。あれくらい柔軟に受け入れられないと今後人外とやりあっていけませんよ?」
「こんなバカらしい攻撃を仕掛けてくる人外がいるってか?」
「いないっていう確信もないじゃないですか」
シオンがにっこりと微笑んで見せればアキトは深くため息を吐いた。
それに合わせてアキトの耳と尻尾も垂れ下がったので、シオンにとやかく言ったところで無駄であると察したらしい。
そうこうしている間にリーナも落ち着いたらしい。
冷静になって自分の奇行を悔い改めているのかなんとなく居心地悪そうにしている。
「……お前、兄さんやナツミと仲良いんだな」
「ん? まあそういう風に見えるならそうなのかな」
確かにここしばらくの間にふたりとの距離は縮まったとは思うが、それよりもそれを指摘してきたハルマの少し不機嫌な様子のほうが気になった。
「(いや、普通に考えて信用できない相手と兄妹が親しいとか気になるか)」
そりゃそうだとは思うのだが、だからといってナツミを避けるのは本人との約束がある手前できないしアキトと距離を置くわけにもいかない。
こればかりはハルマのほうに諦めてもらうしかないだろう。
「そういえば、いつの間にかナツミのこと名前で呼んでるのね」
リーナがふと口にした言葉に思わずシオンの背筋が伸びる。
別に隠しているわけではないのだが、ハルマが不満そうにしている今このタイミングで言われるのは都合が悪い。
「そういえばそうだね。結構今更な気もするけど」
「今更?」
「だってシオンとナツミちゃんって学生時代から仲良かったし……むしろなんでミツルギ妹なんて呼び方してたんだろうって」
レイスの指摘にリーナやハルマたちも頷いている。
「双子の呼び分けするにしても名前で呼んだほうが早いだろうし……女の子の名前呼ぶの避けてるとか? 私も委員長としか呼ばれないし」
「いや、委員長は一年目の癖というか……」
一年目にリーナはクラスの委員長を務めていた。その時の呼び名がなんとなく残ってしまっているだけでその呼び方に深い意味はない。
むしろ意味があるのはハルマたちのほうだ。
「ミツルギ兄妹についてはまあ、若干気を使ってたっていうか……」
「気を使ってた? お前が?」
かなりシオンに対して失礼な反応を返すハルマを前に、シオンは少し言葉に迷う。ただここで隠すのも余計な不安などを与えるかもしれないので、結局は話してしまうことを決めた。
「さすがの俺でも、【異界】絡みで親亡くした相手に何も考えないで接するとか無理だし」
「……ああ、なるほどな」
ハルマたち兄妹の父親が《太平洋の惨劇》で他界したという話は士官学校でも有名な話だった。
いくら【異界】と直接の関わりを持たないシオンであっても、気にしないでいられるほど無神経ではない。
「だからまあ、一応俺なりの線引きみたいなもんだったんだよね」
「呼び方以外は全然線引きできてなかった気がするけどな」
「それはわかってたよ。実際何人かに言われたしね」
「言われた? 誰にだよ」
「そりゃあ士官学校にいた他の人外関係の……あ、やべ」
咄嗟に口を塞いだもののほとんど口に出してしまったあとでは遅い。
他のメンバーはともかくハルマの目がとても厳しい。
「つまり、士官学校にはお前以外にも人外やその関係者が通ってたと……」
「ま、まあそうなんだけど……みんな人間には好意的だったんだよ?」
「そういう問題じゃないだろ?」
確かな圧力を放ちながらシオンに迫るハルマだったが、その肩をアキトが叩く。
「ハルマ。気持ちはわかるが落ち着け」
「兄さん。今の口振りだとひとりやふたりって感じじゃない。ちゃんと問い詰めておいたほうが」
「わかってる。……だが、多分それはメリットのほうが大きい」
ハルマを宥めたアキトは彼に代わって近づいてきたかと思えば真っ直ぐにシオンの目を見つめて尋ねた。
「第七人工島には、結界があるな?」
「……今の情報だけでそこまで察します普通?」
士官学校に人外が紛れているという話しかしていないのにその結論に至ったアキトに驚きを通り越して意味がわからない。
「散々結界について聞かされたんだ。十年アンノウンに襲われなかった土地というだけで疑ってはいた」
そこでシオンが人外や関係者が暮らしているという情報を与えてしまったことで確信を得てしまった、ということらしい。
「指摘するのは簡単だが、ただでさえあの島は復興作業中なんだ。人外探しはその後にしておいたほうがいい」
俺に任せろと言いたげなアキトの態度にハルマが頷く。
逆に言えば島が安定してくれば探すという意味でもあるが、最低でも半年はかかるだろうし今すぐシオンが島に残る後輩たちに連絡する必要はないだろう。




