4章-旅立ちと眠りと-
〈セイバー〉たちの合流もあってアンノウンたちとの戦いは最初と比べればずいぶんと楽になってきたが、余裕ができてくると視野が広がってくるものだ。
「イースタル。アンノウンの出現頻度がだんだん増していないか?」
これまで結界に守られていた場所が解放されればアンノウンが集まりやすいというのは昨日の時点で把握していたことだが、それにしても多すぎるようにアキトは感じた。
それはシオンも同じようで少々険しい顔でセンサーの表示などに目を走らせている。
「……結界消えてすぐくらいが一番多くなりそうなもんなんですけどね」
「なら何か異常があるということか?」
「いや、多分これは……」
少し黙り込んだしおんはおもむろに通信機器へと指を向けると、触れることなくそれを操作して全体へ向けての回線を開く。
「〈ミストルテイン〉含め全員聞いてください。現在出現中のアンノウンの群れですが、しばらくは増加傾向になりそうです。持久戦になりそうですから弾薬その他は節約を心がけてください」
『……どうしてそれがわかるの?』
「説明は難しいけど、この一帯にそういう感じの気配がある。俺みたいなのしか感知できないような曖昧なやつがね」
到底納得などできなさそうな返答ではあるが質問を投げかけてきたリーナがそれ以上追求してくることはない。
このように言われては追求のしようがないとも言える。
とにかく注意しろと最後にもう一度付け加えたシオンは繋げたときと同じく触れることもせずに通信を切った。
「……それで? 実際のところはどういう原因なんだ?」
「オボロ様の渡りの準備の影響だと思います。多分、この一帯が普通より世界の狭間に繋がりやすくなってるんです」
アンノウンが実際にどこからやってきているのかは定かではないが一般的な理解では【異界】から、そうでなくとも少なくともこの地球とは異なる場所から来ていることに間違いはない。
そしてこの一帯は今オボロが【異界】への道を繋ごうとしている影響で、そういった“異なる場所”との隔たりが曖昧になっている。
その影響でアンノウンたちが現れやすくなってるのだろうというのがシオンの見立てだ。
「厄介だが……逆に言えば終わりが見えつつあるということでもあるな」
「ええ。こうも影響が出てるってことはほとんど道は開きかけてます」
であればアキトたちは粛々とアンノウンたちを退け続けるだけだ。
「……一応確認だが、問題はないな?」
「まあそこはなんとでも。できるだけ早く片付けて休みたいですがね」
シオンの疲労を心配すれば、いつもの通りの軽口が返される。
どこまでも通常運転なシオンに少し呆れつつ、安堵と共に気を引き締めた。
「少し荒っぽくなる。しっかり掴まっておけ!」
「え゛、それはちょっと遠慮したいんですが⁉︎」
シオンの不満を聞かなかったフリをして〈アサルト〉を急加速させる。
急な動きに反応したのか鳥型のアンノウンがこちらへと殺到するが、ロールさせた機体の回転に合わせて振るう〈ライトシュナイダー〉でそれを軒並み斬り伏せていく。
密集した群れを突き破るように飛び出した後はダメ押しとばかりに〈ドラゴンブレス〉から光の弾丸を数発撃ち込んでおく。
後方に〈セイバー〉たちがいることを思えば倒し切れたかどうかを確認する必要はない。それよりも地上に急降下して獣型のアンノウンたちの掃討することを優先する。
「艦長! 後ろから気配殺したのが数体来てます!」
「わかった!」
センサーより早く気配を察したシオンの警告にその場で瞬時に一八〇度方向転換すると、そのまま迫ってきていたアンノウンたちを真正面から薙ぎ払う。
度々行われる無理な挙動にシオンが悲鳴と文句を叫び散らすのを聞きつつしばらく戦えば、戦場に変化が起きた。
『こちら〈ミストルテイン〉! 到着早々あれなんだけど、村のところに異常なエネルギー反応があるわよ⁉︎』
唐突にコクピットに響いたアンナの声に〈アサルト〉を垂直に上昇させれば、村に起きている異常は視覚的にもあっさりと見て取れた。
「あそこは……社の辺りか!」
「準備完了って感じですかね」
村の一角にあるオボロの社の真上に大きな光の輪が浮かんでいる。
そしてその輪の内側には夜空のような黒と無数の小さな光が渦巻いているのが見て取れた。
シオンの言葉を借りるのであれば、あれが世界の狭間というものなのだろう。
『御剣の、それから天の小童。よくやってくれた』
『……行くんですね』
オボロの声が頭に直接響く。あくまで言葉しか届いてこないのだが、不思議とアキトはシオンの問いかけに対してオボロが微笑んだような気がした。
『こうなると顔を合わせることは二度となさそうだが……まあこうして縁ができた以上はまた会うこともあるかもしれない。その時は酒でも飲み交わすとしよう。……それじゃあ、達者でな』
その言葉の直後、社から天へ向かっていくつもの光が駆け抜けた。
まるで流星のような無数の光は吸い込まれるように光の輪の中に消えていく。
そして最後の光が輪の中に飛び込んだ直後光の輪は急速に狭まり、弾けて消えた。
「これは……?」
光の輪が弾けると共に周囲に降り注ぎ始めた光の粒子。それに晒されたアンノウンたちは逃げるようにその場から去っていく。
「最後に簡易的な結界を一帯に張ってくれたみたいです。これまでほど強力じゃないでしょうけど、ね……」
「……守るべき村人は連れて行ったというのにな」
戦いを終えて気でも抜けたのか疲れを滲ませるシオンの説明に、アキトは驚きを通り越していっそ呆れてしまいそうだった。
この地に残るのは彼が守るべき村人ではなく、彼を殺そうとした人間たちだ。
それでもこうして人を守る力を残していくオボロは、シオンの言う通り大層人に甘い神様らしい。
「敵わないどころか、最初から勝ち目なんてものはなかったわけか」
オボロの器と力の大きさと、自分たち人間のちっぽけさにただただ苦笑するしかない。
そこでふと、アキトは違和感に気づく。
いかにもシオンから意地の悪い言葉のひとつでも飛んできそうな状況にもかかわらず、それがないのだ。
「イースタル?」
つい先程まで当たり前のように話をしていたはずの少年に呼びかけるが、返事はない。
彼のいるシート後ろのスペースを見やれば間違いなくそこに姿はある。しかし、動かない。
慌てて伏せられていた彼の顔を持ち上げて状態を確認する。
呼吸をしていることは確認できたが、目は硬く閉じられていて開く気配はない。顔色もよく見れば少し前よりも血の色を失っているように思える。
「イースタル!」
もう一度鋭く呼びかけ頬を軽く叩くが応答はなく、人形のように動くことのない姿にただ焦燥だけが強まっていく。
「〈ミストルテイン〉! 〈アサルト〉は今すぐ帰艦する! ……イースタルの意識がない。医療班を待機させておいてくれ」
〈アサルト〉の出力は著しく低下しているが、帰艦できるだけの出力はある。
胸の内に渦巻く不安を押し殺し、アキトは〈ミストルテイン〉へと急ぐのだった。




