4章-アキト・ミツルギは兄である②-
「前々からちょっとそんな気もしてたんですけど、艦長って結構キャラ作ってますよね」
アキトの笑いがようやく収まった頃、シオンはじっとりとした目で不満をアピールしつつ指摘した。
普段のアキトと言えば、感情をあまり見せることもなくクールで堅苦しい口調で話す、要するに世間一般でイメージされるよい軍人というものをそのまま形にしたような振る舞いをしている。
普段その様子に違和感を覚えるようなことはほとんどなかったのだが、人外社会講座などでふたりきりで話をする機会が増えてきて、たまにそれが崩れることに気づいた。
特に今日なんて最早ほとんど隠せてもいない。
「……ああ、まあな。人の上に立つ以上はある程度振る舞い方も考えなきゃならないだろ?」
「あー威厳とかそういうのもありますもんね……」
ゲンゾウやアンナなどがそういうことを気にしているかと言われると少し微妙なところではあるが、アキトの場合名家の出身という要素も含まれるのであまり自由な在り方もできないのだろう。
「にしても今日はゆるゆるっていうか……完全に真面目な艦長さんではなくなってますけど? いいんですか?」
口調はもちろん声を上げて笑うなんて真似も普段周囲に見せている姿とはかけ離れている。こちらが本来のアキトの姿なのだろうが、それをシオンの前で思い切り見せつけてしまっていいものなのだろうか。
「……我ながらゆるんでいる気はするんだが、お前相手に肩肘張るのも馬鹿馬鹿しくなってきた」
「なんでしょう。もしかしなくても俺に喧嘩売ってます?」
「お前に威厳を見せたところで何か意味があんのか?」
「ないですね」
威厳を見せつけるという行為は、下の人間が反抗せず指示に従うようにしたり“この人に任せればきっと大丈夫だ”と安心させるためのものだ。
実際、現在の〈ミストルテイン〉の乗組員たちはアキトの采配にスムーズに従ってくれているように思える。
しかしシオンがそういったものを気にするかと言えば答えはノーだ。
どれだけアキトに威厳やカリスマ性あろうとも気に入らなければ絶対に従わない。
そう考えれば、確かにシオンに対して艦長らしく振る舞う意味はないに等しい。
「お前を相手にするのに小難しく考えすぎるのはよくないってわかったからな。人目のないところでは多少気を抜いてもいいだろ」
「ま、俺はどっちでもいいですよ。むしろ今みたいなほうがやりやすいですし」
素のアキトの振る舞いはアンナや十三技班の面々のノリに近い。シオンとしてはそういう風に接してもらえるほうが堅苦しい話し方をされるよりもずっと嬉しい。
「この際聞いちゃうんですけど、もしかして艦長って昔はまあまあやんちゃだったんですか?」
「また唐突だな……」
「だって学生時代からアンナ教官と仲良しで、素の性格がそれでしょ? 今はともかく学生時代とかなかなかとんがってたりしたのかなーって」
シオンの質問に対して、アキトは面倒臭そうな表情を隠すこともしない。
「なんでそんなことが気になる」
「気になるというか、暇なんですよ」
軽い食事を済ませ、シャワーも浴びた。
絶対安静と指示されてしまっているので仕事など当然させてもらえない。
ダラダラ過ごすこと自体は嫌いではないのだが、休日に自らの意思でそうするのと、外野から強制されるのとでは気分がまったく違う。
要するに、暇かつ退屈なのである。
アキトの学生時代について知らなくてもまったく問題はないが、興味はそれなりにある。
この状況において絶好の暇潰しになる話題なのだ。
「俺の世話、焼いてくれるんでしょ? なら雑談ぐらい付き合ってくださいよ」
ニヤニヤと笑いながら迫るとアキトは「仕方がないな」と表情で語りつつ諦めたように話し始めた。
「とんがっていたかと聞かれるとそうでもなかったが……今よりはもう少し不真面目ではあったんだろうな」
「ほうほう」
「授業をサボるようなことはなかったし、自分で言うのもなんだが成績も優秀だった。ただ、予習復習を真面目にやってたわけでもなければ放課後はラムダやアンナたちと町に出て遊んだりもしてたからな……優等生とはお世辞にも言えなかったかもな」
「……え、そんだけですか? もっと面白いの出てくるかと思ったのに……」
思わず本音を口にすればアキトがわかりやすくムッとした表情をする。
「何を期待してたんだお前は」
「んー例えば……「調子乗るなよ」とか言って突っかかってくる先輩たちを返り討ちにするとか?」
「それはお前だろ。……まあ似たようなことがなかったわけじゃないが」
「そこんとこくわしく!」
「お前が期待するようなことはねえよ」
ため息まじりにそう言ってから、わずかに口の端を吊り上げた。
「全学年合同の実戦演習で完勝したら、それ以降突っかかってこなくなっただけだ」
「わあ、ノリノリで喧嘩買ってるじゃないですか」
「ちなみにそのとき一緒に暴れたのはアンナだぞ?」
「ああうん。さすがですねあの人」
アキトはともかく、アンナであればそういった喧嘩は例え自分に売られたものでなくとも嬉々として買うだろう。
そして全力で相手をなぎ倒している様子もまるで目に浮かぶようである。
「それを言ったらお前のほうがえげつないことやってたってアンナに聞いてるんだが?」
「え、俺の話もする流れですか?」
「暇潰しなら俺だけが話す必要もないだろ?」
そう言われれば確かに反論はできない。ここで会話が終わって暇を持て余すよりはいいだろうとシオンは口を開いた。
「“素行不良御曹司退学事件”、“嫌味な特別科生徒VS俺とギル”、“セクハラ教官にジャーマンスープレックス”のどれがいいですか?」
「多いな⁉︎」
「え? これでもピックアップしたつもりんですけど」
「……つまり他にもいくつかあるってことか?」
「ご想像にお任せします」




