4章-アキト・ミツルギは兄である③-
互いの学生時代について話をしてみると思った以上に話に花が咲き、気づいたときには二時間ほどが経過していた。
暇潰しとして非常に有意義であったとは思いつつ、いくらなんでもここまでアキトを付き合わせてしまったことに少しだけ罪悪感を覚える。
まさかシオンもここまで長く談笑できるとは思っていなかったのだ。
「そういえば艦長って事務仕事してたんですよね。俺は十分時間潰せましたし、仕事に戻ってもらって大丈夫ですよ」
「ああ、思った以上に話しちまったな……。ああでも、少しお前に聞いておきたいことがあるんだ」
「なんですか?」
気楽に聞き返したシオンとは逆に、アキトは何故か咳払いなどして居住まいを正し始めた。
ここまではなんでもない雑談ばかり繰り広げてきたわけなのだが、もしかすると少し真面目な話をしようとしているのかもしれない。
そう身構えるシオンに対して、アキトは少しためらいがちに口を開いた。
「お前とナツミは、その、どういう関係なんだ?」
「…………はい?」
予想外、かつ真面目でもなんでもない話題に思わず呆れを全力で滲ませた声が出た。
「すいません。いきなりなんの話ですかね?」
「いや。お前の学生時代の話を聞いていて、ずいぶんナツミと仲が良さそうだと思ってだな」
確かにシオンとナツミは学生時代から親しかったので、ここまでのアキトとの会話でも名前も何度か出ていた。
ただ、“どういう関係”という質問の意図がシオンにはピンとこない。
「どういうも何も、単純に仲が良い友人としか……」
「それはそうなんだが、そうは言ってもお前は男でナツミは女なわけだろ?」
つまり、異性間での友情というのはなかなか成立しにくいものであるということを言いたいのだろう。
「それを言ったら艦長とアンナ教官はどうなるんです?」
「アンナはそこいらの男よりも男前だろ」
「……クソっ、否定したいけど否定できない」
何を言ってるんだと言わんばかりの目を向けられて反論したい気持ちが湧き上がる一方で、アンナの日々の振る舞いを思い出すと「まあそうだよね」と納得してしまう自分がいる。
「ナツミはお淑やかとまでは言わねえが、年相応の女の子だ。そう思うと男と純粋な友達って言われてもな……少し引っかかるというか」
「お父さんかな⁉︎」
今のアキトは完全に“娘があくまで友達と話す男の存在にやきもきしている男親”である。
実際のところ父親はもちろん母親も他界してしまっているミツルギ家の家庭環境を思えばそうなるのもやむなしという気もするが、だとしても二十代半ばの男の考えることだろうかと思わざるを得ない。
「……とりあえずあれです。俺とあいつの間にそういう甘酸っぱいのは一切ございませんからご心配なく」
「本当か?」
「本当ですとも。あくまで友人の域から出ない間柄です」
スイーツを食べに行くなどふたりで行動したこともあるにはあるが、あくまで友人としてだ。実際シオンはレイスやギルなんかとも普通に同じことをしている。
改めて考えると異性の友人でそういったことをしているのは確かにナツミだけなのだが、それを話すと面倒ごとにしかならないと思うのであえて口にはしないでおく。
「けどお前、前にナツミに美少女だとかなんとか言ってたよな?」
「普通に事実でしょ。そもそもあいつ士官学校時代のミスコン上位常連ですよ」
本人が恥ずかしがってあまり乗り気ではなかったこともあって1位の座はいつも他のやる気のある女子が手にしていたが、それでも二位や三位に毎回入っていたくらいなのだ。
シオンの感覚以前に一般的な感覚で間違いなく美少女なのである。
「確かいつの間にか名前呼びになってたよな?」
「あれはあっちが腹を括ったので俺なりの誠意を見せようと思ったというか……」
「それにあの黄色い結晶だ。ふたりだけの秘密の連絡手段ってどういうことだ?」
「俺はそんなつもりなかったけどナツミのほうが……っていうか面倒くさっ! 艦長さてはシスコンですね⁉︎」
「兄貴が妹の心配して何が悪い!」
開き直ったアキトにシオンは頭を抱えたくなった。
クールな艦長がログアウトしたかと思えば、まさかシスコンなどという面倒な一面まで出てくるとは。完全に予想外である。
「ていうか結局艦長はどうあってほしいんですか⁉︎ 友達だって言ってるじゃないですか!」
「名前呼びだの秘密の連絡手段だの情報出されておいて、友達と言われて「はいそうですか」と納得できるわけねえだろ!」
「俺がなんと言おうとどうにもならないやつじゃないですか!」
アキトの中では「どう考えてもただの友達ではない」という結論が出てしまっているらしい。
普段のように艦長として振る舞っているアキトであればもう少し冷静に考えられていそうなものなのだが、今目の前にいる男はただの妹を思う兄である。冷静な思考など求めるだけ無駄だ。
「そもそも! あなたのとこの妹についてはいくつか物申したいんですが!」
「あ゛? うちの妹になんか文句があんのか?」
「ガラ悪っ⁉︎ じゃなくて! お宅の妹警戒心が無さすぎるんです! 平然と俺のこと信用しすぎなんですよアイツ!」
「それは、その、少し人を疑うことを知らなすぎるのは確かだが……」
「少しじゃありませんから! 俺のことかけらも警戒しないとか相当ですからね⁉︎ 相手が俺じゃない人外だったら頭から食べられてるレベルですよ⁉︎」
ナツミ本人に対してこの手のことをもう言わないと約束したわけだが、ナツミ以外に言わないとは言っていない。
正直勢いで口に出てきただけだが、この際ミツルギ家の教育方針について多少物申したいところである。
「思えば艦長もなんだかんだ俺への警戒心ゆるゆるじゃないですか! まともに警戒してるのミツルギ兄だけだし! ホントにミツルギ家ではどういう教育してるんですかね⁉︎」
「他人を人種や先入観で判断するなと死んだ母さんに言われたな」
「ド正論ですけども!」
話によれば彼らの母親が亡くなったのは十年前だった。
五歳や六歳になる以前からそういった教えを刷り込まれていたのなら、ナツミがああいう風に育ってしまってもおかしくはない。
「それに、その素直さがナツミのいいところだと思わないか?」
「……否定はしませんけど」
得意気に話すアキトに少々腹は立つが、そういう素直さがナツミという少女の美点でもあることはシオンにだってわかっている。
甘さと言ってしまえばそこまでだが、人がそういった甘さや優しさを捨ててしまえばその先にあるのは互いに相手を疑い合う殺伐とした世界だけだろう。
その素直さに押し切られてはナツミを特別扱いしてしまっているあたり、“ただの友達”という言葉で片付けるのは少々無理があるのかもしれない。
「(……いやまあ、なんか恥ずかしいしややこしくなるし黙っとこ)」
見つけた答えをそっと胸の内にしまい込んで、シオンはいかにナツミに関する話題を終わらせるかに考えを巡らせるのだった。




