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【完結済】機鋼の御伽噺-月下奇譚-  作者: 彼方
4章 神の名を冠するものたち
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4章-交渉②-

※本頁には軽い男性キャラクター同士の絡みが含まれます


普段の振る舞いとは真逆の丁寧な所作でアキトの知らないことを口にするシオン。

その姿は未だ体に纏ったままの輝きも相まって、どこか神秘的なイメージをアキトに与える。


「オボロ様は薄々感づいていたようですが、俺のことを耳にされたことはおありでしょうか?」

「……噂は聞いている。ここまで幼いとは思っていなかったがな」

「でしたら話は早いですね」


オボロの答えに満足げに微笑んだシオンは纏っていた光を消すと一度居住まいを正す。

それから穏やかな表情で口を開いた。


「願いの対価として、今宵一晩我が身(・・・)をオボロ様に捧げましょう」


予想だにしないシオンの言葉にアキトは思わず声をあげそうになったが、その前にシオンからの視線で制止をかけられた。


シオンの出した条件がどういった意味を持つのかアキトにはわからないが、少なくともシオンの身を危険に晒すものだということはわかる。

そんな方法をアキトは望んでいないのだが、かといって代案を出すことができるわけでもない。

そして下手をすれば数万の命が奪われかねないことを思うとここで軽率に口を挟むこともできない。


言葉の出ないアキトを置き去りに話は進んでいく。


「俺の命を奪わないことだけ約束いただいた上で、明日の朝日が昇るまでこの身を好きにしていただいて構いません」

「たったそれだけで俺の気が乗ると思っているのか?」

「≪天の神子≫の持つ性質をご存知なのであれば、悪い話ではないはずです」


確かな自信を覗かせるシオンは考えるオボロの背中を押すようにさらに言葉を続ける。


「≪天の神子≫は極めて高い質の魔力を宿す存在。血の数滴でも口にすれば貴方の負った傷もたちまち癒えるでしょう。……命を奪えないという制約があるとはいえ、そんな極上の肉体を一晩好きにできるとなれば、貴方自身がより強い力を手にすることだってできる」


