4章-絶対安静命令②-
こうなってしまえば自室に戻ってひとりきりで療養というわけにもいかない。
少なくともアキトがそれを決して認めてくれないであろうことはここまでの会話で明らかになっている。
ではどうするのか?
アキトの意見としては、セキュリティのしっかりしている部屋で誰か信頼に足る人間がシオンの面倒を見てくれればよい、ということらしい。
であればアンナ辺りが妥当だろうか、とあたりをつけつつそれを尋ねると、
「いや、俺がお前の面倒を見るつもりだが?」
「何言っちゃってんですかねこの人⁉︎」
当然のように自ら世話をすると言い切ったアキトに思わず大きな声が出た。そして不調もあって盛大にむせる。
ゲホゲホ咳き込むシオンに流れるように水を渡し背中をさするという見事な看病に若干感心してしまったが、そういう問題ではない。
「艦長の中で何がどうなってそういう結論に至ったんですかね?」
「むしろ他に適任者がいないだろう」
アキト曰く、シオンの世話を任せるにあたって必要な条件はふたつ。
ひとつ、シオンに確実に害意がない人間であること。
これは気持ちの問題であるので正確に測ることは難しい。しかしまず大丈夫であろうアンナや十三技班などの候補はいるにはいる。
ふたつ、シオンの首元の痕跡を見せても問題ない人間であること。
そしてこのふたつめの理由こそがアキトが自分で面倒を見ようと決めた決め手だという。
「アンナや十三技班の面々に頼むのは簡単だが、お前は彼らにその噛み跡を見られていいのか?」
「…………」
アキトの問いにシオンは口ごもる。答えはと言えば当然ノーだ。
仕方なく現場を見られてしまったアキトやシオンの体を診た医療班の人間はもう仕方がないとして、親しい友人や恩師はもちろん他人にオボロとの一夜について知られるというのは、相当神経が図太い自覚のあるシオンでも嫌に決まっている。
つまり“もうそのことを知っている人間”に候補が絞られるわけだが、そこに“シオンに害をなさない”という条件を加えると――、
「もしかしなくても、艦長しか候補いない?」
「そうだ」
「いやいやいや。だとしてもいろいろと無理があるでしょ!」
アキトの言う通り条件に合うのが彼だけだとしても、一部隊の部隊長にして〈ミストルテイン〉の艦長であるアキトがシオンの看病などにかまけていられるはずがない。
「ひとまずは問題ない。少なくとも数日〈ミストルテイン〉はこの基地に止まるからな」
「そういう指令が?」
「大規模な出現の直後であるし、基地の戦力の損耗も激しいからしばらく留まって警戒すべきとこちらから進言した。先に言っておくが、俺がお前の面倒を見ることについてもすでに上層部の了承を得ている」
「……それ、認められたんですか?」
「でなければ今話していない」
いったいどんな説明や説得を行えば上層部の了承を得られるのだろうかという疑問はあるが、詳しく聞いても頭痛の種が増えるだけだと判断してやめておくことにした。
とにかく、シオンが今更じたばたしたところで無駄に疲れるだけでなんの意味もなさないということらしい。
「……もういいです。世話焼いてもらえるっていうならそりゃあもう全力でぐうたらしてやりますとも」
「それでいい。大人しく静養しろ」
艦長の部屋だけあって質のいいベッドに勢いよく体を沈め鼻息荒く宣言してやったのだが、アキトは余裕の表情で微笑んでいる。
完全にわがままな子供を見る大人の目に正直居心地が悪い。
「……ちょっと前までの微妙な距離感はどこ行ったんですかまったく」
「気づいてたのか」
「気づいてましたし、なんならどこかの誰かさんも心配してましたよ」
「なるほど、兄として失格だな」
シオンの言葉だけでナツミのことだと察したらしいアキトは苦笑している。
「で? ここに来てぐいぐい来るようになった理由を聞いても?」
オボロの一件でバタバタしていたこともあって忘れていたが、そもそもシオンとアキトの間には溝ができていたはずだった。
それがいつの間にかなくなっていることにしても、アキトがわざわざ上層部に了承を得てまでシオンの面倒を見ようとしたことにしても、彼の中でどういった心境の変化があったのかがシオンにはさっぱりわからない。
「そうだな。……悩んでいる場合じゃないと思った、といったところだろうか」
ベッドの横にイスを引っ張ってきたアキトはそれにゆったりと腰かけて寝転がるシオンを見下ろす。
「お前がどういう人間なのか、どんな風に接していくべきなのか、そもそも信用に足るのか。いろいろと悩んで距離も置いたが……目を離してる場合じゃないと気づいた」
そう口にしたアキトは少し困ったような顔をしている。
「目を離している間に何をやらかすかわからない。下手をすればいきなり姿を消してしまうかもしれない。そんな最初からわかっていたようなことに改めて気づいただけだ」
「……それってつまり、なんの結論も出てないのでは?」
発言をまとめると、アキトの中でどうするべきか答えが出たわけではなく、単にそれどころではないから前のような距離感に戻っただけ。
要するになんの結論も進展もないというわけだ。
「それでいいさ。よくよく考えれば他人に易々と本性を見せてくれるような相手じゃないんだ。せいぜい近い距離で観察させてもらうことにするさ」
「だいぶ酷い認識を持たれてませんかね?」
「そうでもない。……少なくとも、根っからの悪党ではないことだけは確信してるからな」
予想していなかった言葉に思わずアキトの顔を凝視すれば、伸びてきた大きな手が少し乱暴に頭を撫でた。
「素直じゃないが民間人に被害が出ないように奔走してくれたのは事実であるし、友人や恩師を守るために無茶もする。お前は捻くれ者で、自分の気持ちに正直で、周りの人間を大切に思うだけのただの子供だ」
少し乱暴な手はそのままシオンの視界を覆い隠し、少し休めと促してくる。
まだ疲労の残る体は正直なもので、たったそれだけのことでゆっくりとシオンの意識は眠りへと誘われていった。
「よい夢を」
大人が子供に向けるような優しい言葉に少しだけ不満を覚えながら、シオンは意識を手放すのだった。




