4章-大人たちの思惑-
目を塞いだだけであっさりと眠りに落ちていったシオンを見下ろして、アキトはそっと息を吐く。
幼い子供のような容易さで眠ってしまったところからもシオンが相当に疲れ果てていることが伺える。
こんなところを悪意ある者に狙われては危険であるし、これだけ弱っていれば着替えひとつであってもひとりでするとなれば苦労しそうだ。
やはりセキュリティの整った部屋で誰かが見守っておくべきであるというアキトの考えは間違いではなかったようだ。
「(……危機感が足りないのか、人に頼るのが嫌だったのか)」
どちらにしてもこちらの意見を強引に押し切っておいてよかったと思う。
しばらく穏やかに眠るシオンを眺めていたアキトだったが、無音の私室に何かが振動するような音が微かに響く。
懐から通信端末を取り出せばアンナからの通信のようだ。
シオンの眠るベッドから離れ、素早く隣の艦長室に移動してから通信に応じる。
「すまない待たせた」
『大して待ってないわよ。で? そっちはどういう感じ?』
アンナは挨拶もそこそこに色々な言葉を省いた質問を投げかけてくる。
何を聞きたいのかわからないような問いかけだったが、それなりの付き合いもあって彼女の気にしていることは察することができた。
「今は寝ている。……一度目を覚ましたんだが少し促したらあっという間に寝たよ」
『そう……相当疲れてるのね』
「お前もそう思うか」
『シオンもデスマーチ上等の技術班の人間よ? 学生時代から目ぇ離すと二徹三徹平気でやらかすようなタイプだったしね』
そんなタフなシオンがこうしてすぐに眠ってしまうとなると、彼の疲労具合はアキトの予想のさらに上をいくものなのかもしれない。
「しっかり休ませないとな……もしかすると、ベッドに縛りつけるくらいしたほうがいいのか?」
『……さすがにやめてあげて。そうしたほうがいいんじゃないかって気になるのはわかるけど』
つまりアンナも似たようなことを考えたことがあるんだなとアキトは察した。
それはそれとして、アキトからもアンナに聞いておきたいことがいくつかある。
「基地周辺の状況はどうだ? 何も異変はないか?」
『平和も平和。アンノウンの反応も全くないし壊れたところの復旧作業も滞りなく進んでるわ。やっぱミスティってこういう指示出しとかアタシたちよりもずっと上手よね。おかげで休憩がてらプライベートな電話もできる余裕もあるわけだし』
シオンに伝える暇はなかったが、オボロを見送ってシオンが気を失ってから丸一日ほどの時間が経過している。
その間はアンノウンの出現などは一切見られず、グレイ1討伐作戦開始からオボロの見送りまでの慌ただしさが嘘と思うほどに穏やかな状況だ。
コウヨウの調査によれば付近一帯に微弱な魔力反応があるそうなので、シオンの言っていたオボロの置き土産である結界は問題なく機能してくれているらしい。
上層部に対しては“アンノウンの出現を警戒するためにしばらく残る”という説明をしたわけだが、この調子であればその心配はせずともよさそうだ。
実のところ、アキトがシオンの世話をすることについてはあくまで他のやるべきことをこなしつつ行うことで上からの了承を得たのだが、アンノウンの出現もなく、復旧作業もミスティに任せておけるのであれば、アキトに“他のやるべきこと”はない。
「それはよかった。俺も安心してイースタルの世話に集中できる」
多少の事務仕事に対応する必要はあるがそれは私室でもできる。
シオンがある程度回復するまでは事務仕事をこなしつつ彼の世話に集中することができるというわけだ。
『なんかアンタ、妙に吹っ切れた感じになってない?』
「そうかもな」
『テロ事件以前でもそこまでシオンにぐいぐい行ってなかったもんね……』
アンナの言葉を聞いて、思わず小さく笑いが漏れ出た。
『なーに笑ってんのよ』
「いやすまん、言葉選びがイースタルとそっくりだったんでな。それに気づいて思わず笑いが」
『つまりシオン本人にもぐいぐい来てるって言われたわけね』
声のニュアンスからアンナの呆れた表情が見えるかのようだった。そういった反応もシオンとよく似ている。
「まあ、吹っ切れたというのは確かなんだろう。……イースタルに関して悩むのはやめたんだ」
『やめたってアンタ……』
「考えてわかるような相手でもないし、目を離してる場合じゃないとわかった。……本当にシオン・イースタルを知りたいのなら考えるより見るのが一番、だろ?」
少なくとも、アンナはきっとそうしている。
あれこれと考えを巡らせるのではなく、彼女自身が自らの目で見てきたシオンの姿を判断材料として今に至っているのだ。
そしてそれこそがシオンのことを理解するための最善かつ最短な道なのだとアキトは確信している。
「それと……思った以上に危なっかしいんだと気づいた」
ここまで話したようにシオンという人間をより深く知るためには考えるより行動すべきだと思ったというのはもちろんあるが、それと同等かそれ以上に心配になってきたのだ。
「こちらが頼りないというのはあるにしてもひとりで全部片付けようとするし、自分にとって大切なものを守るためなら自分自身は蔑ろだ」
『しかも自分がやりたいからやったとか言ってお礼を言っても素直に受け止めないし、こっちが心配してもキョトン顔で反省せずまたやらかすし』
アキトの言葉に続けるようにアンナはシオンへの文句を吐き出した。
『どこかでうっかりアタシたちのために死ぬんじゃないかってたまに不安になるのよ』
「……ああ。そうだな」
“儚い”なんて印象の真逆をいくような男だというのに、目を離した隙に消えてしまうのではないかと不安になる。
そういったシオンのひとつの側面に気づいてしまったのが、ある意味では運の尽きだったのかもしれない。
「おかしなことかもしれないが……俺はイースタルを死なせたくないんだ」
強い力を持っていても、人の理解の及ばぬ魔法を扱えるのだとしても、シオンはまだ成人もしていない子供だ。
そんなよく笑いよく騒ぐ子供が、助けも求めず文句も言わずにひとりひっそりと傷つき、死んでいこうとしている。
それがアキトにはどうしても見過ごせない。
ひとりの人間として見過ごしたくないのだ。
「俺の立場を考えれば持ってはいけない感情なんだろうが、気づいてしまった以上どうしようもない」
『別にいいじゃない。ホントのところは優等生なんて柄じゃないでしょ?』
「まあな」
今でこそ口調も直して見本のような軍人のように振る舞っているアキトだが、本質はやはりそこそこ荒っぽい機動鎧のパイロットに違いない。
表立ってそんな自分を出していくつもりはないが、内心で多少お手本になれない部分があってもまあいいだろう。
「……今後、イースタルが無茶をしないように気を配ろうと思う。俺は立場上動けない場合もあると思うが……」
『そこらへんは比較的自由なアタシがフォローするわよ』
みなまで言わずともアキトの意図を汲んでくれたアンナは、その直後イタズラを思いついた子供のように小さく笑う。
『シオンって基本自分でどうにかするタイプだから、世話焼かれるとペース崩すのよ。せいぜい甲斐甲斐しく世話焼いてあわあわさせてあげてよね、お兄ちゃん』
「……任せておけ。うちのふたりよりも手がかかりそうで腕が鳴るな」
最後にひとしきりふたりで笑い合ってから通信を切る。
私室に戻ればシオンはぐっすりと眠っており、そんな彼にそっと掛け布団をかけ直してやりながら、明日以降どう世話を焼いてくれようかとアキトは考えを巡らせるのだった。




