1章-はぐれ者たちの十三技班②-
〈ミストルテイン〉内の一角に位置する会議室。
そこには艦長であるアキトと副艦長であるミスティ、そして十三技班班長たるゲンゾウ・クロイワと副班長であるアカネ・クロイワの四名が集まっていた。
「……では、〈ミストルテイン〉は現時点では特に問題なく航行できている。という認識でよろしいですね?」
ミスティの確認の言葉に対して、ゲンゾウは機嫌悪く鼻を鳴らした。
「最新技術だがなんだか知らねえが、肝心な部分を何も見せずに点検しろたあ、ずいぶん無茶を言いやがるもんだ」
ギロリと鋭い目でアキトとミスティを一瞥するゲンゾウ。
隠そうともしない苛立ちをありありと感じさせる瞳に、ミスティがわずかに肩を震わせる。
「……それに関しては、上層部からの指示です。守ってもらわなければなりません」
「上の指示、なあ? その指示とやらのせいで、最新型の戦艦がコソコソするバケモノ一匹見つけられねえたあ、ずいぶんご立派なこったなあ?」
気圧されつつも毅然とした態度で言い返したミスティに対して、ゲンゾウは薄く笑いながらそう切り返した。ただしその目は全く笑ってはいない。
ミスティとゲンゾウの間に重い沈黙が流れる。
「……お爺ちゃん。若い子に八つ当たりなんてみっともないわよ」
沈黙を呆れたようなため息で破ったアカネは、たしなめるようにゲンゾウに苦言を呈する。
対するゲンゾウは鼻を鳴らしてアカネから顔を背けたが、今のやり取りで空気はいくらか軽くなったように思う。
「……クロイワ班長。その件についてはご迷惑をおかけしてしまって申し訳ない」
「艦長!」
「確かに上の命令ではあるが、それを言い訳にするべきではない」
艦長であるアキトが技術班の班長でしかないゲンゾウに頭を下げたことにミスティが過剰に反応したが、それをアキトは逆に窘めた。
現状、本来であれば不自由なく艦や機体を整備できるはずの技術班に、様々な制約を課してしまっている。
上の命令である以上無視はできないが、だからと言って技術班に対して何も配慮をしないというのは間違っているとアキトは思う。
現状できる配慮が頭を下げること以外にないというのは情けないが、何もしないよりはマシだろう。
「……艦長。気持ちはわかったから頭を上げてくれや」
顔を上げてみれば、ゲンゾウは先程までの威圧感もなく、気まずそうに頭を掻いている。
機嫌が直った、という風には見えないが少なくとも直前まで見せていたような怒りはなさそうだ。
「ったく、階級だのなんだの気にせずそういうことする辺り、爺さんにも親父にも似てきやがったな、アキトの坊主は」
「そうでしょうか?」
「ああ、そういうクソ真面目なところがな」
少しばかり忌々し気にそう話したゲンゾウは腕を組んでアキトと目を合わせようとしない。
一見するととても好意的には見えない態度なのだが、不思議とそんな彼から悪意や敵意のようなものは感じられない気がする。
「艦長、気にしないでくださいね。うちの班長、なんだかんだ言って艦長のこと気に入ってるので」
「アカネ!!」
「はいはい。それよりお仕事の話しましょう」
人類軍の技師たちはもちろん軍人たちの間でも“カミナリ親父”として恐れられているゲンゾウ相手にまったく怯む様子がないアカネ。
血縁であるというだけでは説明しにくい強かさで続きを促され、ミスティが慌てたように手元のタブレット型端末を操作する。
「現時点において、〈ミストルテイン〉並びに試作機四機にも異常らしい異常は見当たらず、問題なく運用できている。という認識に間違いはありませんね?」
「ええ。メインであるECドライブの中身までは確認できないから何とも言えませんが、それ以外の船体や機体の状態は特に問題なし。……あえて言うなら、〈アサルト〉の損耗が少し他より早いですね」
〈アサルト〉に関する説明でミスティの手がわずかに止まる。
それについてはアキトも少し気になる部分があった。
「損耗、ですか」
「ああ。あの機体は戦闘のせいで損傷することはないくせして、パーツの損耗が他より早い」
「……それは、他より出撃頻度が高いからでしょうか?」
ミスティの問いにふたりは頷いた。
確かに唯一ステルス能力を持つアンノウンを感知できる都合、〈アサルト〉とシオンの出撃回数は特別に多い。
実際、この後も他の三機は出さずに〈アサルト〉のみで動く作戦は予定されている。
そうなれば、その分他の機体よりも損耗が激しいのは当然のこととも言える。
「損耗は今後の作戦に支障をきたすレベルのものなのですか?」
「いえ、確認できてる限りはそこまで深刻な損耗ではありません。……ただ、私たち技術班は〈アサルト〉を全てチェックできるわけではないので……」
〈アサルト〉は試験機だ。
現時点では問題が起きていないとはいえ、完全に実用化されている量産機などと比較すればトラブルが発生する可能性は格段に高い。
加えて〈アサルト〉が多用されている現在の状況はそのリスクを高めてしまっている。
通常であれば出撃ごとの点検でその手のトラブルは事前に察知したり、対策を講じることが可能だ。
