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【完結済】機鋼の御伽噺-月下奇譚-  作者: 彼方
4章 神の名を冠するものたち
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4章-絶対安静命令①-


【月影の神域】を離れ意識があるべき体に戻る感覚を覚えたかと思えば、全身に何か重しでも乗っているかのような感覚と体を動かすのも億劫なほどのだるさが容赦なく襲いかかってくる。

疲れ果てて気を失ってしまうほどの疲労はやはり多少意識を失ったくらい回復などはしてくれないらしい。


若干ふわふわとした思考のまま、このまま再び眠ってしまいたいという欲求と意識が覚醒したからには状況ぐらいは把握しておくべきではないだろうかという考えが脳内の天秤を揺らし、最終的には後者に傾いた。


そっと目蓋を開いた先の真っ白な人工的な光の眩しさに目を細めつつ天井を見上げると、そこがまったく覚えのない天井であることがわかる。

少なくとも〈ミストルテイン〉で与えられた自室ではないと判断しつつも若干の違和感を覚える。


シオンが意識を手放した場所から考えると、ここが自室ではないのなら医務室に運ばれているのが妥当だろう。

しかし医務室特有の薬品のにおいなどが一切感じられないのだ。


「(自分の部屋でも医務室でもないなら……ここどこ?)」


動かしにくい体をわずかに動かして天井から室内に視線を移す。

ある程度生活感のある部屋の様子を観察すること数秒。この部屋がシオンも何度か足を踏み入れた記憶のある部屋だと気づいて、一気にぼんやりしていた思考がクリアになった。


「……は?」


思わず漏れた声とほぼ同時に部屋の一角のドアが開いて、見慣れた人物が姿を表す。

彼――アキト・ミツルギはシオンが目を覚ましていることに気づくと抱えていた荷物をソファに投げ捨てるようにしてシオンへと駆け寄ってきた。


「イースタル、意識が戻ったのか!」

「ええまあ。それはそれとして質問いいですか?」

「なんだ?」

「なんで俺は艦長殿の私室で寝ているんでしょう?」


シオンが寝かされているこの部屋は人外社会講座と銘打って度々アキトに人外に関することを教えていた彼の私室だった。

そこに問題があるかと聞かれればそういうわけでもないが、どう考えても倒れたシオンが運び込まれるような場所ではない。


「いろいろと考えたんだが、ここしか思いつかなかった」

「むしろ何がどうなってここしか思いつかなかったんですか……普通医務室とかでしょ」

「医務室は最初に除外したからな……」


曰く、シオンの体――主に首回りの噛み跡やら鬱血痕やらを医療班の不特定多数の人間に見せてしまうのはシオンにとってあまりよいことだと思えなかったのだそうだ。


さらに医務室は基本的に誰でも立ち入れてしまう。

暗殺騒動の際に一度シオンに敵意のある人間は排除されたわけだが、弱っているシオンに危害を加えようと動く人間がいないとは限らない。


そういった理由から医務室を一番に候補から外し、かと言って勝手のわからないシオンの私室に運び込むわけにもいかず。

その末に思いついたのがアキト自身の私室だったということらしい。


確かにアキトの部屋に呼ぶ医療班の人数を絞って口止めすればシオンに何があったのかを察する人間は最低限に減らせるし、セキュリティの高いアキトの私室ならシオンに害をなそうという人間も近寄れない。

条件としては確かにベストな選択だったと言えるだろう。

シオンのことに配慮してくれたというのもわかったので感謝はしている。


ただ、それはそれで別の部分で問題が出てくるのではないかとシオンは思うのだ。


「一応聞くんですけど、俺ってどういう感じでここまで運ばれたんですかね?」

「ん? 俺がコクピットから抱きかかえてここまで運んだが?」

「背負って、とかではなく?」

「あの時の服装のお前を背負ったら下半身が丸出しになるだろうが」

「つまり……お姫様抱っこというスタイルで……?」

「そうとも言うな」


それがどうしたと言わんばかりに平然としているアキトを前に、シオンは緩慢な動き両手で顔を覆った。


ここまでの話をまとめるとつまり、この男(アキト)は彼の上着しか身に纏っていないシオンを自らの腕で丁寧に抱えて格納庫からこの部屋までダッシュしたのだ。

そして何故かそのまま自分のベッドを貸し与えて療養させている。


「絶対に妙な噂になるやつじゃないですかー……」

「妙な噂……?」

「……わかんないならいいです」


頭上に疑問符を浮かべるアキトに、シオンはすぐに諦めた。

現在のコンディションでそういったことに頭を使いたくなかっただけとも言う。


「とりあえず、もう自分の部屋あたりに移動しますね」


意識が戻ったわけであるし、疲れているだけで体に外傷や異常はない。であれば、わざわざアキトのベッドを占領せずとも自室に戻って休めばいいだけだろう。

シオンは至極当然のことを口にして体を起こしたつもりだったのだが、ベッドの横に立つアキトは口を開けて驚いている。


「あれ? なんか俺おかしいこと言いました?」

「……お前、その状態でひとりでいるつもりなのか?」


驚きとわかりやすすぎるほどの心配のこめられた問いかけに、少し返答に困った。


「別に自分のベッドでちょっと寝ればいいだけですし、ひとりでも問題は……」

「言っておくが、医療班からは最低三日は絶対安静だと指示されている。まさかお前はそれをちょっと(・・・・)の休養で済ませるつもりじゃないだろうな?」


心配そうだったはずの視線が一転して険しいものに変わったことで、自分の発言のミスを悟った。

どの部分かはわからないがアキトの機嫌を損ねたらしい。


「そこはその、最悪ギルとかに声かければいいし……」

「十三技班の多忙さを身をもって知っているお前が本当に彼を呼べるのか? 首回りの跡も一日や二日では消えないぞ?」


苦し紛れに出したギルの名前も、呼ぶ気がないとあっさり見抜かれてしまう。加えて今のでさらにアキトの目が険しくなった。

気分的にはツーアウトである。


「いや、でもほら、大丈夫ですよ。だってベッドで寝てるだけですよ? なんかあったら魔法でちょちょいとしますし」

「魔法でどうとでもするから大丈夫だと言っていた戦闘を終えてすぐ意識を失ったのはどこの誰だっただろうな?」


「そもそも最初は操縦含めて全部ひとりでやろうとしていたんだったか……」と口に出しながら明確に怒りの感情が含まれた目でこちらを見下ろしてくるアキトにシオンの作り笑いが引きつる。


スリーアウト、チェンジ!


シオンの脳内で何者かが高らかにそう叫んだ気がした。


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