4章-守り神との対面-
太陽が沈みゆき夜の時間が近づきつつある時間帯、山間部上空を飛ぶ影がひとつ。
翼を広げて空を駆けるそのシルエットは地上から見ればカラスのように見えるだろうが、実際はカラスというにはあまりにも大きい。
大きさにして四メートル強。人間の常識ではありえないサイズの鳥類――もとい、シオンの使い魔であるひーが変身した巨大な黒の鳥がアキトとシオンのふたりを乗せて件の集落を目指して真っ直ぐに飛ぶ。
「艦長! 寒いとか辛いとかはありませんか⁉︎」
「問題ない!」
風を切る音でかき消されないように声を張るシオンに対して、アキトもまた声を張り上げて問題がないことを伝える。
「それならいいです! あと、今からこの後の流れを説明するんで! 応答はなくていいんで聞いてください!」
大声で会話をするのはアキトにとってもシオンにとってもそれなりに負担が大きい。
一方的に話すだけとはいえシオンの負担が大きい気はするのだが、事あるごとに急いでいると口にしていたことを思えば、シオンはそれを承知の上で集落到着間に話を済ませておきたいのかもしれない。
「ブリッジでも少し触れましたけど、基本的に話をするのは俺です。艦長は初っ端に謝罪を済ませた後は黙って隣に控えててくれればいいので、原則手出し無用でお願いします。あっちから声尾をかけられた場合だけ応じる感じで」
かなり大雑把な説明ではあるが、それだけアキトのやるべきことがないということでもある。
「(むしろ俺が不用意に動くほうが不都合なんだろう)」
そもそもアキトはグレイ1からの報復の可能性など考えてすらいなかった。シオンの指摘がなければ何も気づかないまま人類では対処できないような魔法による報復を受けていただろう。
そんなアキトにまともな交渉などできるはずがない。シオンに任せるのが最善なのは明らかだろう。
そんなシオンの説明から数分でアキトたちは光の柱のそばに到着した。
これまでは遠くから見るばかりだったが、近くで見るとこの光の柱がひとつの物体として成立しているのではなく膨大な量の光の粒子のようなものが寄り集まって形作られているものなのだとわかった。
柱ができあがる直前に見られた光の粒子がそのままこの柱を作り出したのだろう。
「それで、どうやってこの内側に入るんだ?」
この光の柱はミサイルや砲撃はもちろんアンノウンたちの攻撃も阻んでいた。
普通に考えればアキトたちをそう易々とは通してくれないように思える。
「その気になればぶっ壊せますけど、俺たちは交渉をするために来たわけですから。あんまり荒っぽいお宅訪問するわけにはいかないんですよね」
「それはそうだな」
「なのでとりあえず、声をかけてみようと思います」
そう言って光の柱に向き直ったシオンが大きく息を吸い込む。
「すぅぅぅいぃぃぃまぁぁぁせぇぇぇん! ちょぉぉぉっとお話したいんですがぁぁぁ! こちらの集落の守り神様にぃぃぃ御目通り願えないでしょうかぁぁぁ!」
普通の大声に加えて魔法でも音量を上げているのか、山中に響き渡りそうなほどの大声でシオンが光の柱へと呼びかける。
下手をすれば逆に危険視されるのではないかと思うような呼びかけだったが、光の柱に動きがあるのはすぐのことだった。
ちょうどシオンとアキトの目の前で柱を形作る光の粒子が蠢き、左右にはけてトンネルを作り出す。
柱にはあまり厚みがなかったようで、トンネルの先にはすぐに集落の様子が確認できた。
「艦長、覚悟はいいですか?」
「ああ、俺のことは心配しなくていい」
「それじゃあ行きましょう」
そうしてアキトとシオンは集落へと足を踏み入れるのだった。
すっかり日も暮れ月明かりしかない暗い道をしばらく歩けば、以前にも話をした村長と大輔がアキトたちを待ち構えていた。
その周囲には集落の人々も数人いて、村長と大輔以外からは強い敵意が感じ取れる。
「ミツルギさん。ご無事なようでよかったです」
決して嫌味ではなく純粋にホッとしてくれている村長にアキトが返せる言葉はない。
そんなアキトの様子を少し眺めてから、村長の視線はシオンへと移った。
「あなたははじめましてですね。わたしはこの村の村長の犬山タエです」
「はじめまして、俺はシオン・イースタル。……人類軍に協力する“魔法使い”です」
シオンの自己紹介に少しだけ驚いたようだが、特にシオンを恐れる様子もなく村長は穏やかに微笑んだ。
「では、オボロ様の言っていた同胞のにおいというのはのはあなたのにおいのことだったのですね」
「……神様から同胞扱いされるなんて恐れ多いですね」
隣でそう話すシオンに、アキトはわずかな違和感を覚えた。
盗み見た表情はふざけているわけでもなく、言葉通り恐縮しているわけでもなく、あえて言葉にするのなら複雑そうに見える。
しかしそんな表情も一瞬で消え、普段通りのシオンに戻る。
「早速で申し訳ないのですが、こちらの用件についてお話してもよろしいでしょうか?」
「その必要はありませんよ。用件はわかっていますから。……オボロ様に会いに来たのですよね?」
村長の言葉に、後ろに控えていた人々が驚いたようにどよめく。
どうやらシオンの規格外の大声は柱に阻まれてか全員に聞こえていたわけではないようだ。
「村長! 俺は反対だ! こいつら人類軍はオボロ様を傷つけた張本人なんだぞ!」
ひとりの男性の声を皮切りに口々に反対の声があがる。
当然と言えば当然だ。守り神を傷つけた人間が守り神に会いに来たとなれば誰だって反対するに決まっている。
そんな村人を村長と大輔が宥めようとしている中、アキトは何かを感じて反射的にその感覚の出所へと目を向ける。
村長と村人たちが道を塞ぐように立つ数メートル先にひとりの男がいた。
日本家屋の目立つ農村とはいえ洋服を着ている村人しかいない中、その男は着物を着流し、厚手の羽織を腕を通さず肩にかけているだけという古風な装いで佇んでいる。
しかしそんな古風な装い以上にアキトの目を引いたのは、月明かりを反射して煌めく銀に近い灰色の髪と、同じ色の毛に覆われた獣の耳だ。
男はアキトの視線に気づいたのかこちらを見て小さく微笑むと、ゆったりとこちらへと歩み寄ってくる。
「お前たち。何を騒いでいる」
さして大きな声でもないその一言で、村人たちの喧騒が止まる。
それから彼の姿を認めた人々は一様に驚いた様子だった。
「オボロ様」
誰ともなく呟かれた、この村を守る神の名前。
それを投げかけられた男は、自然と道を開けた村人たちの間を抜けてアキトたちの前に堂々と立つ。
「俺の名はオボロ。縁あってこの村で守り神の真似事をしている。ようこそ、俺に会いにきたヒトの子たち。歓迎はしないが、とりあえず話を聞いてやろう」
目の前に立つ神はどこか愉快そうにそう言った。




