4章-≪天の神子≫ ①-
シオン・イースタルは何者なのか?
人類軍に対してシオンが自ら“魔法使い”と名乗ったときからずっと手付かずのままだった疑問。
本人に尋ねたところで本当のことを話すとは限らないと人類軍側から触れることもなかった問いを、アキトはここで投げかけることを選んだ。
シオンが素直に答える保証などどこにもない。
しかしいつまでも見て見ぬふりをし続けるべきことではないし、何よりアキトは知りたいのだ。
シオンという個人の根幹を為すであろう要素を知らないままでは、決して彼のことを正しく知ることなどできはしないのだから。
アキトの視線を受けたシオンは茶化すでもなくはぐらかすでもなく、少しだけ困ったような顔をした。
ただ嫌そうというわけではなく、「仕方がないな」という言葉でも聞こえてきそうなどこか穏やかな表情に思えた。
「……そうですね。その話の前にまずは、【異界】や人外社会における“神”の定義から話しましょうか」
「人外社会講座特別編ですね」と笑ったシオンはどうやらアキトの疑問に答えてくれる意思があるらしい。
それに気づいたアキトは部屋の一角から持ってきた適当な菓子とカフェオレをテーブルの上に並べる。
これでふたりで決めた“人外社会講座”の条件通りだ。
「律儀ですねえ」と笑ったシオンはカフェオレを一口飲んでからゆっくりと口を開いた。
「俺たちの言う神は、魔力に神としての特別な属性――神性と呼ばれるものが含まれるかどうかで分類されます。あれば神様なければその他っていうシンプルな話です」
「神としての属性って言われてもねえ……アタシたちからすればピンと来ないわよ」
「人間で当てはめるなら珍しい血液型とかそんな感じです。とにかく一般的に見て珍しい特徴を持っている、くらいの認識だけ持っててくれれば十分です」
それは雑すぎないかと思わないでもないが、シオンは特に気にせず話を続けていく。
「とりあえず神性があれば魔力の大きさに関係なく分類上は神です。ふたりはハチドリとオボロ様の二つの例を知ってるので比較的イメージしやすいでしょ」
「ハチドリは神の眷属を名乗っていたが?」
「広義的には神ですよ。まあ最下層も最下層ですけど」
「神の中にも強弱とか序列があるってことか?」
「さすが艦長話が早いですね」
コホンとわざとらしい咳払いをしたシオンは一呼吸おいてから再び話し始める。
「神の中の序列としては神としての格、そのまんま神格っていう言葉を使います。これがまあややこしいんですが……単純な魔力量とかで判断しないっていう」
「量以外の基準があるの?」
「簡単に言えば、質ですかね。良い質の神性があれば量はそこそこでも格が高かったりしますし、量が多くても質が低いと格も落ちたりっていう……」
「……その口ぶりだと、明確な基準はないのか?」
アキトの問いにシオンは黙って首を縦に振った。
「数値化できるようなもんでもないですし、人外であれば感覚的に格の高い低いはわかったりもするんで……最終的にはフィーリングっていう」
「魔法についてもそうだけどよ……人外社会って全体的に雑じゃないか?」
魔法は想像力という曖昧なもので使用するものであるし、たった今聞いたばかりの神の基準というものも曖昧なところが目立つ。
≪母なる宝珠≫におけるコミュニティ間の繋がりの甘さも人間社会ではなかなか見られないものだったようにも思う。
全体的に感覚や気分といったものを重視する傾向にあるようだ。
「そりゃあ人間社会みたいに数字とかきちきち気にしなくてもいい暮らししてるんですから当然でしょ。そもそも鳥とかオオカミにそういう生活しろってのも妙な話じゃないですか」
「まあそれもそうか……」
「それに神なんて呼ばれ方してても神じゃない普通に強い人外に負けたりもしますから、ホント全体的にふわっふわなんですよ」
人間社会で生きてきたアキトやアンナからすれば首を傾げてしまいそうなのだが、こういった傾向については“そういうものなのだ”と受け入れていくしかないらしい。
「……それを踏まえて本題の俺の話なんですけど」
前置きをして話し出そうとしたかに見えたシオンだが、途中で考え込むように口を閉ざした。
話すのをためらっているというよりは、どういった説明をしようか悩んでいるように見える。
しばらくそうしてうんうんと唸っていたシオンだが、最終的にはアキトとアンナを真っ直ぐに見つめて口を開いた。
「“神子”っていうのは、先天的、あるいは後天的に神性を得た人間を指す言葉です」
「ちょっと待て。確か神性があれば神に分類されるんだったよな」
「そうですね」
「じゃあその神子ってのは神に分類されるんだな?」
「そうですね」
「……それで、お前は≪天の神子≫なんだよな?」
「……まあそんな風に呼ばれてたりしちゃったり」
くどいほどに確認したことにシオンは全てイエスと答えた。
その全ての情報を整理して導き出される結論はつまり――
「シオンって、人外社会では神様に分類されるってこと?」
「まあ、そういうことになりますね」
アンナの質問に軽く答えたシオンはゆったりとした仕草でカフェオレを口に運ぶ。
「……って、爆弾落としておいてひとりまったりしてんじゃないわよ!!!」
シオンがカフェオレの残るマグカップをテーブルに置いた瞬間、アンナはまるで爆発でもしたかのように盛大に叫んだ。




