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【完結済】機鋼の御伽噺-月下奇譚-  作者: 彼方
4章 神の名を冠するものたち
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4章-交渉①-


アキトたちは突然目の間に現れたオボロに案内されて、村の奥にある古めかしい社へとやってきた。


あれだけ反対の意を示していた村人たちもオボロ本人の意向ということもあってかここまでついてくることもなく、ここには村長と大輔しかいない。


促されるままに足を踏み入れた社は外観はもちろん内装からも相当に古いものであることが伺える。

そんな場所に当然電気など通ってはいるはずもなく、いくつかのこれもまた年季の入った燭台に灯された火以外の光源はない。


そんな薄暗い社の最奥にある祭壇らしきものの手前にオボロがドカリと腰を下ろして胡座をかく。


「この三年客をもてなすような機会もなかったんでな。座布団のひとつもないのは許せ」


暗に座れと言われたままにオボロの正面にシオンと並んで共に正座する。


「さて、俺は回りくどいのは好みじゃない。余計な前置きはいらないからさっさと用件から話してみるがいい」


こちらの都合や考えなどまるで気にする様子もないオボロの態度は傲慢にも思えるが、そもそもあちらにアキトたちの話を聞く義理などない。

こうして積極的に話を聞こうとしてくれているだけでも相当に歩み寄ってもらえているのだろう。


「……まずは、今回の一件についての謝罪をさせていただきたく思います」

「謝罪も何も、昼間のはただの戦だ。どれだけ血を流そうが互いに頭を下げる道理はないだろう」


シオンの言葉を聞いたオボロは少し機嫌を損ねたようだった。


殺し合いをしておきながら、あとから相手に謝るというのはおかしいことだとアキトもわかっている。

謝るくらいであれば最初から戦いなど仕掛けるなというのが、オボロの心情だろう。


だが、そもそもアキトたちが謝罪すべきことはそこではないのだ。


「戦いの最中、武器すら持たない村の人々を利用したことを謝罪したいのです」


戦闘地域にあった以上巻き込んでしまう可能性は最初からあった。

しかしアキトたち人類軍が実際に行なったことは違う。

人類軍は、本来守るべきである民間人を意図的に狙うことでオボロを追い詰めたのだ。


「戦いで利用できるものを利用するのは珍しいことでもあるまい」

「珍しくないからといって許されていい行いではありません」


人間の歴史の中でそういった虐殺などがしばしば繰り返されてきたのは紛れもない事実だが、現代の人々はそれを許されざる悪行だと認め、あってはならないと戒めてきたはずなのだ。

その考えを最も守らなければならないはずの人類軍がそれを繰り返そうとしたことは、言い訳のしようのない誤りであり、罪だ。


「許してほしいなどと私の口から言えはしません。しかし人類軍に属するものとして、貴方に、そして村の人々に謝罪させていただきたい」


正座から両手を前につき、深く深く頭を下げる。

そんなアキトをしばらく見つめていたオボロは、やがて小さく息を吐き出した。


「どれだけ頭を下げられようが許しはしない。……が、その謝罪が本心からのものだということだけは認めてやる」


「とりあえず頭は上げろ」と乱暴に言われて顔を上げてみると、オボロは少し呆れの含まれた不機嫌そうな顔でアキトのことを見ていた。

視線がアキトからシオンへ移ると同時に、表情に見える機嫌の悪さが少し増す。


「この男をわざわざ連れてきたのはお前の狙いか?」

「なんのことでしょう?」

「……まあいい。それで? 謝罪だけしにきたわけでもないんだろう?」


オボロの問いかけに、待っていましたとでも言うようにシオンが体を乗り出す。


「今回の一件、いかにヒトに寛容なオボロ様とて憤りを感じていることかと思います」

「……ああ。村の者に手を出され俺自身も傷を負わされた以上、何もしないのは神の端くれとしての沽券にも関わる」

「それを承知の上で、今回の件を理由に人に手を出さないでいただきたいのです」


シオンの要求にオボロの目が細められ、同時にアキトの背にわずかな悪寒が走る。

オボロが動きを見せることこそないが、シオンの要求に対してあまりよくない感情を持ったのは間違いないだろう。


「ずいぶんと軽く口にしてくれるが……俺にそれを聞く義理があるか?」

「ないでしょうね。……それでも、どうか聞き入れていただきたいのです」

「なら、俺をその気にさせるだけの対価を示してもらわなければな?」


始まった交渉は、蓋を開けてみればシンプルなものだ。

オボロに人間への報復をやめてほしいのなら、オボロがその気になるだけの対価を示す。人間社会における示談交渉とほとんど違いはない。


問題は、いったい何を対価として示せばオボロを納得させられるのかということだけだ。


そんなアキトにはまったく見当のつかない問題を前にしているはずのシオンだが、彼に焦りや緊張は見られない。

あくまで冷静に、そして堂々と居住まいを正したシオンが口を開く。


「対価を示すにあたり、改めて名乗らせていただきましょう」


その言葉を合図にシオンの体が淡い光を纏う。その光は温かく、神々しい。

そして、それが日中の戦いでオボロが振るっていたものによく似ている事実に気づく。


「俺の名はシオン・イースタル。≪天の神子≫の名を与えられし者にございます」


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