誘うようにメリットを並べていくシオンからオボロは目をそらさない。シオンの言葉の中に嘘がないかを確かめているかのような鋭い視線だ。


アキト自身詳しいことがわかっているわけではないが、話を聞いている限りシオンの血肉は人外にとって非常に価値があるものなのだろう。

それがあればオボロが今回の戦いで被った被害の補填はもちろん、人外としてより強い力を得ることすらも可能になる。

だとすれば、オボロ側のメリットはかなり大きなものになるはずだ。


しばらくの間、両者の視線がそらされることなくぶつかり合う。


最終的にその静かな攻防を終わらせたのはオボロのほうだった。


「いいだろう。お前の提案に乗ってやる」

「ありがとうございます!」


声に喜びを滲ませるシオンに対して、オボロは不機嫌さを隠していない。


「ここまで全てお前の思い通りに運ばれたようで釈然としないな」

「それは買い被りすぎではないかと」


オボロの言葉にとぼけて見せるシオンだが、アキトも同じような印象を受けていた。


思えばシオンはここまでほとんど表情を変えることなく交渉に当たっていた。おそらくは自分自身の体という切り札があれば交渉を有利に運べると確信していたのだろう。


オボロからすればしてやられてしまったという感覚が強いのか変わらず不機嫌そうな目でシオンを見つめているが、アキトはその口元がわずかに緩んでいることに気づいた。

目と合致しない口元に覚えた違和感に胸騒ぎを覚える中、オボロが軽く手を鳴らす。


「タエ、大輔、お前たちは社を出ろ」


思えばふたりは最初からアキトたちのすぐ後ろに控えていたが、オボロに集中するあまり忘れていた。

オボロの指示を受けたふたりはそれに軽く返事をするとすぐに社から出ていってしまう。


「あ、艦長も出ていって大丈夫ですよね。関係ありませんし」


これから行われることを思えば確かにアキトがここにいる理由はない。先程のふたりと同じように退室するべきところだろう。

アキトもそれを疑うことなどなく外へ向かおうと立ち上がったのだが――、


「いいや、その男にはここにいてもらおう」


オボロがそう口にした瞬間、アキトの足元に魔法陣が浮かび上がる。


「艦長!」

「心配するな、傷つける意図はない」


確かにアキトの体に特に異常はない。魔法陣の効果はあくまでアキトを魔法陣の内部から出られなくするだけのものらしい。


「オボロ様、いったい何を⁉︎」

「何をも何も、この男をどうするかについては話をしなかっただろう?」


オボロの主張に嘘はない。

確かにふたりの交わした約束は、オボロがシオンの身を好きにする代わりに人間に手を出さないということだけだ。

その間アキトをどうするかなど決めていないし、アキトに危害を加えないのであれば約束に反することもない。


「それよりお前は自分のことを心配すべきだろう」


その言葉と共にシオンの体が吸い寄せられるようにオボロのほうへと向かう。

咄嗟に抵抗できなかったのか、シオンの体はなんの抵抗もなくオボロの腕に収まった。


「心配せずともあの男には見せつける(・・・・・)だけだ。……お前の身を犠牲に守られる人間にはその義務がある」


シオンとオボロの体格差は大きく、シオンがオボロの足の上に乗っていてもなお頭の位置はシオンのほうが低い。

オボロはそんなシオンの顎を少々乱暴に持ち上げると、その口元に食らいついた。


荒々しく唇を奪われるという状況にシオンの目が驚愕で見開かれる。

そんなシオンの反応を知ってかしらずか、オボロはまるで貪るように口付けを深めた。


「な、なん、でっ⁉︎」


しばらくしてようやく唇を解放されたシオンの息も絶え絶えな問いかけに、オボロはにんまりと口元を歪める。


「ああ、ようやく崩れたな。そうしているとなかなか可愛げがある」

「質問に答えてください!」

「なに、余裕綽々なのが癪に触ったんでな。……それを崩すにはこういう手のほうがいいと思ったまでのことよ」

「こういう手って……」

「ああ。今の世では男色は珍しいんだったか」


驚きと混乱を表情に浮かべながらオボロから距離を取ろうとするシオンだったが、腰に回された腕がそれを許さない。


好きにしていい(・・・・・・・)と言ったのはお前だ。約束を違える気か?」

「……っ!」

「ただ血肉を味わうだけというのもつまらないからな。心配せずとも悦くしてやるさ」


約束を引き合いに出されて抵抗を弱めたシオンを愉快そうに見下ろしながら、オボロはシオンの着る軍服に手をかける。


神との交渉に行くのだからと着てきた人類軍の軍服は普通の衣服と比べれば厚みがあり熱や刃物にも強い特殊な繊維で作られている。

しかしオボロの指先から放たれた炎は、そんなことなどお構いなしに瞬く間に衣服のみを焼き払ってしまった。


一糸纏わぬ姿になったシオンを床に押さえつけ動きを封じながら、オボロは自らも着衣を乱し真新しい傷の目立つ上半身を晒す。

それから男らしいその手を少し荒々しくシオンの白い肌に這わせ始めた。


「決して目を背けるなよ、人の子」


手は止めずに視線だけこちらに寄越して有無を言わせない言葉を投げかけた直後、オボロはシオンの白くか細い首元に顔を埋め、牙を立てた。


わずかに体を震わせ、痛みを耐えるように顔を横に向けたシオンとアキトの視線が偶然にも交差する。


シオンの瞳はこれまで見たこともないほどに揺れていて、そこには焦りと恐怖が確かにあった。

しかしその瞳はすぐに閉じられ、顔ごとアキトから背けられてしまう。


「(俺は、手を伸ばしてすらもらえないのか……)」


シオンの中には焦りがあった。恐怖があった。きっと助けを求めていた。

そんな彼のすぐそばにいるというのに、アキトはその対象にすらなり得ない。


助けを求められることすらない無力な男は、細く頼りない少年の体が貪られるのをただただ見つめることしかできない。


夜明けまでは、まだまだ遠い。


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