4章-オボロの提案②-
とにかく、オボロが穏便にこの地――むしろこの世界から退いてくれるつもりだということはわかった。
しかしそれを聞いていてひとつ疑問に思うことがある。
「【異界】に行く術があり、村人を連れていくこともできるのであれば何故今までそうしなかったのですか?」
ここで【異界】へ渡ろうというのなら、少なくともその方法は元々知っていたのだろう。
村人たちのオボロへの態度や人類軍への不信感などを思えば、彼らから反対されていたとも考えにくい。
元より人類軍との戦いを望まず、今回あっさりと【異界】へ移住することを決めたくらいにこの地への執着もなかったのなら、何故今の今までそれを決行せずにいたのだろうか。
「ひとつは、単純に霊力が足りなかった」
「……あれだけ大量の分身を作ったり強力な防壁を展開しておきながら?」
「地球上のどこかどころか別の世界に空間転移するんですよ? かなりの魔力がないと無理です」
オボロとシオンにそう主張されてしまうと門外漢であるアキトに反論のしようはない。
ただ冷静に考えれば“異なる世界に渡る”となれば、これまでシオンに見せつけられてきた様々な魔法のさらに上を行くとてつもない魔法なのは間違いない。
相応にリソースを必要としたとしてもおかしくはないだろうと納得する。
「もうひとつは、渡りに力を割くと守りが疎かになることだ」
「守り?」
「渡ろうとしてすぐさま渡れるわけでもないからな。村が無防備になる隙を突いて魔物共が群がって来かねない」
「そんなにも時間がかかるものなのですか?」
「そうですね……オボロ様だけならともかく村の人まで連れていくとなると、準備に三十分くらいはかかるんじゃないでしょうか?」
シオンの答えにたかが三十分と口にしかけたが、思えば昨日はオボロの結界が消えて五分と待たずにこの一帯にアンノウンが押し寄せた。
オボロ以外に防衛戦力となるようなものがないこの村が襲われれば十分ももたないだろう。
ここまで聞けばオボロがアキトたちに何をさせたいのかも予想がついてくる。
「つまり、俺たちに渡りを行う間の村の防衛を頼みたいと?」
「そういうことだ。話が早くていい」
アキトの予想は的中したらしく、オボロは上機嫌で頷いた。
「渡りを執り行うためには村を覆っている結界を解く必要がある。解けばすぐにでも魔物共が食いついてくるだろうから、お前たちにはそれを退けてほしい」
「シンプルでいいですね」
「シンプルではあるが簡単とは限らないぞ……」
村に接近してくるアンノウンたちを追い払うということだけを考えればやることはシンプルではあるが、接近してくる数がどの程度なのかはわからない。
昨日の大量発生を思えばどうなるかわかったものではない。
「少なくとも昨日ほどは出ませんよ。……多分」
「言っておくが昨日ほど出られたらとても対応しきれないからな?」
このオボロの提案はあくまでアキトとシオンに向けられたものだ。
いくら人類軍の利益につながるとは言っても人類軍の作戦として協力するのは難しいであろうし、仮にそれができたとしてもせいぜい〈ミストルテイン〉くらいしか動かせない。
「いえいえ、対応しきれるかしきれないかは俺の頑張り次第でしょ」
アキトの懸念を軽く笑い飛ばすシオンの様子を見ていて、アキトは自身とシオンの中にある考えの食い違いに気がついた。
「イースタル。お前、ひとりで対処するつもりなのか?」
「え? だってこれ人類軍動かせる話じゃないですし、そうなると戦力になるの俺だけですよ?」
何を言っているんだとでも言いたげなシオンにアキトは盛大に頭を抱える。
そんなアキトの反応に疑問符を浮かべているシオンがいっそ憎らしいくらいだ。
「(そうさせてるのは俺たちなんだろうが……もう少し悩むなり相談するなりはねえのかコイツは)」
もっと魔法の関係する複雑なことならともかく、アンノウンを倒すということだけなら人類軍にも十分に対応できることなのだ。
