4章-水を得た魚のごとく②-
村の上空を猛スピードで駆け回りながら村に近づこうとするアンノウンたちを倒して回る〈アサルト〉。
そんな〈アサルト〉を操縦しているアキトはといえば、その性能の高さに感心していた。
アキト自身つい半年ほど前までは機動鎧で戦場を駆けていたのだが、その頃搭乗していた当時の最新鋭機と比べて機動力が段違いだ。
数値上でも把握していたことではあるが、実際に操縦してみるとよりそれが実感できる。
その機動力に加えて〈ドラゴンブレス〉の高出力モードという高火力の兵装を持つとなると、改めてとんでもない機体だと思わざるを得ない。
ただ、普通であればそんな機体はそう易々とは実現しないはずなのだ。
機動力を担保するには機体が重くなりすぎない必要がある一方で、それをすれば動力部も小さくせざるをえず出力が落ち、必然的に火力や戦闘可能時間が落ちる。
逆に動力部のスペックを優先して巨大化すれば高い機動力を実現できない。
そんな当たり前かつシンプルな図式を塗り替えるために作られたのが永久機関であるECドライブなわけではあるが、〈アサルト〉に限っていえばそれだけではない。
シオンというECドライブのスペックを最大限――むしろ人類軍の想定以上のスペックを引き出す存在があるからこそ、〈アサルト〉は尋常ならざるスペックを誇るのだ。
「(……俺にもイースタルのような真似ができれば、〈ミストルテイン〉を最大限使いこなすことができるのか?)」
未だ想定スペックを下回るスペックしか発揮できず、メインの兵装である主砲すら撃つことが叶わない〈ミストルテイン〉。
立場上口には出しにくいが、おそらく本来の力を引き出すには科学的なアプローチではなく魔法によるアプローチが必要なのだろうとアキトは確信している。
「(いや、今はそんな場合じゃない)」
一瞬脇道にそれかけた思考を引き締めて、目の前の戦闘に集中する。
最初は村を目指すことを優先していたように見えたアンノウンたちだが、〈アサルト〉の暴れっぷりを見て危機感を覚えたのか村に向かうことよりもこちらを倒すことを優先し始めたようだ。
鳥型のアンノウンの鉤爪や地上から放たれる無数の攻撃を高速で飛び回ることで避ける。
「艦長! 後部のスペースはベルトとかないのでもうちょっと安全運転お願いできませんかね⁉︎」
「わかってはいるが無理だ!」
返事をした直後に回避のために機体が急降下させると、後ろから「あだっ!!」というシオンの悲鳴が聞こえた。鈍い音も聞こえたのでどこかに頭でも打ち付けたのだろう。
「悪いがしっかりしがみつくなりなんなりして対処してくれ!」
「しっかりしがみついてるくらいでバレルロールやら宙返りやらに対処できるとでも思ってやがるんですか⁉︎」
その文句も、ちょうど無数の遠距離攻撃を躱すべく行なったバレルロールによってすぐに悲鳴に変わる。
シオンの言い分がもっともであるのはわかっているのだが、いかんせんそうしないと攻撃をくらってしまうので仕方がない。
そんなシオンだが、頭や体をぶつけつつも酔ったりする様子がないのはさすが普段からこの機体を乗り回しているだけあるとひっそり感心する。ただ、これを口にするとおそらくシオンの神経を逆撫でしそうな予感がしたので黙っておくことにした。
「っていうか、なんで艦長は艦長なんですか?」
「……唐突に哲学的な質問だな」
「わかってて茶化してますね? なんでこんだけ凄腕パイロットのくせに艦長なんてやってんですかって話です」
「艦長なんてやっていないで前線でパイロットをやっていればいいのに」というシオンの声が聞こえるかのようだった。
「それなりの地位を得るとどうしても後方に下がることになる。一〇〇人規模の部隊のトップが最前線でいの一番に死んだら困るだろう」
「そりゃそうですね。……でも艦長、そんなに出世欲とかあるんです?」
「欲があるかと言われるとそうでもないが、ミツルギ家の当主として最低限の社会的地位は得ておきたかったんだ」
「ふーん」
自ら聞いておきながらあまり興味なさそうな反応を返してくるシオン。
話は終わったのだろうと判断したアキトは目についたアンノウンを〈ドラゴンブレス〉で撃ち抜き始める。
「艦長もなんやかんや生まれに縛られてるわけか」
「……別に縛られてるつもりはない」
どこかつまらなそうな言葉に、アンノウンを撃つ手は止めないまま思わず反論していた。
確かにミツルギ家の長男であることが全く関係していないというわけではないが、最終的には自分で選んだ道だ。
それをまるで仕方なく選んだことのように言われるのはあまり気分のいいものではない。
「“つもりがない”だけ、かもしれませんよ。……だって艦長、今まで見たことないくらい生き生きした表情してますもん」
どこか嘲笑うような響きを乗せて投げかけられた言葉にアキトは何も言い返せなかった。
今こうして機動鎧で戦っている自分が高揚していることは紛れもない事実で、パイロットだった頃に未練があることも否定なんてできはしない。
シオンの言う通り、あくまで自分は縛られているという事実から目を背けているだけなのかもしれない。
『――、〈アサルト〉! 聞こえますか⁉︎』
ネガティブな方向へと向きかけた思考が通信越しに届いたハルマの声に呼び戻される。
「聞こえている。ハルマたちか」
『はい。機動鎧部隊三機、救援に来ました!』
南側からこちらに向かってきた〈セイバー〉〈ブラスト〉〈スナイプ〉の三機はすでにそれぞれの兵装でアンノウンへの攻撃を開始している。
アンノウンたちは未だ断続的に新たに出現し続けているので数の不利は変わらないが、それでもこれまでよりはずっと心強い。
『こちらは状況があまり飲み込めていません。指示をお願いします!』
「わかった。……各機眼下の集落の周囲に散開。集落には民間人も暮らしている、絶対にアンノウンを立ち入らせるな!」
『しかし、グレイ1は……?』
「……ひとまず気にしなくていい。今はアンノウンに集中しろ」
『……了解』
指示通りに散開する三機を確認してから改めてアンノウンたちに向き直る。
「救援も来たし〈アサルト〉は下がるって手もあると思うんですが」
「却下だ」
「ですよねー……」
先程までのどこか仄暗い雰囲気はすっかり失せたシオンに少しだけ安堵しつつ、アキトは〈ドラゴンブレス〉の銃口をアンノウンたちに向けるのだった。




