4章-災い来たりて-
『シオン・イースタル。貴様の作戦参加を認めた覚えはないぞ』
唐突なシオンの警告に対して〈グラディウス〉に乗る支部長の反応は冷たい。
基地の危険を伝えているというのに、シオンの言葉を全く信用していないのがわかる。
そんな支部長からの対応にシオンはというと――、
「くり返します! 動けるのならすぐに駿河湾の基地へと引き返してください!」
シオンは一切取り合わなかった。
アキトたちに聞こえている以上シオンに支部長の言葉が聞こえていないはずがない。
にもかかわらず支部長の言葉に反論することさえもなく、まるでそんなもの聞こえていないかのようにただ警告だけをくり返すことしかしない。
『貴様! そもそもなんの権限があって我々に指図を――』
シオンへの怒りを顕にする支部長だったが、その怒号は割り込んできた警報音によって遮られた。
鳴り響く警報音は魔力反応を検知した場合とは別の、緊急性の高い救難信号を捉えたことで鳴るものだ。
『こ、こちら人類軍日本支部中部地方基地! 現在おびただしい数のアンノウンに周囲を囲まれています! 現在の戦力では対応しきれません! すぐに救援を!』
救難信号が出されている時点で非常事態なのはわかっていることだが、それを発したであろう基地の人間の焦りようから極めて切迫した状況なのではないかと思わせられる。
そしてそれはシオンの発した警告の通りでもあった。
「救難信号聞いてましたね? ぐだぐだ騒いでる暇はありません! 一秒ためらえば十人は死ぬと思ってキリキリ動いてください!」
言いたいことは言い切ったとでもいうようにシオンはアキトのほうに視線を寄越した。言わんとしていることは言葉にされずともわかる。
「〈ミストルテイン〉回頭! すぐに基地へと向かう! 機動鎧部隊は先行して基地へ急げ!」
アキトの号令ですぐさまブリッジの各員が動き出す中、〈グラディウス〉の支部長の顔がモニターのひとつに映し出された。
『貴様ら何をやっている!』
「救難信号に応じて基地の救援に向かうだけです。何か問題がありますでしょうか」
『あるに決まっている! まだ討伐は完了していないんだぞ!』
「あの光の柱を突破する手立てがあると?」
アキトの問いに支部長が顔を真っ赤にして口を閉ざす。それは手立てがないと白状したも同然だった。
「この場にいても何もできることはない。そんなことより基地の救援の方が重要であることがわからないのですか⁉︎」
『黙れ若造が! バケモノに良い様に使われよって!』
もはや冷静さのかけらもない支部長にアキトが怒鳴り返そうとしたその時、先程のものと異なる警報がブリッジに響いた。
耳に馴染みのあるアンノウンの出現を示す警報だ。
「アンノウンの出現反応! 数は……周囲一帯に二〇⁉︎」
一度に同時発生するには多すぎる出現反応の数にアキトは咄嗟に言葉が出てこない。
「ちょっと待って! それ二〇体の間違いじゃないの⁉︎」
「違います! 中規模の出現反応が二〇あります! 各反応から次々と出現してて……現時点で七〇! なおも増加中!」
ものの数秒で七〇に達していて今もなお増加中となれば確実に一〇〇を超える。
第七人工島での一件をも凌ぐ規模の大量出現ということにもなりかねない。
反応の位置が先程まで戦っていた戦場に集中しているので、すでに基地へと進路を取っていた〈ミストルテイン〉から離れているのが幸いといったところだろうか。
「まさか、あの人外が呼び出しているのでは⁉︎」
顔を青くしたミスティがそんな可能性を口にする。
確かに規模もタイミングも普通ではないことから何者かの意図で引き起こされているのではないかとも思える。
「……その可能性は低いかと思います」
シオンでもなくアンナでもなく、ミスティの予測を否定したのはコウヨウだった。
「何を根拠に人外の肩を持っているのですか?」
「だって、アンノウンたち光の柱にものすごく攻撃してますよ……?」
コウヨウの言葉にモニターで光の柱周辺を確認すると、大量の人外たちがそこへ群がって攻撃を加えている。
アンノウンたちの注意が人類軍たちよりも光の柱のほうに向かっているのは間違いなさそうだ。
その光景を見ると、確かにグレイ1がアンノウンたちを従えている可能性は低いとしかおもえない。
「艦長! この辺のことはどうでもいいですから基地へ急いでください! この辺りまでこの有様となると基地や都市部は相当まずいことになってるはずです!」
状況に慌てるアキトたちをシオンが一喝する。ひとり落ち着いている振る舞いに、シオンがこの状況をある程度予想していたのではないかと気づく。
