4章-ふたりの搭乗者-
「――どーしてこうなったんでしょう?」
オボロの社から離れ、村の端にある開けた土地でアキトに抱きかかえられた状態のシオンが遠い目をしている。
「……どーしてこうなったんでしょう?」
「繰り返さなくても聞こえてる」
「じゃあちゃんと答えてくれます? なんであんなめちゃくちゃなこと言い出したのか」
「説明を要求しますー」と拗ねた子供のように騒ぐシオンにアキトは大きくため息をついた。
「社でも話したはずだが、めちゃくちゃというほどのことでもないだろう」
「いくら元パイロットとはいえ初めて乗る機体いきなり実戦なんて無茶じゃないんですか?」
「俺に抱えられてないと移動も厳しい男が操縦するよりははるかにマシだろう」
〈アサルト〉はシオンがECドライブをコントロールさえすれば動かせる。そこに操縦者の制限はない。
であれば、体のコンディションが最悪でまともに操縦などできそうにないシオンよりはアキトが操縦するほうが合理的というわけだ。
アキトとしては目に見えて弱りきっているシオンにECドライブの制御を任せるだけでもかなりの譲歩のつもりなのだが、この少年はアキトの手を借りなければ移動すらままならないくせにまだ文句を言うのをやめようとしない。
「そもそもこの議論は社で終えたはずだ。いい加減諦めろ」
「あれは終えたっていうよりは強制終了ですよ……」
社でのアキトの宣言の後、それはそれはシオンは激しく反論した。
自分の体がコンディション最悪である自覚はあるだろうに、嫌だダメだと駄々をこねるかのようにとにかくノーと言って譲らなかったのだが、そんな不毛な言い争いはオボロの一声で強制的に終わらされた。
――御剣のの案のほうが良さそうだから、そちらにするか
意見や提案ですらもない断定のひと言。
シオンの徹底した拒否のさらに上をいく一方的な決定に、結局シオンは折れるしかなかったのだ。
「強制終了だろうが終了は終了だ。それにオボロ様がああ言い出した時点で覆しようがないだろう」
「ホントあのケダモノめ……絶対あれ俺が慌てるのが面白いからとかそういうのですよ」
本人がいればさすがに口にしないであろう呪詛のような言葉と不満を吐き出すシオンの様子にアキトは苦笑する。
確かにそういった意図がありそうだとはアキトも察してはいたが、結果的にアキトにとっては好ましい展開になったのでむしろありがたいくらいだ。
最終的にアキトに折れる気がないと確信したのか、シオンはアキトの腕の中で静かに村の様子を見渡し始める。
「のどかな村ですね」
「……ああ。静かでいいところだ」
視界に入る民家は少なく、ほとんどが田んぼか畑だ。
コンクリートで舗装されてビルに埋め尽くされた都会よりもずっとゆったりとした時間が流れている。
……このように平和な場所を壊しかけたのだと思うと、罪悪感で胸が痛む。
「きっと村の人々も幸せに暮らしてるんでしょうね。ほとんど穢れの気配がありません」
「……これもオボロ様のおかげというわけか」
ここは人類軍に見捨てられた村。それが今人ならざる神の庇護の下で平和で幸福な土地だというのは、人類軍の軍人としては少しばかり複雑でもある。
「実際のところ、本人が口にしてた以上に人間に甘い神様なんですよ」
「どうしてそう思う?」
「そりゃあ、俺の体がこうして無事だからですよ」
「……無事、か?」
首元には噛み跡だらけであるし、ひとりで歩くのもままならない状態を果たして無事と言えるのか。
そんなアキトの疑問を察したのか、シオンが苦笑する。
「……俺とオボロ様との約束における唯一の制限は“命を奪わないこと”ですからね。手足とか目玉を食べてもよかったんですよ」
「!!」
“命を奪わない”ことが守られればいいのなら、命さえ奪わなければ何をしてもいいということと同じ。
シオンの言う通り、体の一部を食ってしまったとしても違反にはならない。
「そうしたらもっと強い力だって得られたかもしれないのに、それをしなかった。人間である俺にそこまでする気になれなかったんでしょうね」
それはオボロがとても人間に甘い証拠なのだと、シオンはどこか呆れたように笑う。
だが、アキトはそれ以上にシオンがどれだけの覚悟であの約束を口にしたのかを理解して愕然としていた。
「(手足や目を失う可能性がわかっていて……)」
それでもなお、彼はアンナや十三技班の人々を守るためにあの選択をしたのだ。
その在り方はいっそ恐ろしく、そして危うい。
シオンから目を離してはいけない。
目を離せばその一瞬の隙にどこかへ消え去ってしまう。そんな予感が頭をよぎった。
『――おいお前たち、聞こえているか』
おもむろに頭に響いたオボロの声にはっと顔を上げた。
周囲を見回してもオボロの姿はないが、間違いなく声は届いている。
「オボロ様、聞こえてますよ。そっちは聞こえてますか?」
『ああ問題ない。御剣のには聞こえているのか?』
「は、はい。大丈夫です」
シオンに倣って返事を口にすれば、それは問題なくオボロへと届いたようだった。
なんらかの方法でこちらの音声を拾うことができているらしい。
『さて、村の連中の準備が済んだ。これから俺は渡りの準備を始める。……お前たちの覚悟はできてるな?』
「俺は問題なく」
「もちろんこちらも問題ないです」
『そいつは結構なことだ。それじゃあしっかり頼んだぞ』
その言葉を最後に通信は聞こえなくなり、同時に光の柱に変化が起こり始める。
「崩れている?」
「崩してるんですよ。渡りのために結界を解除したんです」
ゆっくりと崩れて空に散って広がっていく光の粒子を見上げるアキトの腕の中で、シオンが天へと腕を翳す。
「来い、――〈アサルト〉!」
翳した手の先に現れた巨大な魔法陣からゆっくり降りてきた〈アサルト〉がアキトたちの正面に降り立つ。
「今からでも俺だけ乗るってのもありですが」
「しつこいぞ」
「……はーい。諦めます」
ため息をついたシオンが指をひとつ鳴らせばふわりとアキトとシオンの体が宙に浮かび、〈アサルト〉のコクピットへと向かう。
「操縦するからにはお願いしますよ? ふたりでお陀仏なんてごめんですから」
「当然だ。俺もここで死ぬ気はないし……」
「死ぬ気はないし?」
シオンの問いに答えないままコクピットに体を滑り込ませたアキトは、シオンをシートの後ろのスペースに下ろし、ようやく口を開く。
「……お前を死なせるつもりもない」
驚いたように目を丸くするシオンをよそにシートに座って、慣れた手つきで〈アサルト〉を起動させる。
今から自分がするべきことがはっきりしているからだろうか。
こうして起動鎧を操縦するのは久しぶりのことのはずだが、不思議と不安はない。
「――〈アサルト〉、行くぞ!」」
アキトの声とともに〈アサルト〉は天高く飛翔するのだった。




