1章-はぐれ者たちの十三技班①-
〈ミストルテイン〉格納庫。
赤を基調にカラーリングされた〈アサルト〉と類似した機動鎧、EC‐02〈セイバー〉の足元で、ハルマは技師のひとりと向かい合っていた。
「エリックさん……できませんか?」
「できるかできないかで言われたらできなくはないんだけどさあ……」
エリックと呼ばれた小太りの青年は困ったように頭を掻く。
彼の名はエリック・マーティン。
この艦に乗船した十三技班のメンバーのひとりで、センサー類を専門とする技師だ。
そんな彼にハルマが相談を持ち掛けているのは、ステルス能力を持つアンノウンへの対策についてである。
現在、人類軍で使用されている通常のセンサーでは問題のアンノウンの反応を捉えられない。
しかしシオンが反応を感知できている以上、まったく反応がないわけではないはずだ。
つまり、厳密には反応が消失しているのではなく人類軍のセンサーでは感知できないほど微弱な反応になっているのだ。
であれば、センサーの感度を上昇させることができれば反応を捉えることも可能なはず。
ハルマは学生時代から十三技班のメンバーとも親しい。
そして彼らの技術力の高さも理解している。
彼らであればハルマの要望を叶えることも決して難しくはないように思うのだが、何故かエリックの反応は芳しくない。
「あれ? エリック先輩にハルマくん、どうかしました?」
「リンちゃん。実はちょっと困っててね……」
コンテナの影からひょっこり現れた東洋系の女性、リンリー・リー。彼女もまた十三技班のメンバーのひとりだ。
「ハルマくんって技師を困らせるようなこと言うキャラだったっけ?」
「センサーの感度アップを頼まれちゃってねえ……」
「あー……それかあ……」
エリックとリンリーが顔を見合わせて微妙な顔をする。
それからエリックはため息をつきながらハルマに向き合った。
「あのねえ、ハルマくん。申し訳ないんだけど、できないんだ」
「できない……?」
「実は、私たちって試作機に整備とか修理以上の手を加える許可もらえてないのよ」
シオンの乗る〈アサルト〉、ハルマの乗る〈セイバー〉、そして残る〈スナイプ〉〈ブラスト〉の四機のECドライブ搭載型機動鎧は人類軍内部でも重要な機体になる。
ふたりが言うには、その開発は通常の技術班などとは別の特殊な機関が行っていたそうだ。
「確か、対異能特務技術開発局、とかなんとか? とにかく四機はそこの管轄らしくてね。そこいらの技術班が勝手に手を加えるのはダメってことになってるそうよ」
「ただでさえ僕たちは元々担当するはずだった班のピンチヒッターだからねえ……一応親方が上に掛け合ってくれてるみたいだけど、まだ許可が下りないんだ」
十三技班は元々この〈ミストルテイン〉に乗る予定などなかった。
しかし、第七人口島でのアンノウン襲撃の際に本来搭乗予定だった技術班の半数が戦死。
結果、運よく襲撃の中でひとりの欠員も出さなかった十三技班が抜擢されたというわけだが、緊急措置であるがためにまだ対応が追い付いていない部分もあるということらしい。
「正直、センサーの強化はOKさえ出ればすぐにでもやってあげたいんだけどねえ……」
「私も、せっかく火力重視の〈ブラスト〉なんて機体があるんだし、出来立てほやほやの新型ミサイルを積み込みたいんだけど……」
「あーリンちゃんのそれは洒落にならないからやめようね。親方に絶対使うなって釘刺されたやつだよね、それ」
「別にいいじゃない、従来の三倍の破壊力を実現したんだよ!? アンノウン殲滅しまくりだよ!?」
「いや、それは危なすぎませんか!?」
平然と相当やばい話をしているリンリーに思わず叫ぶ。
このリンリーという女性。一見するとスラリと高い身長と艶やかな黒髪を持つ美女なのだが、その実、爆発物をこよなく愛する爆発物マニアでもある。
真偽はハルマも知らないが、あまりに強力な爆薬を作り過ぎるがために様々な技術班をたらい回しにされ、最後にこの十三技班にたどり着いたのだとか。
あくまでそれはウワサのレベルの話なのだが、このような彼女の口ぶりを見ているともしかして本当なのではと思わないでもない。
「おうおうリンリーが荒れてるな。イライラ溜めすぎて艦内で爆破実験おっぱじめたりするなよ?」
「さすがにそんなことしないわよ……多分」
「リン先輩……そこは自信を持って否定してほしいです」
パーツ運搬用の小型車両に乗って新たに男女がやってきた。
眼帯で右目を覆う茶髪の青年の名はロビン・フォレスター。
小柄で銀のロングヘアの少女の名はアンジェラ・カーリナ。
どちらもまた十三技班のメンバーだ。
「ミツルギの次男坊はどうした? 機体を魔改造してほしいのか?」
「いや、そんなとんでもない話はしてません」
「そうか? てっきり戦場で活躍するための相談に来たんじゃないかと思ってたんだが」
確かにロビンの言う通り、戦場でもっと戦うためにセンサーの強化を依頼しに来たわけではあるが、どうしてそれが言い当てられたのだろう?