いったい何が起きているのか尋ねようとアキトが口を開きかけたところで、それは通信越しの悲鳴で遮られる。
『か、艦内にアンノウンの出現反応! 小型・中型のアンノウンが多数艦内に!』
耳を疑うような報告は〈グラディウス〉のブリッジで行われているものだった。
あちらは通信を繋いでいることを忘れているようで、ひたすら支部長やブリッジの船員たちが艦内に侵入したアンノウンたちへの対処に追われている様がこちらに届けられている。
『中型アンノウンが機関部に侵入! ダメですこのままでは!』
そんな悲痛な報告の直後、〈グラディウス〉は内部から爆発して瞬く間に四散した。
「……〈グラディウス〉、信号をロスト。おそらくアンノウンによって機関部を破壊され、内部から……」
戦艦にしろ機動鎧にしろ、機関部に大きな損傷が発生すればただでは済まない。
航行中に内部からの爆発で落ちたとなれば、乗組員の生存は絶望的だろう。
「……オイ待てよ。艦内に出てくるなんて反則技されたら俺たちだってどうにもならねえぞ⁉︎」
ラムダの言うように〈グラディウス〉と同様の事態が発生すれば〈ミストルテイン〉はもちろんどんな戦艦であっても危ない。
そうなればアキトたちも命はないだろう。
「大丈夫です」
「大丈夫ってお前、なんの保証があって」
「他の戦艦はともかく、〈ミストルテイン〉では絶対に起こりませんから」
「……お前の手で対策がされているということか?」
アキトの問いにシオンは黙って頷いた。
「俺の目が黒いうちはこの艦を落とさせはしません。……それよりも本気で急ぎましょう。俺の思ってた以上にアンノウンが多い」
「……いったい何が起きてる?」
ようやく投げかけられた問いにシオンの表情が険しくなる。
「今回皆さんが手を出したのは、結界でこの一帯にアンノウンを近づけないようにしていた土地神……みたいな存在です。それが、結界を狭い範囲に限定した結果、アンノウンたちが流れ込んできてる」
シオンの説明でアキトの予測していたことが事実であったという裏付けが取れた。おそらくあの光の柱こそが集中した結界ということなのだろう。
だが、それだとアキトの予測と異なる点もある。
「グレイ1――今回の標的が現れたのは三年前だと聞いているが、それ以前からこの辺りはアンノウンの発生が少ない。結界が消えただけなら出現数が増えるわけではないんじゃないのか?」
「……もし艦長が尋常じゃなく、それこそ食べなきゃ餓え死ぬ寸前くらいに空腹だったとして、目の前に硬いガラスケースで囲われたご馳走があったとしたらどうです?」
あまりにも唐突な例え話だが、この場でする以上は何か意味があるのだろう。
少し考えてから自分なりの答えを伝える。
「……どうもこうも、ガラスケースに阻まれて手が出せないのならどうしようもないだろう」
「じゃあ突然ガラスケースがなくなったら?」
「……そういうことか!」
アキトの中で現状と例え話が繋がった。
餓えたアキトはアンノウンたちであり、結界がガラスケース、そしてご馳走はそこに住まう人間を含めた生き物たち。
アンノウンは生き物の魂を食らう存在だ。
今まで手を出せなかったそれらに対して唐突に手出しができるようになったとなれば、群がってもおかしくはない。
人間以上に野生的であるアンノウンたちであれば尚更それは顕著だろう。
「この辺りに出たアンノウンは、基本的により強い魔力を魂に宿すグレイ1とやらを狙います。多少人類軍にも被害が出ましたが、こちらを追いかけてくることはないはずです」
〈グラディウス〉が落ちたことで、残る戦艦は全て〈ミストルテイン〉同様に基地を目指しつつある。
シオンの言う通りアンノウンたちがそれを追いかけてくる様子はないようだ。
「今回の場合、結界の範囲内だった基地と周辺の都市が一番まずいです。〈ミストルテイン〉はもう大丈夫そうですし……俺も〈アサルト〉で先行します」
シオンはそう言うとアキトの返事も待たずに現れたときと同じように魔法陣の中に消えていった。
それからほんの数十秒ほどで〈ミストルテイン〉の横を〈アサルト〉が飛び去っていく。
それを見送りながら、アキトはそっと頭を抱えた。
「(これは、自業自得というものなんだろうな)」
自分たちが何に守られているのかも知らずに、よりにもよってその守り手の命を脅かした。
特にアキトはある程度真実に近い位置にいたはずだ。
それなのに、どうせ止められないからと考えることをやめてしまった。
その結果が、今だ。
これはグレイ1によって引き起こされたものではない。
他でもないアキトたち人間の手によって起こされた災いでしかないのだ。