しかし、今回のケースではその“通常”が通用しない。
技術班であるゲンゾウたちが〈アサルト〉を点検できる範囲が限られてしまっているのだ。
これでは損耗を原因とする潜在的なマシントラブルがあったとしても、事前に発見することができないばかりではなく、発生個所によっては発生後の対処すらできない。
「〈アサルト〉に限った話じゃねえが、試作機は全機爆弾を抱えたまま動いてるようなもんだ。そして現状、出撃させまくってる〈アサルト〉が一番爆発の可能性が高いって話になる」
ゲンゾウの話すリスクについてはアキトにも十分に理解できた。
しかしながら、アキトはもちろんゲンゾウたちにもそれに対処する術がない。
リスクは理解できているのにそれに対処できないというのはなんとももどかしい。
「……これに関しちゃ、上の連中が首を縦に振らねえ限りはどうにもならねえ。こっちもやれるだけのことはするさ」
「……よろしくお願いします」
「その代わりと言っちゃあなんだが、ちょいとばかしこっちの要望を聞いちゃもらえねえか?」
要望と言いつつ浮かべた凄みのある笑顔に、ミスティがわずかに肩を震わせた。
恐らくゲンゾウの側にこちらを威嚇するつもりなどはないのだろうが、もともと強面なのが祟ってしまっている。
「それで、要望というのは?」
「予備のパーツのいくらかを、整備以外の用途で使わせてもらいたい」
「整備以外……試作機の改造などは許可されていないはずですが」
「心配すんな嬢ちゃん。上に睨まれるようなこたあしねえよ」
「では、一体何を……?」
アキトの問いに、ゲンゾウとアカネは一度顔を見合わせた。
「こちとら、悪名高き十三技班だ。使い物にならねえセンサーを放置しておけ、なんて馬鹿馬鹿しい命令を大人しく聞くやつぁウチにはいねえからな?」
「ちょーっとグレーな方法にはなるので、万が一に備えて艦長や副艦長は知らなかったことにしておいたほうがいいんじゃないかと」
ゲンゾウはともかく、ここまで常識人に見えていたアカネまでもイイ笑顔でそのようなことを言ってのけてくる状況に、アキトもミスティも呆気に取られてしまう。
しかし、アカネの言い分も一理あるのは事実だ。
知らなかったことにしておけば、艦長であるアキトの監督不行き届きということで多少の責任問題は生じるだろうが、知っていて許可、あるいは黙認したという場合よりは罪ははるかに軽くなる。
しかも人類軍内でも有名な十三技班の仕業となれば、上層部からアキトに対して向けられる視線は同情のほうが強くなりそうだ。
「……わかりました。深くは聞かないでおきます」
「艦長!?」
ミスティが驚いているが、こういったことも時には必要なのだとアキトは考える。
艦長として、ステルス能力を持つアンノウンへの対策は一刻も早くに準備をしておきたい事項。
それを十三技班が実現できるのであれば、多少ダーティな手段でも構わない。
正しいことがそのまま“最善”というわけではないのだ。
「話が早くて助かる。……まあ安心しろ、グレーっつっても限りなく白に近いグレーなやり方だからよ」
「ええ、今までウチがやらかしてきた中ではかなりローリスクなやり方ですから」
「(むしろ今まで何をしてきたんだ……?)」
話は終わったと席を立ったふたりの背を見つつそんなことを考えていると、会議室をまさに出ようとしていたゲンゾウが足を止めた。
「……艦長、これはメカ屋の口出しする領分じゃねえんだが、ひとつ伝えておく」
アキトたちには背を向けたまま、真剣なトーンでゲンゾウが言う。
ここまでなかった彼の空気に、反射的にアキトの背筋が伸びた。
「今、ずいぶん頼りにしてるようだが……シオンの扱いには気をつけろ」
唐突に飛び出した少年の名前。
しかし、シオンは元々十三技班に配属されるはずだったのだ。
ゲンゾウから彼の名前が出ること自体は決しておかしくはない。
ただ「気をつけろ」という発言は気に掛かる。
「……それは、彼が人類軍に敵対する可能性があるということですか?」
ミスティの硬い声での問いかけを、ゲンゾウは鼻で笑った。
アキトもミスティと同じような認識で彼の言葉を捉えていたのだが、どうもそういう意味ではなかったらしい。
「あのガキはそんな面倒事を進んで抱えるようなやつじゃねえさ。今の状態が続くなら、アイツが人類軍にケンカ売ることはねえだろうよ」
「では、俺たちに何を気をつけろと?」
「アイツはガキらしい見た目の割に、腹黒で、策士だ。今みたいにアイツ頼りの作戦が続くと、後々相応以上の見返りを吹っ掛けられるぜ」
それから彼は首だけ振り返り、ミスティへと視線を向けた。
「それから嬢ちゃん。……もしシオンを敵に回したくないなら、シオンじゃなくて身内に気を配っとけ」
それだけ告げると、ミスティの答えを待つこともせずにゲンゾウとアカネは会議室から立ち去って行った。
「身内……?」
隣でゲンゾウの言葉を反復するミスティ。
その言葉を聞きながら、アキトはニヤリと悪役のような笑顔を浮かべるシオンを脳裏に思い浮かべるのだった。
 