そんなハルマの疑問はわかりやすかったのだろう。ロビンは左目を細めてニヤリと笑う。
「シオンばっかり暴れてるのは、面白くないだろ?」
ロビンの指摘に、ハルマは自身の中で何かが燃え上がるのを感じた。
反射的にロビンを睨みつけてしまったが、相手はどこ吹く風という様子で車両から荷物を降ろし始めている。
「お前……というかミツルギの家の事情は有名な話だしな。その上お前はアイツとかかわりもあったわけだし、思うところのひとつやふたつあるだろうよ」
大した興味もなさそうに荷物を降ろす片手間に話すロビンはこちらを見ることもしない。
ハルマの心情を言い当てつつも、それに対して特に意見を持っているわけでもないようだ。
そんな余裕のある態度に、ハルマの中でわずかに苛立ちが募る。
「……ずいぶん落ち着いてるんですね。アイツは十三技班のみなさんにも、正体を黙ってたのに」
シオンは卒業後、彼ら十三技班の同僚になるはずだった。
そんな彼らもまたシオンに正体を隠されていた側の人間になる。
にもかかわらず、彼らはシオンに対して怒りを露わにするでもなく、逆にアンナのように寄り添う様子もない。
言うなれば、シオンの正体が白日の下にさらされる以前の状態のままだ。
まるで何もなかったかのように振舞う彼らの姿に、ハルマは少しばかり釈然としないでいた。
そんなロビンのこちらをからかうような態度に、ついそんな思いが口から出てしまったのだ。
ハルマの言葉に対してロビンから何か言葉が返されるでもなく、他の十三技班のメンバーも何も言わない。
先程までの和やかな雰囲気はなく、ただ沈黙だけが流れていく。
最初に動きを見せたのは、エリックだった。
重々しいため息をついてから、彼はある方向へと視線を向ける。
それに応じるように残るメンバーも同じ方向へと視線を向け、各々が困ったような表情や寂しげな表情を見せる。
ハルマは彼らの視線を追いかけ、そこにとある人物の姿を見つけた。
「ギル……?」
学生生活の中で毎日のように見ていた赤錆色の短髪は今更見間違えようがない。
彼はハルマたちの同級生であり、そしてシオンと最も多く一緒にいたであろう人物、ギル・グレイス。
普段陽気で騒がしいくらいの彼は、今は言葉を発する様子もなくただその場に佇んで目の前にある機体――〈アサルト〉を見上げている。
「まーたやってやがるよアイツ」
「今日だけで何回目かしらね……」
ロビンとリンリーの声からは呆れと、わずかな心配が感じられた。
だが、ハルマにはギルの行動の意味もふたりの発言の意味も全くわからない。
「ギルくんはねえ。最近目を離すとすぐあんな感じになっちゃうんだよ。……何せ、あの日以来、一度もシオンくんと話せてないからねえ」
「…………は?」
信じられない心地でエリックを見るが、困った様子の彼が嘘をついているようには見えない。
思わずエリックの隣に立っていたアンジェラを見るが、彼女は悲し気に頷いて見せるだけだった。
「でも、おかしいじゃないですか。〈アサルト〉は出撃してて、整備だってしてるんですよね? アイツと話す機会なんていくらでも……」
「そのはずなんだけどなあ……避けられちゃどうしようもねえんだわ」
「避けるって、アイツが?」
「はい、それはもう見事に避けられてまして……」
出撃時は声をかける隙もなく機体に乗り込みさっさと出撃してしまう。
かといって帰投したかと思えば、操縦席から素早く飛び降りてそのままふらりと格納庫から立ち去ってしまうのだという。
そういった話を聞くと、確かにシオンが十三技班を避けているというようにしか思えない。
何せ、ハルマの知るシオンの性格であればそんな風にキビキビと動くとは考えにくいのだ。
どちらかと言えばのんびりと自分のペースで動くほうが、よっぽど彼らしい。
「帰投直後は機体の固定だのなんだので技術班は忙しいからね。……あの子、絶対それわかっててさっさと格納庫からいなくなってるわよ」
不機嫌そうに眉をひそめるリンリー。
しかしハルマにはどうしても引っかかることがある。
