4章-≪天の神子≫ ②-
「そういう反応になるとも思ったからできるだけなんでもない風に言ってみたのにー」
「そういう微妙な気遣いいらないから……」
やれやれとでも言いたげに肩をすくめるシオンだが、アキトとしても完全にアンナと同意見である。
「とりあえず、お前が思ったよりも特殊な存在だったことはわかった。それはそれとしてもう少し詳しく話してもらえるか?」
「……艦長、思ったよりもびっくりしてないですね?」
「多少は予想していたからな」
さすがに「分類上は神である」などというとんでもない発言が飛び出してくるとまでは思っていなかったが、シオンがわざわざ前置きとして神の定義を話したことや、ハチドリやオボロのシオンへの態度というヒントもあったのだ。
普通の人外とは一線を画した何かであるという予想と覚悟はできていたので、なんの心構えもしていなかったアンナよりは幾分かマシだろう。
「で、何から聞きたいですか?」
「お前が神子について把握していること全て」
「……また遠慮のかけらも無い聞き方しますね」
アキトの質問にシオンが微妙な顔をしているが、それを前にしても遠慮も躊躇もする気はない。
「まったくわからないんだ、全部まとめて聞いたほうが早い。……幸いお前はあと三日はこの部屋で暇してるんだろ? 絶好の暇潰しになると思うぞ?」
意図して意地悪く笑ってやれば露骨に嫌そうな顔をされたが、別にシオンは本気で嫌がっているわけではない。というよりは仮に今この瞬間は嫌がっていたとしても、おそらく数時間後にはそんなこと忘れているのだろう。
アンナとのやり取りもそうだったが、多少喧嘩腰であったり荒っぽかったりするくらいがシオンにとってはやりやすいらしい。
「んじゃまあ、暇人らしく長々と話して差し上げますとも」
そう言って楽な姿勢を模索するようにもぞもぞと動くシオン。
その様子からして長くなるというのは本当らしいので自分の分のコーヒーをさりげなく継ぎ足しておく。
「じゃあまず神子の定義から改めて。……さっきも言いましたが、先天的、あるいは後天的に神性を得た人間っていうのが神子の定義です」
「先天的っていうのは生まれつきってことだってわかるんだけど、後天的ってどういうことなの?」
「それはまあ色々ですね。神格が高い神に認められて力を与えられるとか、そういった神の血肉を食べたり浴びたりとか、あとはまあある程度強めの魔力を持っていた人間がなんらかの切っ掛けで目覚めるとか……個人個人で違うんで深く考えるだけ無駄かと」
「じゃあシオン。アンタはどういうパターンなの?」
アンナの質問に今まで流れるように動いていたシオンの口が止まった。
その反応からしてあまり話題にしたくないことなのだということは察せられたが、アキトはあえて口を挟まなかった。
「後天性。五つのときに色々あったんです」
「……そう。わかったわ。次に行きましょう」
彼にしては言葉少なで曖昧な説明だったが、アンナもアキトもそれを掘り下げはしなかった。
掘り下げたところで逃げられるであろうとシオンの振る舞いから予想できたというのもあるが、彼が五歳の頃と言われれば心当たりがあった。
彼が五歳ということは約十年前――ちょうど彼がテロに巻き込まれて両親を亡くしたのがその時期なのだから。
何も言わないアキトとアンナを少しだけ訝しげな目で見てから、シオンは話を再開する。
「神性があるってこと以外はほぼ人間と違いはありません。神子というだけなら魔力量も個々人によってバラバラですし」
「そこらへんは人外の神とも特に違わないってわけね」
「そうですね。ほぼその認識でいいんですが……ひとつだけ神子にだけ見られる特異性があるんです」
「特異性?」
アンナの疑問にシオンがこくりと頷く。
「神子には、魔法とはまた異なる特別な力や性質が発現するんです」
「固有の特殊能力があるってことでいいか?」
「そうですね。他の神でも再現できないような特殊なものが目覚めるんだとか」
「どうして神子だけなんだ?」
「さあ? 俺たちにもわかりません」
諦めたように肩をすくめてシオンはカフェオレを一口飲んだ。
「解明しようとした人たちもいるらしいですが結局不明のままで、言い伝えとかが残る程度なんですよね」
「その言い伝えっていうのは?」
「“世界からの祝福”なんですって」
“世界からの祝福”
なんとも抽象的である意味とても言い伝えらしい表現だが、確かになんの解決にもなってはいない。
「本来、人間っていうのは基本的に魔力も弱くて異能から一番縁遠い存在です。“そんな人間が奇跡的に神性を手にできたってことは、世界にそうあることを望まれ祝福された存在であるからに違いない”……みたいな話らしいんですけど」
「神様ならぬ世界からの贈り物ってわけ?」
「俺は全然そんな気しないんですけどねー」
アンナの言葉を受けてそう不満そうに口にしたシオンは少々荒っぽい手つきで残っていた焼き菓子を口に放り込んだ。
「……ああそうか。お前も神子である以上はその特別な能力があるんだな」
そしてある意味当事者とも言えるシオンは、少なくとも世界の祝福という考えに実感がないということらしい。
それに今の反応を見るとむしろ――
「イースタル。お前、自分の能力が好きじゃないのか?」
シオンの今の反応にはそういったニュアンスが感じられた。
自分にとって好ましいものではなかったから、祝福という考え方に納得がいっていないのではないだろうか。
「……そういうところ察しがいいのよくないと思います」
「当たりってわけね」
あからさまに機嫌の急降下したシオンは再び焼き菓子を口に放り込むと、不満を表現するようにボリボリと音を立てながら焼き菓子を噛み砕いて見せた。
「俺の神子としての性質は……最高の互換性とでも言えばいいですかね」
「互換性ってアンタ外付けのパーツじゃあるまいし……」
「どんな人外や人間相手でも拒絶反応なく魔力を与えたり、逆に魔力を受け取ったりできる……善きものも悪しきものもすべて許容する天空、故に≪天の神子≫だそうです」
「だそうですってことは、誰かに付けられた名前なのか?」
「俺の場合は師匠です。神子は発言した能力に合わせた名を名乗るのが決まりなんだとか」
シオンは説明は終えたとばかりに話を切り上げたが、どことなく機嫌悪そうにガシガシと自分の頭を掻いている。
「そんなにその力のこと嫌いなわけ?」
「嫌いっていうか……使い勝手が悪いし正直俺自身あんまりよくわかってないんですよね。細かいことはミセスにでも今度聞いてみてください」
あまりに雑な扱いになんともコメントしにくい。
そもそもシオン本人がわからないのに他人に説明ができるのかと思ったのだが、あのミランダであればなんとかなりそうな気もする。
「本人よりも詳しいなんて、やっぱりミセスってすごい人なのね……」
「まああの人も当事者みたいなもんですし……」
「どういう意味だ?」
「だって、ミセスだって神子ですもん」
なんでもないことのようにシオンから返された言葉に、アキトとアンナは硬直する。
「今となっては≪始まりの魔女≫のほうが有名ですけど、そもそもミセスは≪時の神子≫ですからね」
「“不老不死”の性質で“時”の神子ってわかりやすくていいですよねー」と少し羨ましそうに話すシオン。その傍らでアンナがゆらりと立ち上がる。
「そういう爆弾発言をしれっとするのやめなさいってば!」
アンナの拳骨が勢いよく振り下ろされた直後、シオンの悲鳴が部屋に木霊した。