動かしにくいのは否定しないが、動かすのも不可能ではないというのにそれを全く当てにしていない態度には、これが逆ギレ同然であるとわかっていても腹が立つ。
「というか、お前こそ戦えるのか?」
「そりゃあ〈アサルト〉呼び出してバババンと」
自信満々な態度のシオンに対し、アキトはその肩を軽く押してやる。
たったそれだけのことでバランスを崩したシオンは真後ろにひっくり返って後頭部を強打した
「〜〜〜〜っ⁉︎ いきなり何すんですか⁉︎」
「そんな状態で機動鎧の操縦ができるわけないだろ!」
座っていることや腕を動かして食事をするといったことはできるまで回復してきているシオンだが、あれだけで倒れたくらいなのでひとりで立って歩くのも難しいはず。
倒れた体を起こすだけでも悪戦苦闘しているような状態で操縦なんてできるはずがない。〈アサルト〉が呼び出せたところでとても普段のようには戦えないだろう。
「そこは魔法でなんとかしますって……」
「まあその魔力も俺がだいぶ食い散らかしたわけだがな」
アキトを宥めようとしたシオンだったが、予想外にもオボロから横槍が入れられた。
オボロの言葉を信じるのであれば、シオンは身体的にはもちろん、魔力の量としてもコンディションが悪い状態ということになる。
「そもそも魔法で体の状態をどうにかできるならとっくにやっているはずだよな」
「そこはまあ、念のため温存してただけみたいなこともあったりなかったり……」
アキトの指摘にわかりやすく顔を背けたシオン。
その態度で、彼が機動鎧で戦闘などできるコンディションではないのだとアキトは確信した。
対処できるという風に言っているのも、“無茶をすれば”という前提があってこそのものなのだろう。
「却下だ。そんなコンディションの人間を戦場になど出せない」
「そうは言いますけど他にどうするつもりですか? 人類軍を動かすなんてすぐには無理なんですから、〈アサルト〉くらいしか使えませんよ?」
不満そうに問題を指摘してくるシオンの言い分自体は紛れもない事実だが、だからといって歩くのも厳しいほどコンディションの悪い少年を戦闘に放り出すわけにはいかない。
シオンの身の安全はもちろん、村の防衛に失敗するようなことがあれば最悪だ。
問題なく使える人員はここにいるアキトとシオンのみ。
使える兵器は〈アサルト〉一機のみ。
それを使ってシオン任せにせずに状況に対処するのなら――
「イースタル。以前から気になっていたんだが、〈アサルト〉はどうしてお前にしかまともに動かせない?」
「へ? そりゃあ……俺のほうでコントロールしないとECドライブが十分な出力出してくれないからですよ」
「〈月薙〉は神刀なのだろう? そんなに出力が弱いのか?」
神と名が付くほどの特別な刀であるというのなら、それ相応の力を持っていてもおかしくないように思う。
そんな代物をエネルギー源としていて出力が弱いというのが以前から不思議ではあったのだ。
「いえ、パワー自体はそこらへんのエナジークォーツなんて目じゃないんですけど、コントロールして引き出さないと機動鎧を動かすために使えないというか……」
「つまり、〈アサルト〉はお前の魔力で動かしているわけではないと?」
「厳密には俺の魔力で〈月薙〉を制御して、そこから引き出した魔力で動いてるんです。〈月薙〉がかなりすごいお宝なので……普通に〈アサルト〉を動かすだけなら俺の魔力はほとんど使ってません」
「それがなんだってんですか?」と首を傾げるシオンを前に、ここまでに確認した情報を整理したアキトはひとつの結論に至った。
「イースタル」
「はい?」
「今回の村の防衛、 俺が〈アサルト〉を操縦する」
ポカンと口を開けて固まったシオンの間抜けな様子を見てオボロがゲラゲラと笑う中、アキトの決意は固いのだった。