「なんでアイツは、みなさんを避けるんですか?」
少なくともハルマは、正体が露見した後でもシオンに避けられた試しはない。
ハルマのほうが必要以上に彼に接触しない部分はあるが、シオンが今聞いたようなあからさまな避け方をしたことはないのだ。
それはハルマに限った話ではなく、リーナやレイも積極的とは言えないが関わりを持っているし、アンナについては以前とほぼ同レベルで関わりを持っている。
明らかに十三技班への態度だけがおかしい。
それは当人たちもわかっているのだろう。ハルマの言葉に首を傾げたり難しい表情をするばかりだ。
「その理由がわかってれば苦労はしねえよ……」
「かといってすごく警戒されてるのか追いかけてもすぐに撒かれちゃうんだよねえ……」
ロビンもエリックもお手上げとでも言うようにため息をつく。
女性陣も言葉にこそしないが同じような考えなのだろう。
「親方とお嬢は何か察してるみたいなんだが、俺たちにはほっとけとしか言わねえんだよな……」
「そのせいもあってギルはずっとあんな調子なんだよね」
もう一度、視線をギルに戻してみる。
シオンの親友にして相棒を自称していた彼がシオンの秘密や現在の状況に何を感じているのかはハルマにはわからない。
ただ、何かしらの感情を胸に抱えていることだけは間違いないだろう。
でなければ、騒がしすぎるくらいに明るく陽気だった彼が、あんな状態になるはずがない。
「(……アイツ、何を考えてるんだ?)」
まさかあんなにも仲良くしていたギルにさえ、すでに何の感情もないというのだろうか。
もしもそうだったとしたら、今以上にハルマはシオンを嫌悪するだろう。
現状においてハルマは、シオンに対して銃口を向けるような態度を一応はとっていない。
しかしそれは、シオンがもたらすメリットを私怨で失うわけにはいかないという理性が働いているからにすぎない。
本音を言えば、今すぐにでも頭を撃ち抜いてやりたいくらいだ。
先程のロビンの指摘も、間違いでない。
憎くたらしくて仕方がないシオンに頼らざるを得ない現状に不満があるのは事実だ。
こちらの気持ちなど知らないとでもいうように平然と艦内を歩くシオンを思い出して、身の内で何かが燃えるような感覚を覚える。
そんなハルマの肩におもむろに手が置かれた。
見れば、何かを企んでいるかのように愉快そうに細められたロビンの瞳と目が合う。
「ところでお前さ。シオンに嫌がらせしたくないか?」
「嫌がらせって……」
「だってアイツのこと嫌いだろ? でも上からの命令で手が出せなくてイライラしてるんじゃねえの?」
「いや、それはそうですけど、……そういう陰湿なことは」
「まあ聞けって、俺たちだってそんな陰湿でダセェことさせようってわけじゃないんだよ」
気づいて見れば肩に手を置くロビンはもちろん、エリック、リンリー、アンジェラの四人にすっかり囲まれている。
「みなさん、俺にどうしろと……」
「ヒヒヒ、怖がらなくても大丈夫大丈夫。ちょっと協力してほしいだけよ」
「そうそう、シオンのバカが俺たちから逃げられないように協力してもらいたいだけだからよ」
シオンは明らかに意図を持って十三技班を避けている。
裏を返せば、避け損ねることはシオンにとって不本意だということでもある。
つまり彼らは、“嫌がらせ”と称してハルマにその片棒を担がせようというわけだ。
「俺らはシオンをとっ捕まえられる。お前は嫌がらせができて少しスッキリ……悪い話じゃねえだろ?」
「ついでに、協力してくれるならセンサーの問題もなんとかしてあげるわよ」
ニヤニヤと悪い笑顔でこちらを見ているロビンとリンリーに思わず頬が引き攣る。
「あの、センサーの件はさっき無理だって……」
「正攻法では無理って話であって、やり方はあるのよね」
「世の中には抜け道ってもんがあるんだよなあ、これが」
「ヘへへ」「ヒヒヒ」と薄気味悪い声で笑うロビンとリンリー。
そんなふたりに軽く引いた様子ではあるが、止める気はないらしいエリックとアンジェラ。
残念ながら、ハルマに選択肢はなかった。




